あと、あとひ、
試験運用のためにさっそく魔導センターに、とはいかない。
魔導戦技の機材を借り受けるためにしか使っていないが、それ以外にも多くの機能が備わっている。
例えば、危険な呪詛を一切外に漏らさない特製の部屋。
例えば、精霊ヴォルケーノの最大火力に数秒なら耐える魔導防壁。
例えば、人では感知しきれない微細な魔導反応を計測する特殊な機材。
大企業や専門機関でもなければ揃えられないような施設を、申請さえすれば使えるようになるのだから、魔導センターは常に利用者で溢れている。
そのため、魔導戦技部の面々が魔導センターに集まるのは、通常通り土曜日となった。
「あああああああぁぁぁぁぁぁ!! あと、あとひ、一人で、八〇位だったのにいいいぃぃ!!」
本日の魔導戦技を終えた成美は慟哭する。
魔導戦技の順位は、撃破数と生存順位の合計で算出されるが、早々に撃破された場合は撃破と同時に順位が確定する。
かつてない手応えを感じていただけに、絶望感は筆舌に尽くせないところがある。
「てか、てかあああぁぁぁ、パイセェェェエエエンンン!! なんで目が合った瞬間に首を斬るんだよおおぉぉぉおおお!?」
……慟哭する理由の七割ほどに、見敵必殺をした悠太の存在があるのは間違いないが。
「悠太先輩の戦いを見るのは二回目だけど、スゴいな。ギュンギュン走り回って、跳び回って、適確に首を落とすって。界隈で妖怪扱いされているのが納得というか……」
「パイセンが妖怪なのは否定しないけど、あのジェットコースターが理由じゃない。身体が爆発四散して首だけになっても、指揮官を斬り殺したのが由来だから」
「…………不死性を持った古種がやるならまだしも、普通の人間がやっていいことじゃないな。いくら現実で死なないって言っても、リアルの再現度高めだから、死んだらキツいのに」
斬っても砕いても潰しても死なない不死身の化け物は、現実にも存在する。
それは古種である場合がほとんどだが、魔導災害として顕現する場合もあるのだ。
ただ、あくまでも「不死身の存在」という異常を突き詰めた結果であり、死兵戦法と取ったとしても不死身を盾にしている。間違っても殺されたら死ぬ普通の人間がやっていいことではないし、成功させてはいい戦法ではない。
その意味では、悠太を妖怪と呼んでも間違いはないだろう。
「ちょうどいいんで聞きくけど、魔導戦技ってなんでここまでリアルにしてるの? 痛みとかは抑え気味だけど、下手したら精神病むよ」
「技術的な意義を言うなら、最初はハイスペックで作らないと技術が確立しないから……だったはず。さすがに普及用のダウングレードを作るときは、痛覚はもちろん五感の再現度を落とす……と、思う」
「はず、とか思う、とか語尾が不穏」
「僕はあくまでも、内部パラメータをイジれる機械を持ってるだけで、技術者じゃないから。普及版の性能も最終的には企業が決めることだから、僕に言えるのは予想だけかな」
魔導戦技に使われている仮想現実の技術は、間違いなく世界を一変させる。
現実とは異なる位相に存在する、異界がないわけではないが、あくまでも生身の身体で行き来する現実。魔導師の中には、精神に重きを置いた仮想世界を構築できる者もいるが、あくまでも個人の技量に左右される曲芸にすぎない。
天乃宮が創り出した仮想現実のように、各地の魔導センターに配備できるような「技術」に落とし込んだ個人・組織は未だ存在しないのだ。
「真門くんって、隈護家の継承権がないんですよね?」
「校内の噂通りに、一〇歳の時にね」
「天乃宮の最新技術にアクセスできる機械を渡されるだけの信用があるのに、分家の継承権がないってのはおかしいきがしますね」
「……能力じゃなくて、政治的な理由でね。一〇歳まではちゃんと跡取りとしての教育は受けてたけど、今は別にいるから実家の方は揺るがないよ」
「古い家系ってのも面倒ですけど、うちの学校って節穴が多いですよね。面白おかしい噂に振り回されるのばっかりっていうか」
