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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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キャベツ、おすそわけ

 悠太の朝は早い。

 新聞が配達されるよりも早く起き、二人分の朝食を用意。

 そして食べることなくジャージに着替え、一〇キロのランニングをスタート。終わればシャワーを浴び、制服に着替えてから朝食となる。

 フレデリカは部活の朝練があるため、悠太がランニングから帰った時点で登校している。

 ニュース番組を流しながら二人分の食器を洗い、しばらく休憩してから登校する。ただこの日は、いつもより早い時間に家を出て、いつもは持たない荷物を持っていた。


「パイセン、遅いですぅ。重役登校ですか?」


「五分前だ、五分前。お前等が早いんだよ」


 朝のホームルームの四五分前。

 生徒会室に四人が集まった。


「全員来たなら、早いけど始めましょう……、か」


 香織の語尾が鈍る。

 ちょうど、悠太と目が合ったタイミングで。


「ああ、コレ? おすそわけ。春キャベツ三玉」


「……ええ、もらっとくわ。在庫処分だろうとありがたく」


 ビニール袋に入ったキャベツを受け取っても、視線が数度彷徨う。

 その後、何かに納得したように頷き、キャベツを目の届かない場所に仕舞った。


「えっと、そうそう。昨日の異界討伐ご苦労様。これが約束の、魔導センターの年パスよ。悪用されると困るから、裏に名前書いてね」


「なんか、セキュリティがアナログですね。バーコードのないポイントカードみたいな見た目してますし」


「セキュリティはICチップが入った運転免許くらいね。顔写真とか生年月日とか住所はもう入ってるから、名前書いてなくさないように」


「……香織ちゃん、勝手に個人情報を入れられるのは、ちょっと怖いかな」


「大丈夫よ、学校にあったデータを流用したから。何か変わってたら自分で変えてね」


「学校の情報が抜かれるのも、それはそれで怖いかな……」


 ライカに同意するように、成美もぶーすか文句を言い始める。

 悠太は黙って名前を書いているが、個人情報は抜かれる時は抜かれるという諦めが出ていた。


「あー、もう、やかましいわね。あんまりうるさいと、コレ、あげないわよ」


 ゴトッ。

 真っ白な拳銃が机に置かれた。


「魔導戦技のレギュレーションに合わせて調整された拳銃型デバイス。三世代ほどの型落ち品だけど、当時のハイスペック。果たして買ったらいくらになるかしら?」


「……え、本当にくれるんですか?」


「もちろん。昨日は利用権だけって言ったけど、それだけじゃ三〇〇万には届かないのよね。だから、これは既定路線。ちなみにコレは紀ノ咲さんの分。ライカには杖、南雲くんには刀を用意してあるわ」


