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目からつうっと血が流れているのが分かる。
私は必死に拭き取ろうとするが、アシルに止められた。「こすらない方が良い」と強く腕を握られる。
男性の力だ、と体をビクッと震わせてしまう。
「すまない。怯えさせるつもりはなかったんだ」
少し気まずい空気が流れる。私も驚くつもりなんてなかった。それなのに、体が勝手に反応してしまう。
アシルは「これを使って」と私にハンカチを渡してくれる。
私はその綺麗にたたまれた上質なハンカチを受け取る。……これに血を付けるのは気が引ける。
「大丈夫、汚れても良いやつだから」
私の心を読み取ったのか、アシルはそう言ってくれた。
彼の言葉に甘えて、私はハンカチでゆっくりと目の辺りを拭く。いつの間にか目から流れて来る血は止まっていた。
淡い水色のハンカチは一瞬で赤色に変わる。
少し申し訳なさを感じながらも私はちゃんと目を拭いた。まだ頬や目の周りに血が残っているような気がするけど、水じゃないと取れない。
私が一通り顔を拭き終えると、アシルは口を開いた。
「どうしてそんなに名前を付けられるのが嫌なんだ?」
「……私は愛されないから。……誰にも愛されない私にその名前はあまりにも辛いの」
私は俯きながら答える。アシルの顔が見れなかった。
素敵な名前なのに、それを拒むなんてやっぱり不敬にあたるのかな……。怒らせてしまったかもしれない。
この沈黙が怖い。
「じゃあ、名前を変えればいいのか」
アシルの独り言に私は思わず顔を上げてしまった。
その瞬間、強風が吹いて、ガタンと大きな音を立てて窓が勢いよく開いた。部屋の中に風が入ってくる。
私の前髪が風に流され、顔が全体が露わになる。初めてしっかりアシルと目が合う。
透き通った明るい青色の瞳に私の顔が映る。時が止まったような感覚に陥る。
前髪越しでないアシルは絵本の中に出て来る王子様のように思えた。
アシルは固まったまま私をじっと見つめながら、小さく呟いた。
「…………赤い目?」
その言葉に私は違和感を覚えた。私の瞳の色は琥珀色だったはず……。
琥珀色の瞳は普通の人とは違い、気色悪いと言われてきた。赤い目に見えるのは、血のせいでそう見えているだけかもしれない。
……私、目を見せちゃった!!
そのことに今更気付き、急いで前髪で顔を隠す。今さら遅いと分かっていても隠さずにはいられなかった。
アシルに嫌われてしまう。折角少しだけ距離が縮まったと思ったのに……。
ふと、私の瞳の色を「綺麗だ」と言ってくれた人たちのことを思い出す。
非難されることの方が多かったが、誰もが私の目を貶してきたわけではない。自分の瞳が珍しいと言って、褒めてくれる人もいた。
けど、その記憶も曖昧だ。鮮明には思い出せない。ぼやけた記憶をたどりながら、この記憶も良い思い出ではないことを理解する。
その人たちは悪口を言う人達よりも、もっと質が悪かった。私の瞳をくり抜いて売ろうとしていたのだから……。