作戦会議、模擬戦を添えて
悠太、ライカ、成美の三人は、放課後に行われる試合の対策を練るため、昼食持参で研究室に集まった。
「パイセン。とりあえず、妹さんの情報プリーズ」
「身長一七一センチ。筋肉多めだから見た目より重い。呪力はかなり多いけど、不器用すぎて魔導の適正は目を覆いたくなるほどヒドい。でも、不器用さをカバーするために魔導剣術に絞って鍛えたことで、高校入学前に魔導三種取得。今は魔導剣術部で全国目指して頑張ってる。去年の成績は確か、個人で県大会ベスト八。すぐに思いつくのはこんなとこだな」
「……思ったよりも詳細な情報、ありがとうございます。でも、先に名前を出すもんじゃないですか?」
「それもそうか」
素で忘れていたようである。
「南雲フレデリカ。北欧系のクオーターで、歳は一六。妹じゃなくて従兄妹だから、俺と同学年だ」
「……うーん、名前と歳だけなのに、情報量がスゴいね」
「パイセンの出し方も悪いですけど、従兄妹先輩も属性てんこ盛りですね。魔導師なんでクオーターはまだしも、従兄弟なのに妹って、どこのエロゲ――もとい、ギャルゲです?」
世界的な傾向として、魔導師は国籍を超えて混血が進んでいる。
これは帝国主義が支配的だった近代以降に見られる傾向で、戦火を逃れるためや、同盟国同士の技術交流、果ては亡命など、様々な要因が重なった結果だ。
天文魔導大学附属高校にはいないが、他校には海外からの留学生を多く受け入れる高校もある。
「なんだ、後輩。そっち系やるのか?」
「いえ、別に。根暗なパイセンに合わせた話題作りです」
「知り合いに薦められていくつかやった程度で、特別好きってわけじゃないぞ」
「でも、やったんですよね? エロいを、死んだ魚みたいな目をしてるクセに」
「……えと、えと……成美ちゃん。その手の話題は、はしたない、かな……」
「え? はしたない、ですか? そうですか、ごめんなさい」
顔を真っ赤にするライカとは対照的に、成美はきょとんとしながら頭を下げた。
「さて、エロいことが分かったパイセンに聞きたいことがあります」
「なんだ、エロいことが分かるくらいエロい後輩」
黙ったまま、互いに見つめ合う。
どちらも無表情のままなので、一触即発の空気が漂う。
「……妹さんの情報、もっとください。具体的にはよく使う術式とか、弱点とか」
「まさか、勝つ気? 最初に言ったけど、フーはプロだぞ」
「プロだからどうだって言うんです! 残機無限で、二対一って、あたしらどんだけナメられてんだって話ですよ!」
「成美ちゃんの物言いはちょっと過激だけど、私も、ちょっと……」
ライカも思うところがあるようで、言い淀む。
自身はともかく、内に宿る精霊ヴォルケーノを侮られたような気がしているのだ。
「仕方ないでしょう、そこまでやっても先輩達の勝ち目、ほぼ〇なんですから」
太陽の昇る方角に文句を付けるな、と言わんばかりの口調であった。
「ほぼ〇って、そんなわけないでしょうが!?」
「あるんだよ、一〇〇回程度なら覆らない実力差が。残機が無限になったのはな、後何回死んだら負けるって雑念入った時点で勝機が皆無になるからだ。フーが了承したのも、心を折らないと勝てないくらいじゃないとハンデにならないって理解してるからだ」
「ねえ、南雲くん。それが本当なら、フレデリカさんは香織ちゃんと同じくらい強いってことなの?」
荒唐無稽に思える悠太の言葉を、実行できる存在をライカは知っていた。
天魔付属の生徒会長にして、魔導一種保有者、天乃宮香織だ。
「いえ、天乃宮は化け物と殺し合いができる本物ですが、フーはそこまでじゃないです。――ただ、差し違える覚悟があるなら腕の一本くらい道連れにはできるかもしれませんね」
「それは、スゴいね……」
ゴクリ。
生唾を飲み込む音が、部屋中に響いたように感じられた。
「会長さんを相手にできますか、そうですか……分かりました。ナメられてる云々は横に置きましょう。その上で、妹さんの戦い方を教えてください。勝つつもり、なので」
「本気で勝つつもりなら、手加減抜きで教えてやるよ」
その方が、フーの修行になるし。