 ロッカーから取り出した杖と刀を、拳銃型デバイスと同じように机に置いた。


「刃が付いてない以前に、形だけのイミテーションだな」


「そりゃ、競技用のデバイスだもの。でも、魔導剣術で使う系のヤツだから、剣聖様なら実践でもいけるんじゃない? 過去にいた武仙の直弟子は、城を斬ったらしいし」


「俺が修めたのは理は心で、体じゃないから無理だ。……まあ、鈍器としてなら対人戦はいけるし、霊体相手なら問題ないけど……」


「はーん、やっぱ剣聖は剣聖ね。最弱なんて評判、当てになんないわ」


「……最弱には違いない。俺には呪力がないからな」


 身体強化はもちろんのこと、武の奥義にも呪力を扱うものは少なくない。

 悠太は剣聖と謳われるほどの深奥にいるが、呪力を用いない技術のみ。身体能力などのスペックだけを抜き出せば、下から数えた方が早いくらいだ。

 故に、悠太は最弱の剣聖と呼ばれる。


「あの、会長さん。話の腰を折ってもうしわけないんですが、今、パイセンのことを剣聖って呼びませんでした?」


「ええ、南雲くんは剣聖よ。その気になれば私だって殺せるわ」


「やんねえよ、お前が俺を殺そうとしない限りは……おい、こっち見んな。目を細めて心臓の辺りを見るな。殺気なくても怖いんだぞ」


 殺し合いになれば殺せる、と言っているに等しい悠太。

 そんな悠太の胸付近に照準を合わせ、香織は不満そうに目を細めていた。


「会長さんが言うなら、マジか……マジなのかぁ……」


「そんな風に言わないの。成美ちゃんだって、ヴォルケーノを斬った時にはもう、南雲くんがスゴいって分かってるでしょ」


「そりゃ、分かってますけど……でも、剣聖ですよ。魔導一種持ちよりレアなんですよ。すぐには信じられませんって」


 モゾ、モゾ、モゾ。

 悠太の胸ポケットが不自然に盛り上がる。

 小さな何かがポケットから出ようともがき、しかし上手くいかずにさらにもがく。

 不毛な悪循環に陥る何かを救ったのは、胸ポケットに入れられた悠太の指だった。


「おい、フー。何で式神を――」


「――ラアァ、クソアマ共!! 何も知らない分際で、何兄貴をタダで扱き使おうとしてんだラァァァ!」


 耳の奥がキーンと鳴る怒号に、悠太は思わず、小さな何かをつまむ指に力を入れてしまった。


「ふぎゅうッ!」


「あ、悪い。――じゃない。何で式神を仕込んでんだ、フー。それ以前に、お前部活中だろうが」


「昨日の話を聞いて、警戒するなって方が無理だろうが、クソ兄貴。関わってんのが香織だけならまだしも、何か違うっぽいし。なら、盗み聞きくらいすわぁ!」


「開き直るな!!」


 チュンチュン、チュンチュン。

 などと鳴いているわけではないが、そんな鳴き声が聞こえてくる雀型の式神。

 胸ポケットに入るほど小さな雀と、言い争う姿はどこか喜劇的だ。


「はいはい、そこまで。南雲くん、そのチュンチュンうるさい豚――もとい雀をよこして」


「おい、豚とはな――んにゃぁ」


 野球のポールを投げるように、思いっきり振りかぶって投擲される雀。

 豚と評されるほどにまん丸なフォルムは、雀なのに一〇〇キロ近い速度を生み出した。


「うえっぷ……ちょっと、感覚共有してるんだから、やめてよ。マジで酔う」


「相変わらず不器用ね。一か〇しかないから無茶が効かないのよ。それに、このまん丸な雀。太りすぎて飛べないとか、鳥形の意味ないわね。泳げない、走れないとなると、ペンギンやニワトリ以下じゃないの」


「うっちゃい……感覚の送受信可能なフォルム、これだけなのよ。蝶だと飛べるだけで話せないし……」


 陰陽道より派生した式神技術は、日本魔導界ではポピュラーな術式だ。

 市販品の式神が売られるくらいに普及しているのだが、フレデリカはその市販品を満足に使えない。

 そのため、自作の式神を使っているのだが、ロースペックな市販品にすら劣る性能しかない。しかも、その劣る式神でさえ、作成に三年以上の月日をかけて作ったもの。

 フレデリカも使いにくいと思っているが、未だにこれ以上の品が作れていないため、仕方なく使っているのだ。


「んで、ブサ可愛い雀ちゃんになってまで、フーカは何しに来たの」


「兄貴が体よく利用されていないか、心配になったのよ……悪い」


「いえ、まったく。――それで、あの子達はお眼鏡に適ったのかしら?」


 まん丸に太った雀が、ギロリと二人を睨め付ける。


「――え、ヤダ、可愛い。パイセン、アレ欲しいです。おカネ払うんで、妹さんに術式を分けるよう交渉してくれません?」


「ちょっと、ダメだよ成美ちゃん。南雲くんの妹さんが、こっち見てるんだから」


 睨め付けているのだが、まん丸フォルムなので逆効果だった。


「論外だけど、わたしも狭小じゃないわ。どうせ、兄貴の実力を実感できてないのが理由だろうし」


「なら、どうするの?」


「決まってんでしょ。試合をすんのよ。わたしとあの子達二人。そんで、兄貴と魔導剣術部の猛者四人で。レギュレーションは、魔導戦技? って、ヤツでいいんじゃない? よく分かんないけど……そのくらいはハンデでしょ」


「んー、足りないわね。魔導剣術部の四人は残機一〇、ライカ達は残機無限ね」


「……わたしだけハンデが重い気がするけど、まあ、いいわ。プロだし。民間人相手にハンデをあげないと」


 成美の暴走をライカが止めている間に、香織とフレデリカの間で話が進む。


「なら、今日の放課後に研究室まで来なさい。場所はこっちで整えるから。――しっかし、フーカはやっぱり魔導師ね」


「何の話し?」


「うまーく、自分の利益に持って行ったとこ。あの二人に南雲くん実力を見せるって名目で、部員のレベルアップが見込める試合に誘導したじゃない。あっちの二人もそう。心が折れようが認められようが、どっちにしてもフーカの利益になる。万々歳ね」


「………………そうね」


 悠太達の方を見る――と、見せかけて目を逸らし、フレデリカはそう答えたのだった。

お読みいただきありがとうございます。


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