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心の誠2

維心は、維月を促して傍の石のベンチに座り、遠く前世の記憶から、掘り起こして話した。

「…我はの、最初は主を清々しい命だと思うておったな。あの時は我には強過ぎる性質だと思うておった。だが、なぜか気になって仕方が無かった。潔い生き方をして来たのは、主の月の命の安定を手伝っておる間に知った。主の誠を知り、我は主に惹かれた。気が付くと、毎日主の事ばかり考えており、傍に、傍にと思うて蒼の世話をして月との繋がりを深くし、主が我から離れられぬようにと画策した。十六夜の事は知っておったが、それまで女などに懸想したことが無かった我は、主以外など考えられぬようになっておった。そうして時が過ぎて参る内に、何でも手に入る我が、そう、世を抑え付けてそれに君臨するという義務を果たしている見返りとして何でも思いのままの我が、ただ一つ望んだものがだけが手に入らぬのかと絶望した。もう、世に居たくないとまで思うた。そのせいで、炎嘉に斬らせようとまで思うた。だが、あの時主が飛び出して来て、我の子を産むゆえ生きろを申したの。あれで、我には希望が見えた。主がもしかして、と、思うことで、それからも重荷を背負って生きる力となった。」

維月は、遠い記憶を探ってそれを聞いていた。維心の気持ちは、心を繋いで何となく知っていたし、それに自分からも、維心の生き様を知って惹かれて行くのを感じていた。だが、十六夜が居た。なので、自分の気持ちに封をしていた。

維心は、遠い目をして、目の前の滝ではなく、どこか違う場所を見ながら、続けた。

「十六夜に主を許され、将維を成してそれからも傍に置くことが出来た。そのうちに、十六夜との関係も良くなって来て、あれが我を信頼してくれるようになり、主を正妃に出来た。次々に子を成した頃は、確かに愛しておったのだが、今と比べたらまだ、序の口であったな。あの頃は、これ以上愛することなど出来ぬと思うておったが、今はもっとぞ。主は我のために、我が教えることを納得すればコツコツと学んで励んでくれた。他なら面倒なことも、主に教えるのだけは楽しくての。そうして主はどんどんと慕わしくなって…それは今も変わらぬ。我は己で主を育てることすら楽しんでおるのだ。」

維月は、維心の話をじっと見上げて聞いている。維心は、維月を見つめた。

「どこをと、そんなもの分かるはずがないではないか。何もかもが慕わしいのだからの。主の命そのものを愛して来た。毎日慕わしいところを見つけては愛情を募らせて来た。一つ一つは小さなことやもしれぬ。だがそれの、何が悪いのだ。主の姿も、声も、我のために誰もを魅了してしまう気に変化したところも、清々しい性質も、己の意思をはっきりと持っているところも、我に甘える仕草も、話す言葉も、教えれば一生懸命励む様も、我の姿を愛でてはしゃいでいる時も、そうして潤んだ瞳で我を見上げておる時もの。それら全ての積み重ねなのだ。転生して記憶を失くしていても愛し合い、お互いを選んだ我らの間に今さら何があると言うのだ。この数百年の積み重ねではならぬか。維月、主は我が他の男との間を離そうとすると、主を信じておらぬと憤ったの。主も、まだ我を信じておらぬのではないか。我は主を愛してそれは変わることは無いと申しておるのに。」

維月は、言われて確かにそう、と思った。ただ、自分に自信が無さ過ぎて、維心の気持ち云々よりも、自分自身が信じられないのだろう。

「…維心様の今のお心は信じております。でも、私は自分に自信が無さ過ぎて、維心様がそのように素晴らしい王であられるのを思い出すにつけ、何とそぐわないのだろうと急に不安になるのですわ。駿様だとて、椿とあれほどに仲良くしておったのに、美しく淑やかな皇女に気持ちが惹かれることもおありだった。私は、維心様がそのように誰かに惹かれたとしても、文句など言えぬ様なのですもの。次々に新しい美しいかたからの縁談が来ると、その中に一人ぐらい、誰か維心様のお気持ちを惹き付けるかたが現れるのではと怯えておらねばならぬのですわ。」

