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「まずは、綺麗にしなくちゃね。」
私の泥まみれの格好について言っているのだろう。
「お風呂に入りましょ。」
セレナさんは明るく楽しそうにたくさん話す人だった。私が頷いていると、ここはキッチンで、とか裏口で、とか覚えられないくらい教えてくれた。途中でビーンさんという人に会って、お風呂のお湯を沸かすように頼んでいた。
「ここはカンナちゃんの個室よ。ちょっと待っていてね。」
そういうと、私の個室だというドアの隣のドアに入っていった。
お風呂かぁー。入ったことない。お金持ちは温かいお湯に入るのだという。貧民街の住人にとっては、せいぜいが体を拭くとか、暖かいときに水を浴びるとか。少しお金を出せば銭湯に入れるのだが、食べ物以外にお金を使えるのは、商売をやっている人くらいで、その日暮らしのうちでは無理だった。
お風呂~。どんな場所だろう~。
まだ知らないお風呂を想像してワクワクしていると、ドアがあいて、セレナさんが出てきた。手にはフリルがたくさんついた裾の長そうな服を持っている。
「お風呂に入ったらこれに着替えてね。」
「え?私、お金がないんです。」
「気にしなくていいわ。私のお下がりだから、あげるわ。昔は着ていたんだけど、今はもう着ないから。さすがにこの歳じゃあ、それはねー。カンナちゃんなら、ちょうどいいわ。」
折り畳まれているが、色味や飛び出しているフリルから、小さい頃遊びにいって見た、ショーケースの中にあったような素敵な洋服に見える。そのときはあまりの金額に落ち込んで帰ってきたのだけれど。
ドギマギしていると、セレナさんは、どんどんと歩いていく。慌てて後ろをついていくと、
「ここが、お風呂よ。カンナちゃんがおひろに入っている間に、洗濯してくるから、今の服だけ脱いでちょうだい。」
えっと、服を脱げと言われても、うんと、えーっと。
「あの。お風呂ってどうやってはいるんですか?」
セレナさんは目を丸くしたあと、目を細め、
「ちょっと待っていてね。」
と、出ていった。
しばらくすると、
「私も入るわ~。」
と、服を脱ぎ始める。
「え?えっ?」
「大丈夫よ。あとのことはビーンさんにお願いしてきたから。ほら、早く~。」
私がモジモジしていると、セレナさんが先に脱ぎ終わり、浴槽との間のドアを開け放った。
温かい蒸気に満たされていた。
「広い!!なにこれ??」
銭湯は大勢で入るから広くても、自分のスペースはちょっとだと聞く。一人で入る想定でこのサイズ…。ばぁちゃんと暮らしていた家くらいあるかも…。二人分の布団を敷いたら、ほとんど埋まってしまうくらいの大きさ立った家より、このお風呂の方が広いかも…。
セレナさんが、説明しながらお風呂に入ってくれて、まさかだけれど、頭まで洗ってくれて、もらった服に袖を通す。体を拭くタオルでさえもフワフワで驚いていると、暖かい部屋を入り、テキパキと髪を切ってくれた。初めて切った髪は、お風呂の影響もあってか、サラサラで、自分のものとは思えない手触りだった。
「わぁー。やっぱりカンナちゃん、美人さんね。とってもかわいいわ。」
「そう、かな?」
「少しずつ言葉遣いも直しましょうね。この家の使用人として、恥ずかしくないように。この家の使用人だってことは誇らしいことよ。」
そのあと、もう一度、家の中を案内してもらった。
庭や、洗濯部屋、掃除用具の簡単な説明。最後にキッチン。コックのフランクさんが、豪華な食事を作っていた。
「すごいいい匂い!!」
「持っていくかい?」
???
「そうね。カンナちゃん、一緒にいきましょう。」
料理が乗ったワゴンを押して進む。
「ここは、ご主人様の食堂よ。」
ノックをすると、中から執事のバスタさんが出てくる。挨拶を済ませると、廊下で肉を切り出した。
ご主人様のものではないだろうか?としんぱいしていると、
「今日の毒味はカンナ嬢ですか?」
「えぇ。おねがい。」
「どうぞ。一口で召し上がってください。」
肉の乗った小さな皿を差し出される。びっくりして、セレナさんの顔色をうかがうと、どうぞどうぞと、ニコニコしている。
口にいれると、たまらなく美味しかった。
「なにこれ!!っおいしいー!!!」
あまりの大声に、バスタさんは眉をしかめたが、セレナさんはプッと吹き出していた。部屋の中からもクスクス笑う声が聞こえる。
笑われて、少しだけ恥ずかしかったが、だって、だって、めちゃくちゃ美味しかったのだ。食べたことない味過ぎて、どう美味しいとかまったく表現できないけれど、肉とは思えないほど柔らかくて、鼻から抜ける香りでさえも美味しくて、こんなものが存在していたのかと驚いた。