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維心は、怒涛の勢いで政務をこなしていた。

どうしても、月の宮へ行きたかったからだ。どうあっても、もし終わらなくても夜だけでも政務が終わったらあちらへ行って、十六夜に文句を言われようと話をして、何とか仲直りしたかった。

会合の席でもかなりの迫力で早く話せとばかりに圧力を掛けられるので、臣下は必死に早口で用件を読み上げ、維心はサッサと一つずつ処理して行った。

鵬は、この勢いでこなされるとこちらが疲れてしまう、とふらふらになって来ていたのだが、維心は容赦なかった。何しろ、維月が掛かっているのだ。

もう、朝からずっと会合の間に詰めさせられていた臣下達は、疲れ切って足取りもおぼつかなかった。いつもなら長時間ではなく、一日二時間ぐらいずつ、二日や三日に分けて処理して行く案件を、今日は朝からガンガンと処理しているのだ。

鬼気迫る維心の様子に誰も休憩したいと言い出せないまま、もう昼も過ぎて夕刻に近くなって来ていた。

そこへ、侍従が入って来て、中の殺伐とした様子に驚きながらも、文箱を捧げ持って言った。

「王。王妃様からお文が参っております。」

目の前の案件だけにしか目を向けていなかった維心が、そこでバッと顔を上げた。

「維月から?!」

言うが早いか物凄い勢いで飛んで来てその文箱を奪い取るようにして受け取った。そして、急いで文箱を開くと、中から薄紅色の和紙を引っ張り出して開き、食い入るようにそれを読んだ。

そして、読み終わるや否や、サッとそれを懐に入れて、言った。

「…月の宮へ行って参る!明日には帰る、本日はもう終いぞ!」

そう叫ぶと、また物凄い勢いで飛び出して行った。

臣下達は、出て行ったら出て行ったで明日の政務が案じられたが、もし数日帰らなくても、何とかなるほどの政務が今、終わっていたので、ホッと胸を撫で下した。

もう、しばらくゆったりしたかった。


十六夜と維月が、維心の文字が綺麗だから早く返事が来ないかなあと待っていると、十六夜が空をふと、見上げた。

「…来た。」

維月は、え、と空を見た。

「お返事?」

十六夜は、首を振った。

「違う、あいつが来た!偉い勢いだったから思わず結界通しちまった。」

「ええ?!」

維月も、驚いて立ち上がった。何しろ、文を送ってからまだ一時間も経っていないからだ。

来ると思っていなかったので、維月と十六夜が部屋の中で右往左往していると、バン!と窓が開いて維心が矢のような速さで庭から部屋の窓までやって来た。

「維月!」

維月は、思わず返事をした。

「はい!」

維心は、ずかずかと駆け寄って来るとその手をガシッと両手で握りしめて、思い詰めたような顔で、言った。

「すまぬ!こんなに簡単に許してくれるとは思わなんだ。我は、一刻も早く謝らねばと文を受け取ってすぐに宮を出て参ったのだ!」

維月は、目を丸くした。すぐって、すぐ?!

「え、ご政務はいかがなさいましたか。」

維心は、頷いた。

「朝からずっと会合の間に詰めてこれまで案件を処理しておったので、もう向こう四日ほどは何も無い。」

という事は、臣下は疲れ切っているだろう。朝から休みなくやっていたという事だからだ。

ならば、今頃臣下達は維心が出て行って安堵していることだろう。

「ま、まあ…。あの、私も悪かったのですわ。その、維心様に強く申すから、維心様も無理に隠そうとなさるのだろうし。でも、すぐにバレてしまうのですから、どうか隠したりなさらずに。もし、どうしても隠したい事があるのでしたら、どうか絶対にバレないようにしてくださいませ。あれでは穴だらけですぐにバレてしまいますから。」

維心は、何度も頷いた。

「何も隠す事などないのだ。よう考えたら別に我には後ろめたいことなどないのだから、隠さず申したら良かったのに。主も書いて来ておった通り、あの時裏に居た皇女ばかりが縁談を送って来ておるのではないしの。鵬に聞いてみると、炎嘉の所にも志心にも焔にも、果ては紫翠など百を超える縁談が来ておるとか。大会合の後の面倒は、どこの宮も同じであったのだ。我が隠し通したとしても、なぜに我の所にだけ来ておらぬと、どうせバレておったのに。」

