断りの書状
蒼は、恒と二人でうんうん唸っていた。
数が多すぎてどうしたら良いのか分からない。
そもそも、上位の宮ではなくても、あちらではそこそこ力がある神が多い。
月の宮に娘を嫁がせたいという、父王からの書状が大半だった。
「だから多分、蒼は穏やかだし、今は誰も居ないし、おまけに月の守りの中だからじゃないの?軍神達にだって話が来るぐらいなんだからさあ。」
恒が言う。蒼は頷いた。
「分かってるよ。別にオレが良いからここへ来たいって言ってるんじゃないことぐらい。でも、断る理由にそれは書けないじゃないか。だから、どうしたら波風立たずに断れるか考えてるんだって。」
今はそんなつもりはない、というのが一番良いんだろうが、今は、だったらいつなら良いとか言われたら答えられない。
蒼としては、今は自分から誰かを娶ろうとは思えなかったし、神世の乱れとかで、どうしても誰かを娶らなければならなくなった時のことを考えて、誰も宮に置くつもりはなかった。
前に居た妃達だって、四人のうち三人はそんな感じで娶った。
結局最後には全員を慕わしいと思うようになっていたが、それでも先に死んで逝くのだし、もうそんな悲しい事は少なくしたかった。
何しろ娘だって先に逝ってしまうのだ。蒼は、不死だったからだ。
それを恒に言うと、恒は神妙な顔をした。
「…分かってるよ。オレだって一人だけだったけど、妻も娘も亡くしたし。長く生きると辛いことだらけだ。もうそんなのが嫌だって気持ちは分かるんだよ。」
蒼は、頷いた。裕馬だってあれから、生徒の一人と結婚したが、その妻も子供も亡くしてしまった。今は孫の代が育ち、ひ孫の代になっている。蒼には孫と言ってこんな世なので、離れた土地に嫁に行ってひ孫とも一緒に過ごすわけではないので、親族という感じでもない。
それに、月の命のせいなのか、子供に子は少なく、孫まで出来ない事も多かった。
今分かっているだけで、娘の美羽の子の奏の子の公明ぐらいだった。
そこへ、十六夜が入って来た。
「おーい、はかどってるか?」
蒼は、呑気な声にイライラと振り返った。
「まだ一個も返せてない…、」
そこまで言って、固まった。
維心が、維月の手を取って十六夜の後ろからこちらを見ていたからだ。
「え…維心様?!」
早い!
蒼は思った。維月が帰って来たと聞いたのは今朝だったのに、もうここに居る。
これはこれまでで最速ではないだろうか。
維心は、蒼の気持ちを察したのか苦笑した。
「明日の朝には帰る。維月から文をもらって慌てて参っただけ。また改めてあちらを片付けてから来る。」と、机の上を見た。「…また多いな。返答に困っておると?」
蒼は、渡りに船と頷いた。
「そうなんです!どう返したら良いのかって恒と悩んでて。他の宮との関係が悪くなるのも嫌だし…でも、オレは誰も娶るつもりはないんですよ。」
維心は、頷いて椅子へと座ると、書状に目を通した。自分に来たものは何一つ見ようとしないのに、蒼のは見るんだ、と維月は思った。
「…ほう。主には力のある神からが多いの。これは迷うであろうな。」
蒼は、力なく頷く。
「そうなんです。きっと父王がここに娘をって思ってるんだと思うんですけど、オレは誰も要らないんで…。」
維心は、息をついた。
「つまりはの、主は舐められておるのだ。主ならしつこく言い寄ればそのうちに、との。我には何も知らぬ北や北西の小さな宮が多かった。大体は娶られれば幸運、ぐらいの気持ちで居るのが分かるゆえ、こちらも簡単に突っぱねられるが、力のある宮から来ると父王との関係もあって強くは言えまいと踏んでおる。我には上位の宮からは四人であった。あちらは本気であるということよ。滅多な気持ちで我に縁談など送れぬ。我との間を拗れさせたくないからの。」
