正体不明が一番恐ろしい
――音を置き去りにした。
難易度は高いが、魔導を使えば音速越えは珍しくないが、綾芽は使わない。
己が肉体性能のみで音速を超えたのだ。
だが、魔導をまったく使わないわけではない。音の壁を越えた際の衝撃波、衝突の際に生じる騒音や余波などを、全て攻撃に転換する。
故に、彼女の一撃は静かであり、無慈悲なほどに野蛮で、震え上がるほどに理知的だ
「妙な手応え……? 堅くて、柔らかくて、多い?」
「妖精が障壁だか結界だかを張っているんじゃないか?」
「多分そう……でも、不思議。なんというか、……古い?」
「神代のルーンを古い呼ばわりだなんて、教養がないな」
朱い妖精は五メートルほど殴り飛ばされた。
土埃で汚れているが、外傷は見当たらない。
「小隈の感覚を信じるなら、多重複合結界の一種だろう。俺は使えないが、コストや処理の面から優れているらしい、一般的な物だな。不思議さを語るなら、真門くんの結界の方がよっぽどだと思うぞ。少なくとも、今の俺では届かない」
「羽虫の尺度で僕を語るな、不愉快だ――ちっ、ガラクタが。動かないか」
心を斬られた兵器は反応しない。
歯車も力なく散らばる中、神造兵器だけが浮かび上がる。
自力ではない。手足や頭は力なくフラ下がり、意思もないまま朱い妖精に引き寄せられる。
「逃げるの?」
「若いからと侮ったのは認めよう。準備なしでは純血種どころか、そこの羽虫共さえ手に入れられない」
「――逃がすと思うの?」
四発。
歯車が綾芽の近くに着弾した。
「僕が兵器を一つしか持っていないと思ったのか?」
空を見上げると、同型の神造兵器が一体。
歯車の翼を広げている。
「燃料を無駄にしないために加減しただけで、別にかまわないんだ。純血種が手に入るなら街一つと引き換えにしても」
頬を膨らませながら、身体から力を抜いた。
「それでいい。――羽虫、このガラクタを直せ」
「気絶しているだけだ。放っとけば目を覚ます」
「――その言葉がウソであったなら、分かっているな」
「そちらこそ覚悟しろ。古種に襲われたなら、俺に制限はなくなるぞ」
剣聖は化け物や例外に対する切り札であるが、制限も多い。
悠太は趣味嗜好から使ってはいないが、真剣の持ち歩き制限が最たるものだ。
全てを斬る剣を修めている悠太であっても、手にするのが真剣か否かで大きく変わる。化け物の域にいる古種を相手するのであれば、真剣の使用は必須である。
「制限? 封印の類いが一切ない羽虫が何を……いや、ガラクタをガラクタにはしたか。ベルセルクやエインヘリャルでも為し得ないことを、ただの羽虫が? 興味がわいた。お前は何だ?」
アルビノの蛇を見付けた程度の好奇心。
機嫌を損ねれば悠太を殺すために街ごと壊しかねないが、彼の心に波は起こらない。
「武仙流「心」の理・皆伝――最弱の剣聖、南雲悠太」
空から歯車が一つ射出される。
わずかに首を動かすと、地面に歯車がめり込んだ。
「随分なご挨拶だな。試すにしても雑すぎる」
「奇妙だ。剣聖だの神槍だのと名乗る羽虫を幾人か見たが、エインヘリャルに相応しいベルセルクばかりだった。だというのに、お前は本当の羽虫のよう」
「ベルセルクとは確か、バーサーカー、狂戦士の語源の一つだったな。薬物か何かで恐怖心やらを麻痺させたという話を聞いた覚えがあるが――俺から言わせれば未熟だから薬に頼る。そんな物に頼る連中の魂で軍団を作ったとして、使い物になるとは思えないな」
また、歯車が飛ぶ。
今度は躱すのではなく、剣型のデバイスで触れる。
刃のないナマクラでは斬ることはできない。触れた歯車は勢いを失い、形を保ったままその場に落ちた。
「今、何をした……?」