寝そべっていた身体が、ゆっくりと起き上がる。
仮想世界からまた一人、現実に戻ってきたのだ。
「……むぅ、負けた」
「綾芽ちゃんお帰り。お茶飲む?」
「飲む……」
不機嫌そうに頬を膨らませながら、トテトテと席に座る。
少し待つと、ライカがティーパックの紅茶を差し出した。
「綾芽がふてくされてるなんて珍しいな。気に食わないことでもあった?」
「ううん、フレデリカは強かった。ただ、もっと上手くできたかなって」
初参加で七七位。
それも、フィジカルによるごり押しのみ。
フレデリカを相手した際も終始ごり押しで優勢に進めていたが、狙い澄ましたカウンターで逆転された形だ。
「上手くって言っても、綾芽は大分制限かかってるからね。あっちの感覚になれるといざという時に困るから、今のままでいいと思うよ」
「そっか、確かに、動きづらかったし。なら仕方ない」
「え、待って? 綾芽ちゃん制限かかってたの? ライカ先輩がヴォルケーノ出せないみたいなヤツが?」
同じ制限でも、悠太とライカとでは制限の質が違う。
悠太は祓魔剣を封じているが、あくまでも自分ルール。現実へのダメージを考慮しているだけで、使おうと思えばいつでも使える。
対してライカの制限は、システム的に使用できないという絶対の制限。ヴォルケーノという異物を許した場合、仮想世界そのものに大きなダメージが入る可能性を考慮してのものだ。
「当然かけたよ。それでも、魔導戦技のレギュレーションで許される最大値になっちゃうけど、綾芽にはかなりキツいよね」
「フレデリカもだけど、皆、あれより弱いんだよね? それでよく満足できるね?」
「綾芽と比べたらダメだよ。あの上限値にしたって、香織ちゃんでも出せないんだから」
「そうなの? じゃあ、わたしには向いてない。思いっきり殴れるのは楽しいけど、身体が重くてストレス溜まるし」
飽和ギリギリまで砂糖を溶かした紅茶を飲んで、頬が緩んだ。
小柄な体躯と相まって発せられる、小動物のような愛らしさを一通り堪能してから、成美は疑問をぶつけた。
「上限値って言ってたけど、魔導戦技って古種の戦闘力を再現できるくらい幅広いかったですよね? 綾芽ちゃんって、古種より強いってこと?」
「ああ、紀ノ咲さんは綾芽のクラスメイトでしたね。不安になるのも分かりますが、大丈夫です。制御や手加減に関しては香織ちゃん主導で完璧なので、目の前で魔導災害でも起きない限りは見た目通りの力しか出しませんよ。……まあ、必要に応じて調整はするけど」
「危険性は別にどうでも、可愛いからそれで。――でも、そう言うってことは、事情ありってことね。オケオケです。クラスでも気にしないようにしますし、誰にも言いませんので」
「……ご配慮、ありがとうございます」
魔導科に入るような生徒は、多かれ少なかれズレている。
魔導そのものがズレていることもあるが、名家と呼ばれるような古い家系の出であればなおさらに。分家の分家といえど、綾芽もまた天乃宮の一員なのだ。
「ライカ、おかわり欲しい」
「うん、待ってて。お砂糖は同じくらいにする?」
「次は二つ。いっぱい飲んだから控えめに」
真門からすれば、マグカップ一杯に砂糖二つは多い。
だが、健康被害を心配するような身体ではないことと、綾芽には甘い部分があるので微笑ましく眺めるだけ――。
「しゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
……コクコクと、マグカップを傾ける姿を眺めようとしたが、雄叫びによって中断される。
声の主は、南雲フレデリカ。
「四八位……、五〇位の壁、突破したああああぁぁぁぁぁ!!」
苦節、約半年。
奥伝や魔導一種がひしめく魔境の中、ついに悠太が最初に出した課題を突破したのだ。
感激の雄叫びを上げても仕方ないことである。
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