蒼は、顔をしかめた。
「じゃあ、オレはどうしたら良いんですか?断りたいんですけど。」
維心は、書状を杖の上に投げた。
「何も。ただ、そんなつもりはない、と突っぱねたら良いのだ。辛辣であればあるほど良い。」
蒼は、目を丸くした。そんなことをしたら、相手は怒るんじゃ。
「…良いんですか?それこそ怒り出すんじゃ。」
維心は、手を振って微笑した。
「そんな心配はいらぬ。ここは最上位の宮なのだ。仮に相手が怒ったふりをしても、本気でどうにか考えられぬよ。月は無敵であるし、地が居るのだぞ?我もついておる。滅多な事は出来ぬ。それより、主は芯は強く、穏やかなのは見た目だけなのだ、と相手に思わせた方がよい。宇州の事を覚えておるだろうが。虚勢を張っても結局何も出来ぬのよ。月の力には敵わぬのだからな。」
言われてみたらそうかもしれない。
蒼は、思った。
いつも何でもしかたなしに聞いていたら、神の王は結構図に乗ってもっともっとと要求して来る。戦ったらあちらが絶対勝てないのに、こちらが折れる必要などないのだ。
「…では、全部そんな感じで良いでしょうか。」
維心は、頷いた。
「良い。」と、一つの書状を持ち上げた。「宇州も懲りぬな。瑤子も含めた三人のうち誰かとな。余程この土地が気に入ったらしいの。主が良いなら娶ってやれば良いが、否なのだろう?」
蒼は、首を振った。
「もう、そういうのは懲り懲りなんです。このまま生きていたら、また嫌でも娶らないといけない時が来るかもしれないし、その時のためにも席は空けておきます。」
維心は、苦笑した。
「主も気を遣うの。ならばそれで。」
維月は、横で黙って添付された皇女達の絵姿を見た。
皆が皆大変に美しくて、維月が男なら一度対面してみたい、と思うかもしれない。
だが、もうそういう美しい皇女達を見慣れてしまっている上位の王達からすると、姿ばかりでは決められないのだろう。
とはいえ、瑤子のあの、何事にも不足ない様子からも、皆出来た皇女なのは想像出来た。
…どうしてこんな美しくて淑やかな皇女がたくさん居るのに、維心様は私なのかしら…。
維月は、眉を寄せた。変わった女が好みなのかもしれない。だが、それにしてはあまりに維月に執着し過ぎだし、椿だって似たような感じだ。何しろ、あの前世は母である陽蘭が、自分のモデルなのだ。
維心にしたら、苦労のない、宮の奥でじっと王の訪れを待っている女の方が楽なはずなのだ。そっちも置いておきたい、と思うのが神世の王の思考だろうに。
面倒ばかりの自分だけを側に置き、こうして里にまで毎回おしかけて来るのはなぜだろう。
維月は、維心の端正な横顔を見つめながら、思っていた。
維心は、次の日の朝、維月と仲直り出来たとそれは穏やかな様子で、また数日後には来る、と言って名残惜し気に帰って行った。
十六夜は、いきなりに維月が帰って来たので、ずっと地上に居るわけではなかった。
十六夜は自分が良いようにしかしないので、そろそろ帰って来て欲しい、一緒に過ごしたい、と思った時に維心に里帰りをせっつくので、その時には地上に居ようと思っていると言う訳で、傍に居る。
だが、それでも連続で一週間ぐらいがいい方で、しばらくしたら月へと帰る。十六夜はそもそもが月の方が居心地が良い方なので、あまり地上には居ないのだ。
そういうわけで、今回は、維月が勝手に帰って来たので、十六夜は月から降りたい気持ちではなかった。
昨夜も、維心が居るからと月へと戻っていたし、今朝からも顔を見に一度降りて来ただけで、また月へと帰ってしまって今は維月は一人だった。
いくら里とはいえ、一人では退屈だった。
蒼は昨日、維心からアドバイスをもらって必死に書状を書く指示をしていて忙しい。維月は、父を呼ぶことにした。




