9 アシル・ナイトリ―
……驚いた。
彼女の吸い込まれそうな燃える真っ赤な瞳から目が離せなかった。
最初ゴミ袋から救出した時、髪の隙間から見えた彼女の瞳の色は透明感のある琥珀色だった。
…………あれは見間違いだったのか?
瞳の色にも驚いたが、彼女の神秘的な顔立ちに心臓が止まるかと思った。
外国から来たことは髪の色などから分かっていたが、あまりにも流暢にこの国の言葉を話すのですっかり忘れてしまっていた。
輪郭はシュッと引き締まっており、口は小さく薄いおちょぼ口。目は大きいが綺麗な猫目のような切れ長であった。
妖精、という言葉がよく似合うと思った。こんな美しい少女がこの世にいるのかと……。
それなのに、彼女は自分の目にとてもコンプレックスを持っているようだ。自分の価値をゴミ以下だと思っている。
……ゴミ袋に捨てられていたんだ。そうなってしまうのも仕方がないかもしれない。
ゴミ袋から彼女を最初に見つけた時、胸がとてつもなく痛かった。
こんな小さな少女が全身傷だらけで血を流し、やせ細って、ゴミ袋に入れられていた。その事実が苦しくて仕方がなかった。
十歳とは思えないほどの細さと背の低さだ。これから体重も増やせるし、慎重も伸びるだろうけど、それでも栄養失調と体のあざや傷を見ると心配で仕方がなかった。
優しさに慣れていないのか、親切さに恐れを抱いているように見えた。
彼女が肩を震わせて俺たちに怯えている。今までどんな扱いをされてきたのだろう……。
相当酷い虐待を受けていたことは確かだ。彼女は自分になんの価値もないと思っている。
自分は愛されないと信じ込んでいる。だから、俺が名付けた名前も苦痛に感じたのだろう。
……そんなことない、と声を大にして言いたいが、今の彼女には伝わらない。
ゆっくりと時間をかけて、彼女に愛情を注ぎ続ければいつか考え方を変えるかもしれない。
ただのスープであんなに涙を流すぐらいご飯を食べさせてもらえていなかったのだ。
これから彼女の望むものを全て与えよう。
彼女の目から血が出た原因は未だに分からない。ストレス性のものだろうか……。
医者に丁寧に診てもらうしかなさそうだ。シャーロットが医者を呼びに行ってここに戻ってくるまでまだもう少し時間があるだろう。
俺は瞳の色を見られたことに対して怯えている彼女の頭を優しく撫でる。
急に触れられたことにビクッと体を震わせて驚いたが、彼女はすぐに俺の手を受け入れてくれた。
…………妹が出来たらこんな感じなんだろうな。
「アンジュ」
「え?」
いつの間にか口から言葉が出ていた。
彼女はきょとんとした様子で首を傾げる。微かに前髪が右に揺れて、彼女の瞳がチラッと見えた。
…………琥珀色に戻っている。
どっちが俺の見間違いなのだろう。正しいのは琥珀色なのか?
「あんじゅ……?」と呟く彼女の言葉に俺はハッと我に返る。
「そう、アンジュ。エイミって名前を却下されちゃったから、新しい名前をつけるよ」
まさか違う名前を用意されるとは思わなかったのだろう。
彼女に戸惑いが見られた。俺は優しく彼女の頭をポンポンッと叩きながら笑みを浮かべた。
「アンジュは天使って意味だ。可愛くて優しい君にピッタリだ」
「……アンジュ」
「やっぱり、ダメかい?」
そう言って、僕は彼女の顔を覗き込んだ。彼女は首を横に振って、「ダメじゃない」と小さな声で呟いた。
その声はどこか嬉しそうだった。
良かった……。名前を付けられることが嫌だったわけじゃないんだ。エイミ、という意味が彼女にとって辛い意味となっていたのか。
「俺がたくさん愛してあげるからね」
気付けば彼女の頭に手を置いたまま、そんな台詞を口にしていた。
もうアンジュを自分の中で、家族同然の女の子だと認識しつつあった。それぐらい彼女には不思議な魅力を感じられた。