「古い妖精は感情的だと聞くが、魔導師なら制御すべきだ。この惨状を見ろ。威力偵察にしても中途半端が過ぎる。姿を見せたのも減点だ。手段の是非はこの際問わないが、人間を燃料にしたいなら暗躍する方が効率が良い。神代のルーンを餌にすれば組織を作ることも」
「何をしたと聞いているんだ――!!」
歯車が雨のごとく降り注ぐが、綾芽が腕を振って防いだ。
「暗躍が効率が良い理由は、正体が不明になるという点になる。人は未知に恐怖する。妖精であっても変わりはしない。証明の必要はないな」
生理現象としての瞬き以外に変化はない。
虫のように無感情なまま、朱い妖精に視線を向ける。
「さて、俺が何をしたかだが――言うと思うか?」
「……っっ!!」
顔色まで赤くしながら、奥歯を噛みしめる。
綾芽は反対に冷めたようなに息を吐く。
「悠太先輩は、自殺志願者? この状況で、普通は煽らない」
「問われたから答えただけだ。後は個人的感想をいくつか。理解される危険はあるが、主義主張や行動原理を理解する必要がある。妖精に対して答えたように、正体不明が一番恐ろしい。思わぬ死角から致命傷を受ける可能性が高いからな。……俺の最大の敗因だ」
「理解される危険は、少ないと思うよ? わたしには、自殺志願者にしか見えないし」
全てを斬る剣を持つ悠太を殺す手段は数多い。
なにせ魔導が使えないのだ。防御性能はその辺の一般人と変わらないので、大動脈を切られれば出血死、脳か心臓を撃たれれば即死、毒は当然のように効くし、熱中症や凍死の危険も大きい。
最弱の名に相応しい紙装甲であるが、自覚していれば対策するのが人間だ。
「小隈という保険がなければさすがにやらないし、最悪でも真門くんがいる」
「言いたいことは分かるけど、真門はあんまり、巻き込まないで欲しい」
「文句ならあの妖精に言え。八つ当たりをするのもな」
会話の名を借りた挑発も対策の一環。
自然差異が出なく、意思を持つ某かであるならば、行動は意思によって偏りが出る。
偏りがどの程度かを知ることで、死角を減らし、敗北の確率も減らす。古種という格上を相手するのであればなおさらに。
「したいけど……したら街が……」
「妖精の発言を思い出せ。準備が必要と言っただろう」
「……――なるほど。準備ができたら、また来る」
ポンと手を打ち、何度も首肯する。
顔を赤く染めた妖精は、頬を引きつらせたまま笑ってみせる。
「別に、このまま続けても構わないんだぞ。回収する燃料が減るのは痛いが、純血種を手に入れることに比べれば」
「俺も、どちらでもいい。万全でなければ戦えないなど未熟の証だ。――だが、少しは理性的になって考えろ。お前はなぜ結界を張って、張ってからどれだけの時間が経った?」
悠太の目には見えている。
不可視の壁にヒビが入りつつあることが。
「…………僕が、人間を恐れるとでも?」
「虚勢を張る必要はないぞ。本物や化け物でもない限り、一個人を恐れることはないだろうが――集団としての人は恐れている。でなければ、こんな結界は張らないし、燃料だ何だと耳障りの良い言い訳をして被害を出さないようにはしない」
朱い妖精の表情を見れば答えは必要ない。
同時に、警戒心がお粗末であることも間違いない。
(中途半端なのは妖精の性か、もしくは主戦場が別のためか……)
本気で人に知られたくないなら、悠太が言ったように暗躍をする。
本気で警戒をするのなら、広範囲の結界など張らない。
規模が大きければ大きいほど、露呈する確率は高まり、発見までの時間が縮まる。
まるで知識として知っていることを実行して、自分は賢いのだと言いたい子供のよう。
「……まあ、いい。次は確実に。手に入れさえすれば、それで……」
歯車の翼に包まれながら、朱い妖精は空へと消える。
それから七分後、結界は解除され、被害が白日の下に晒されることとなった。
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