悠太はそう、心の中で呟いた。
「まず、フーは基本的に退魔技巧の剣士だ。密教系の魔導を使用するが、あくまで剣術の補助として」
「ちょいちょいちょーい、待ってください。いきなり専門用語を多用しないでください」
「いや、魔導師向けの用語しか使ってないぞ?」
「……そうですね。密教系とかはまあ、なんとなく分かりますよ。具体的には分かんないですけど、そこは勉強不足でしたごめんなさい。でも、剣術関連はサッパリです。なんです、退魔技巧って。流派か何かすか?」
「流せ。重要なのは剣が主体、魔導が補助、の部分だ」
じゃあ、省け! と叫びたくなる成美だが、叫べなかった。
情報を教えろと言ったのは自分だから。
「とりあえず、飯食え。食い終わったらフーが絶対に使う技を見せてやるから」
悠太はすでに完食しているので、もらったばかりのデバイスを手に、隣の部屋へと移動する。
ヴォルケーノの影が顕現した、部屋の中央付近に移動して、デバイスを構える。
(デバイス部分は最小限、残りは一塊の金属にすることで耐久性を確保。――想像以上に使いやすい。気持ち悪いくらいに、俺好みだ)
型を一通り繰り返した感想がこれだ。
真剣と比べることはできないが、鉄パイプや木刀よりもマシで、実践で使ってもいいかな、と思うくらいに使い勝手がいい。つまり、異常なことだ。
(……きな臭い)
フレデリカと違い、魔導のマの字も使えない悠太が及第点を出すデバイス。
特注やカスタマイズでもしないかぎり、存在するはずがないのだ。
「パイセン、もういいですかー?」
「思ったより早かったな。別に、声かけてくれても良かったのに」
「南雲くんが集中してたので、邪魔しちゃ悪いなって」
「気付かなかった俺が言うのも何ですが、気にしないで声かけてください。邪魔されて困ることを、校内ではしないので」
下ろしていた剣を上げ、中段に構える。
「でも、時間がないので済ませましょう。陣形は先輩が後衛、前衛が後輩か?」
「そうですけど、パイセンに言われると腹立ちます」
成美は銃を、ライカは杖を構えた。
「はえ――?」
構えて数瞬の間もなく、悠太の剣が成美の首筋に触れた。
「成美ちゃ……」
「牧野先輩も終わりです」
成美の敗北を認識するまで待ってから、悠太は動いた。
同じように、剣をライカの首筋に触れさせるために。
「さて、これで先輩達は一回死亡しましたが、説明はいりますか?」
二人は首に手を当てながら頷いた。
「近付いて斬る、やったことはそれだけです」
「…………本当に?」
「本当です。ただ、予備動作を限りなく〇にしていますが」
さらりと言っているが、武の基本にして奥義の類いである。
「この一足一刀が、百回程度なら覆らない根拠です。理解できました?」
「……ちなみに、有効射程ってどのくらいだったりします? パイセンと、妹さんそれぞれで」
「足場でも変わるけど、俺が四メートル、フーは一〇メートルだな」
「妹さんのが長いんですね」
意外だと思いながら、成美は引き金に指をかけ。
引き金を引く前に、剣が首に触れた。
「魔導の有無が要因だが、練度は俺の方が上だぞ。フーは今やった首切りしかできないが、俺はどの部位でも斬れる」
「つまり、首回りの対処をすれば――」
「下手な強度なら障壁ごと首が切れるのと、一足一刀は札の一つだ」
成美とライカがアイデアを出し、悠太が否定することが何度か続く。
「……あの、パイセン。僭越ながらお聞きしますが、パイセンなら妹さんをどう倒します?」
「近付いて斬るか、近付かせて斬るだな」
「それは、斬り合いできるレベルが前提、ですよね?」
「そうだな」
「じゃあどうやって勝てっていうんですか!?」
自分たちの勝機のなさを実感した叫びだった。
「剣士の土俵で戦えば負けるなら、魔導師の土俵で戦えばいいだろう。具体的には自分で考えろ」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
悠太はデバイスをロッカーにしまい、教室へと戻るのだった。
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