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「エイミ、って名前はどうだい?」
「えい、み?」
「そう、新しい名前。誰からも愛されるって意味を持つエイミ」
なんて私に似合わない名前なのだろう。
とてもいい名前だと思うし、そんな名前を付けてもらえるなんてとても幸せだ。光栄に思うことなのだろうけど、今の私には酷だった。
ギュッと両手でスカートを握る。
「……名前なんていらないよ。少女Aで大丈夫」
「名前通り、エイミは皆に愛される女の子になるよ」
私はもう誰にも期待しない。傷つきたくない。それなのに、アシルのその言葉を聞くと、傷を負ってでもいいから彼を信じてみたいと思ってしまう。
…………けど、やっぱり、線を引いておかないと。
防衛線がなければ、彼に裏切られた時に立ち直れないかもしれない。
「私は少女Aでいい……じゃなくて、少女Aがいい」
「そっか……。じゃあ、俺が勝手にエイミって呼ぶことにする」
彼は私の意思に反して笑顔でそう言った。
不思議と、その言葉が嬉しかった。アシルは私のことを大切にしようとしてくれているのが分かった。
突然両目に激痛が走る。「痛ッ」と思わず声を出してしまう。あまりの痛さに私は、力強く掌を目に押さえつける。
必死に声を押し殺して、痛みに耐える。
今までこんなこと一度もなかったのに……。どうして突然、目が痛くなるの!?
呪いの瞳、と言われてきたけれど、実際自分の目に何か異変が起こることなど今まで一度もなかった。
頭の中に何か映像が流れてくる。それが自分の記憶じゃないことは確かだった。
……アシル?
今よりも随分と幼いアシルが大きな庭園で泣いている。周りには色とりどりの美しい花が咲き誇っているのにも関わらず、彼はとても寂しそうだった。
「アシル?」と声を掛けるが、どうやら私の声は彼の耳には届いていないようだ。
アシルは一人ぼっちでただ涙を流していた。小さなその背中を思わず抱きしめたくなった。
『ごめんなさい』と幼いアシルはずっと呟いていた。
何に謝っているんだろう……。
『ごめんなさい。ごめんなさい。僕のせいで母様が死んじゃった……』
その台詞を聞いた瞬間、プツンと頭の中から彼の姿は消えて、私は現実の世界へと戻って来る。
どうしていきなり私の頭の中にアシルの記憶なんかが流れたの……?
目の痛さなど忘れて、その謎に意識が向いてしまう。
幼い頃のアシルの心の痛みをさっきの記憶と共に感じていた。心が張り裂けそうなぐらい痛い。
「大丈夫か!?」
アシルの私を心配するその声に応えようと、私は手を目から離して平気な振りをしようとした。
その瞬間、自分の掌が鮮明な赤に染まっていることに気付く。
…………血? どうして?
「エイミ、目から血が出てるぞ。おい、シャーロット今すぐ、医者を連れてこい」
メイドの名前がシャーロットだということを今知る。
シャーロットは駆け足で部屋から出て行った。慌てるアシルに私は「大丈夫だから」と伝える。
目の痛みよりも心の方がずっと痛い。どうして、この瞳はあのアシルの姿を私に見せたのだろう。
「エイ」
「やっぱり、エイミって私には似合わない、と思う。だから、もう呼ばないで……。折角つけてもらったのにごめんなさい」
私の名前を呼ぼうとするアシルの言葉を遮り、私はそう言った。
アシルに対してとても失礼なことを言っているのは分かっているけれど、「エイミ」と呼ばれるのは私にとって苦痛だった。
愛されることのない私が貰っていい名前じゃない。
…………名前を呼ばれる度に、さっきのアシルのような苦痛を味わうことになってしまう。
愛されたい、と期待してしまうのが何よりも怖い。
叶うはずのない願いをいつまでも追い続けるなんて、私にはできない。