維心は、また深いため息をついて、維月を抱きしめた。

「それが信じておらぬと申すのよ。主は主のままで良い。最初の頃でも愛しておったのに、今の主はどうだ。表向き淑やかに完璧な貴婦人として振る舞うことが出来るし、楽も嗜み、書も美しい。我の子を、前世を含めて何人生んだのだ。我の心はこれまででも変わらなんだのに、今更変わるはずもない。どこを愛しておるなど、碧黎も困った事であろうて。そんなにつまらぬものではないのだ、我らの心は。」

私の心も維心様はお分かりにならない…。

維月は、ため息をついた。確かに維心と自分の間には、歴史がある。長く努力して来たし、維心に教えてもらう事は必死にこなした。でも、時が移ろうと維心の心だって変わっていくだろう。遥か昔、綾が嫁いだ先の鷲の王、(せん)も、幼い頃から己が甘やかしておきながら、年老いてから、若く気の強い綾よりも、癒しの存在を求めて綾を遠ざけた。

そんなことを見ているのに、いつまでもなど信じられるだろうか。

維月は、今の幸せは信じられるのにと、そんな事に思い至ってしまった自分を恨みながらも、その懸念から抜け出せずにいた。

維心は、維月がすっかり暗い気を発しているのに、未来の事などどうやって証明したら良いのだとこちらも想い悩んだ。

それを離れた自分の部屋から眺めていた碧黎も、同じようにため息をついたのだった。


それでも、維心が来てから二週間、二人は仲睦まじく過ごしていた。

何しろ十六夜は時々しか降りて来ないので、里帰りとはいえ、龍の宮で過ごしているのと変わらなかった。

違うのは、維心が政務に出て行かずで良いという事で、維心にとっても良い休暇となっていて、二人で遠出して違う景色を眺めて来たり、温泉に浸かりに行ってゆっくり過ごしたりと楽しく過ごした。

最後の一週間は、維心も帰らねばならないので、さすがにほったらかしはまずいと十六夜が降りて来て、碧黎と交代で維月の相手をして、そうして里帰りの一か月は終了した。


龍の宮へ帰った後も、パラパラと縁談は来ていたのだが、維心は来ている事実は話したが、その絵姿などが維月の目に触れる事が無いように、来たら維心に聞かずにすぐに処分しろと命じていた。

なので臣下達も、誰々から来ておりました、とは言うが、書状の現物は一切持っては来なかった。

それでも、維月はやはり暗い顔をする。龍の宮へと帰って来てから、どうも元気が無いような気がする。というのも、奥へと籠って侍女達と琴の手習いをしていたり、不得意で唸るほど苦しむのに歌を詠んでいたり、十分に神世では美しい文字と称賛されているのに必死に書を練習していたりと、奥に籠っていることが多いのだ。

そして、何より驚くのは、毎日きちんと着物を着付けて、化粧をしている事だった。

何しろ維月は化粧が嫌いで、外へ出る時ぐらいしかしない。普段はすっぴんで奥をうろうろしているのだが、着物も重いからときっちりと一揃えで着ている事は無く、髪も結い上げると眠い時に眠れないと下したまま、飾りも着けるのは稀だった。

それが、今はきちんと侍女に着付けられ、髪も結い上げて簪も挿され、それはそれで美しいのだが、何やら距離を感じる。

今にして思えば、婚姻当初はこうして着飾っていて欲しいと思っていたのだが、今となっては維月はあの自由なスタイルだったので、あれが維月という認識でいる。

だからといって、中身が維月なのだから何でも良いのだが、それでも維月が変わってしまったのは、あの時月の宮の庭で話してからなので、維月がまだそれを引きずっているのだろうことは分かった。

維月は、自分に自信を持ちたいがゆえに、普通の皇女達と同じようにと必死に努力しているのだろうと思われた。

だが、そんな事は維心には関係なかった。とにかくは、維月が維月なら愛しているのに、維月が窮屈な思いをしていると思うと痛々しくて、それがまた自分のためにと思っているかと思うと、心が痛んだ。

いつもなら、気さくに寄って来る維月が、呼ばないと来ないのもまた、つらかった。

愛しているなら、もっとこれまで通りに素直に愛情表現してくれる、維月で居て欲しかった。

維心は、居間で待っていろと言わなければ待っていなくなった維月を、呼んで来るようにと侍女に申しつけ、維月が来るのを待った。

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