12
「アシル様、まだお若いのに本当に立派だわ」
「将来があそこまで有望な方にお会いしたことないもの」
「大人になったアシル様、想像しただけでうっとりしちゃうわ」
いつでも、どこからでもアシルの噂が耳に入って来る。全て誉め言葉。
良い噂しか入ってこないって逆に警戒してしまう。……けど、アシルはきっと噂通りの良い人だと思う。
昨日の今日だからか、私に対しての噂話も多い。歩いていると「少女A」の存在について、男女関わらず皆がコソコソと話しているのが聞こえてくる。
「きっと、難ありだって。だから捨てられてたんだよ」
「少女Aの存在ってそのうちニュースになるのかな」
「ならないだろうけど……、なんだか罪人のような気がしないか?」
「うわっ、確かにあり得そうだな。犯罪者がここにいるって考えたらゾッとしねえか?」
「きっとアシル様が守ってくれるさ」
「もう! 早くそこ掃いちゃって。少女Aの話はあとでしてよ」
他者に対して強い感情を持たなくなったのかもしれない。
私がどんな風に噂をたてられていたとしても怒りや悲しみなどない。ただ「へぇ、そうなんだ」と思うだけ。
誰からも愛されないことを理解しているからこそ、感情の揺らぎが少ないのかもしれない。
私自身についてはそうだけど、アシルが悪口を言われたいら嫌かも……。
暫く屋敷をぐるぐると回り、庭の方へと足を進めた。今まで見たことのない家の造りに心が躍った。
こんな素敵な家に私もいつか住んでみたい。
馬鹿な夢だねって笑われるかもしれないけれど、一度でいいから素敵な家で素敵な家族に囲まれて暮らしてみたかった。
平凡を求めているのかって問われると分からないけれど、ただ、平凡を少しだけでいいから味わってみたい。
私が知らない世界だから……。
「あれ?」
気付けば、全く人気のない所へと来てしまった。
アシル家の敷地内なのだろうけど、森のような場所。屋敷から少し離れている。
朝だというのに、人の気配がないせいで不気味に思えた。
考えごとをしながら黙々とあてもなく歩き続けるのは良くなかった。もっとちゃんと周りを見てから行動すべきだった。
引き返すべきかな? ……けど、もう少しこの場所を探りたい。
立ち入り禁止の場所かもしれないけれど、私の好奇心がここを探索しろって言っている。
きっとアシルもまだ起きていないだろうし、あとちょっとだけならいけるよね。走って部屋に戻れば大丈夫。
「ここで消えたとしても、誰にも迷惑をかけないし……」
髪を一つに束ねて、少しの勇気と共に私はゆっくりと森の奥へと入っていった。