維月は、何度も頷いた。

「はい。蒼にもたくさんの縁談が参っておるそうですわ。ですから、維心様だけの事ではありませんし、私は何も怒っておりませぬから。もうよろしいですから、謝らないでくださいませ。」

維心は、ホッとしたように維月を抱きしめた。

「良かった…我は、早うこちらへ来て主の怒りを解かねばと、必死になって政務を処理しておって…。」

「おい。」十六夜の声が、後ろから言った。「お前さあ、ちょっとは遠慮しろよ。オレも居るっての。」

維心は、ハッとして十六夜を見た。居たのか。

「…気付かなかった。必死であったから。」

十六夜は、苦笑した。

「物凄い勢いで来るから、びっくりして思わず結界通しちまったのを後悔するとこだったぞ。」

維月は、言った。

「十六夜がいろいろ話を聞いてくれて。よく考えたら、怒る事でもないと思うたのですわ。」

十六夜がとりなしてくれたのか。

維心は、感謝の視線を十六夜に送った。十六夜は、居心地悪そうな顔をした。

「別にオレは、思った事を言っただけだぞ。別にお前のためにどうのって事じゃねぇ。」と、話題を変えた。「それより、お前、せっかく来たんだし泊まってくんだろ?だったら、ちょっと蒼を手伝ってやってくれ。めっちゃ縁談が来てて恒と二人でどう言って断ろうか悩んでるんでぇ。ちょうど良かった。」

維心は、今は何でも聞こうと思える気分だったので、すぐに頷いた。

「こちらにも来ておるのだな。良い、見てやろう。だが、別に理由など良いのだ、受けられぬ、と書いて送ればそれでの。」

十六夜は、蒼が居る会合の間へと歩き出しながら、言った。

「でもさ、あっちが気分を悪くしたら面倒だろ?」

維心は、維月の手を取って歩き出しながら答えた。

「そんなもの、気にしておったらきりがないのだ。こっちにその気がない事を知らせたらそれで良い。ここは最上位の宮であるし、誰も文句は言えぬ。だいたいは、嫁げたら幸運、ぐらいのつもりで打診してきておるものよ。我の所もそうだと思うぞ。維月にあれだけ執心であるのを目の前で見ておる皇女でも、幾人か我に嫁ぎたいと言っておるらしいからの。」

維月は、少し眉を寄せて袖で口元を押えた。維心は、ハッとして首を振った。

「だが、我は何も受けぬぞ。分かっておろう。」

維月は、頷いた。

「はい。ですけれど、維心様に懸想しておる皇女が居ると思うだけでもやもやとして。申し訳ありませぬわ。」

十六夜が、ハハハと声を立てて笑った。

「維月はやきもち焼きだからなー。維心が他をちょっとでも見たら腹立つんだろうなー。良かったよな、維心がこんな性格でさ。ちょっと鬱陶しい時あるけど。」

ちょっと鬱陶しい時とは何ぞ、とは思ったが、十六夜には最近助けられっぱなしなので、維心は何も言わなかった。

すると、維月がスッと眉を益々寄せ、険しい顔をした。

「…良いの。私は神世の普通の女と同じようには無理だもの。いくら維心様が好きだからって、他に誰かを囲っていらっしゃるかたの傍になんて居られないわ。帰って来る。」

維心は、なんてことをと十六夜を睨んでから、維月を見つめた。

「維月、あり得ぬから。知っておろう?無いゆえ。」

維月は、まだむっつりとした顔ではあったが、頷いた。

「はい。申し訳ありませぬわ、想像しただけで腹が立ってしまって。」

誠か。

維心は、維月の手を握って歩きながら、思った。維心が誰かを娶った時の事を考えただけでこれだけ不機嫌になるのだから、実際娶ったりしたら恐ろしい事になる。

絶対に、絶対に無いが、これまで何があっても他に目をくれずで生きて来て良かった、と維心は思った。

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