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この国の人は、よく夜空を見上げる。
『流れ星に気に入られた人には、星が小さな幸運を運んでくる。』
子供達は眠くなるまで夜空を見上げ、大人達は仕事終わりにそっと夜空を見上げる。幸運が降ってくるのを夢見て。流れ星の話は、おとぎ話などではないのだから。
鬱蒼とした森のなか、カンナは木々の間から空をうかがう。太陽は真上を通りすぎ、少し西に傾いたようだ。
ここは王国のなかでも一番大きな都、王都の端。華やかな中心部からはかなり離れていた。華やかな町であればあるほど、どうしても闇の部分ができてしまう。王都の外周に広がる貧民街のさらに外側。王の治める地区の境になっている森の中だ。
「昼は過ぎたわね。そろそろ買い物にいかないと。」
森の中で採集した木の実や新芽、キノコを入れたかごを持ち上げて、家に向かう。かごを置くと、ばあちゃんが稼いできた少しばかりのお金を肩掛けバックに突っ込み、雑然とした通りを歩きだす。
町中にいけば、綺麗な通りにおしゃれなお店が並んでいて、何でも売っていることは知っているが、値段が張るのだ。おしゃれな洋服や食べ物に憧れて、友達と皆で行ったことがあるが、あまりの値段に自然と無言になりトボトボと帰ってきた。それからは、虚しくなるので、足を踏み入れないようにしている。
「ベイズさん。こんにちは。」
家からは少し距離があるのだが、ベイズおじさんの店が一番安い。
「カンナ。今日も元気そうだな。」
「これで、米をくださいな。」
ポケットに入っていた、500スターを取り出す。
「おっ!じゃあ、問題だ。1キロ300スターの米を500スター分買うと何キロ何グラム買えるだろうか。」
「え!うーんと、うーんと。」
ベイズおじさんは買い物に来ると、文字や算術を教えてくれる。ばあちゃんは、文字は読めないし、簡単な算術しかできないのだ。
今回は特に難しいようだ。頭をひねって、無理やり答えを出す。
「1キロ500グラム買って、50スターお釣りじゃダメ?」
「あはははは。それはそれで正解だ!だがな、500スターすべて米に変えるには、1キロと約667グラムだ。しっかり計算できないと、他で買い物したときにちょろまかされるぞ。」
「えーっと。」
100スターで333.3グラムだと教えてもらい、なんとか理解した。
「ベイズさんは、本当にすごい!私にも米屋ができるかな?」
「あはは。カンナは女の子らしく華奢だから、重たい米を毎日運ぶのには向いていないと思うぞ。ばあちゃんの仕事を教えてもらった方がいいんじゃないのか?」
「ばあちゃんは絶対に教えてくれないの。」
「まだ、あの事を引きずってるのか。カンナだって、もういい歳だ。働いたり嫁いだりしてもいいだろうに。」
「嫁いだら、ばあちゃんは、一人になっちゃうから。せめて働いてばあちゃんを楽にしてやりたいんだけど。ばあちゃんももう腰が痛いって。」
「そっかぁ。カンナは、文字も読めるし、算術も働くのに問題ないくらいはできるから、そう焦らなくても大丈夫だ。森で食べ物を探すのは天才だしな。」
「それは、それしかやることがないだけ!」
ベイズおじさんは、本当にすごいのだ。貧民街のなかでも特に治安の悪い場所で生まれ育ったベイズおじさんは、もちろん文字も読めずに算術もできなかったらしい。米屋で働くようになってから、一杯勉強して、今では立派に店主をつとめている。
「ベイズさん、また教えてね。私、ベイズさんのこと本当にすごいと思ってるんだから!」
「ははは。カンナは優しいな。すごいのは俺じゃなくて、こんな俺でも受け入れてくれた、オーナーがすごいんだよ。」
ベイズおじさんと出身が同じ人は、犯罪を犯すことでしかお金を手に入れることができない人が多い。だから、貧民街のなかでも嫌われていた。そんな場所出身のベイズおじさんをなんの偏見もなく雇い、仕事を教えた前の店主は確かにすごい人だろう。
でも、カンナには、買い物に行く度に色々教えてくれるベイズおじさんのほうが、すごいと思えるのだった。
少し遅くなっちゃった。ばあちゃんは、もう帰っているかな?
足早に歩いていると、仕事終わりだと思われるシュウと会った。シュウは、小さい頃に一緒に森で採集したり、町のなかを見てあるいたりした仲間の一人だ。今は、家の靴屋を継ぐために修行の身だ。
「カンナ。リーナから連絡はきたか?」
「ないの。」
リーナも仲間の一人だが、少し前に嫁いでいった。嫁いだ先がいい家ならいいが、苛めるためだけに貧民街出身の奥さんをもらうなんてこともある。
こちらから連絡は身分の差で難しい。だから、リーナから連絡する約束だったのだ。連絡できないような酷い家だったのではないかと心配しているのだ。
「そっか。」
ここで暮らしていると、身分の差に憤りを感じつつも、仕方がないことと諦めの境地にいたる。ショウも私もリーナが心配であるが、どうしようもないと諦めていた。
「カンナんちは、カンナは、どうするんだ?」
ばあちゃんは、私を嫁にやる気はないだろう。私の母ちゃんがちょっとした商人に見初められて、私をおいて嫁ぐことになった。母ちゃんがばあちゃんの仕事を手伝っているときに、商人に顔を覚えられたらしく、それが原因で私を仕事につれていってくれないほどだから。
「私は仕事をしたいんだけど、ばあちゃんが許してくれなくて。」
「あぁ、カンナんちは、そうだったな。」
シュウは、少しホッとしたような顔をしていた。女の子はお金のために理不尽に嫁がされてしまうことも多いのだ。家族と縁を切らせるために、それなりの額になるらしい。なにより、一人分の生活費がかからなくなる。心配してくれたのだろう。
「じゃあ、またな。」
シュウは、工房の併設された家に帰っていった。