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父王達

匡儀は、ソワソワと庭の方を気にした。維心が、それに気付いて言った。

「…知っておるが、あれらに任せたら良かろう。恐らく維明が気を聞かせて外へ行かせたのだ。こればかりは当人同士のことなのだから、そう落ち着かぬでない。」

匡儀は、フッと肩の力を抜いた。

「分かっておるが、気に掛かる。あれらは、まだ宮へ来てそう時が経っておらぬ。基本的な事はしっかりしておった。何しろ、あれの母は宮で仕えた事のあった女で、そこの辺りは知っておったから教えておったのだの。だが、何しろ誰憚る事無く外を走り回って育ったゆえ。黎貴は良いが、夕貴も共にであるからな。立ち合いの真似事までしておったそうな。本来、出来たら未来の王妃として嫁がせたいところであるが、我がそう無理を言わぬのも、そういった事で。」

炎嘉が、脇から言った。

「何ぞ、あれらの母は確か戦に巻き込まれて死んだのだとか。夕貴を維斗にと?」

匡儀は、何度も頷いた。

「これまで、龍しか生まぬし臣下に降嫁をと考えるしかなかったのだが、維心と交流を始めたらこちらへ嫁げるでは無いかと思うての。こちらでは勝手に決めぬことにしておるらしく、顔合わせにと連れて参ったのだ。維明にとは言わぬから、維斗でも良いしどっちかが気に入ってさえくれたらと。」

維心は、苦笑した。

「娘の嫁ぎ先に困るのは我も同じ。とはいえ、どちらでも良いとは何事ぞ。今少し考えてやらぬか。それでなくともほったらかしであったのだろう?宮へ迎えておったら母の女も死なぬで済んだやもしれぬのに。主も薄情な。」

匡儀は、顔をしかめた。

「分かっておるが、一度きりであったし気が向いたから過ごしただけ。あれの母は気が強うてさっぱりした性質でな。動きもきびきびと無駄が無く、立ち合いすら出来そうな。それが何やら清々しくて、つい。まさか子がなど、思うてもおらぬで。黎貴が宮へ参らねば、知らぬで過ごすところであった。」

炎嘉が、チラと後ろを見てから、匡儀に声を潜めて言った。

「維月がそのようぞ。もしや似ておるのではないのか。立ち合いとて、維月の相手など維心にしか務まらぬほどの腕前であるのだぞ?主らの種族は、ああいった感じに惹かれるのではないのか。」

匡儀は、驚いた顔をした。あの、おっとり笑って座っているだけの、やたらと魅力的な気を放つ女が?

「あれが?ちょっと待たぬか、維心とは立ち合ったことがあるが、我とて勝った例がないのに、これと立ち合う?」

維心は、炎嘉を小さく睨んでから、自分も声を潜めて言った。

「我以外では相手にならぬ。翠明に聞いたら分かるが、あれは気が使えぬ状態で神の王二人を殺しに掛かって無傷で一突きずつで仕留めたことがあるほどぞ。あれぐらいでないと、我の妃など務まらぬ。あれは戦があれば我の背を守ると常、申しておるほどよ。」

黙って聞いていた翠明が、何度も頷いて、こちらに身を寄せてまた小声で言った。

「目の当たりにして仰天したわ。維心殿を殺されたと思うて本気で掛かっておった。気が使えぬで身一つであそこまでやることに恐怖を感じたものよ。あれは、女と思うてはならぬ。」

維心は、複雑な顔をした。女と思ってはならぬと。我にはあれしか女とは思えぬのに。

炎嘉が、何度も頷いた。

「我とて勝った例がないのだ。何しろ、素早くての。いや、その事では無いか。つまりはの、匡儀よ、別に立ち合いの真似事をしておろうと、少々走り回ろうと、公の場でああして居れるのなら、ここでは問題ないという事ぞ。龍王妃があれであるから。なので、夕貴の事は案じるでないわ。とはいえ、相性もあるし、当人に任せておけば良いのよ。」

炎嘉が、話を元に戻す。

維心は、ハアとため息をついた。

「親が気を揉んでどうにかなるなら、維明にとて今頃は妃が居るであろうし。我は己の事があるゆえ、こと婚姻のことはあまり口出しせぬことにしておるのだ。本人が望むならそれで。維月がそういう考えであるし、我もそれに同意しておる。」

炎嘉が、小声で付け足した。

「結局は維月が怒るからぞ。」

匡儀は、また何度も頷く。

「まあ聞いておることが誠なら気強い女のようであるしな。見た目によらぬの。」

維心は、ふんと鼻を鳴らした。

「うるさい。我にはあれ以外は女と見えぬ。あれ以上に貴重な女は居らぬ。あれしか要らぬ。主らがどう思おうともの!」

急に強い口調でそんなことを言ったので、あちらで焔と話していた蒼が、驚いたようにこちらを見た。

見ると、駿も志心も、そして後ろの妃達も驚いたようにこちらを見ている。

炎嘉が、慌てたように維心を窘めた。

「分かっておるわ。怒るでないというに!我がそれを知らぬと思うてか。」

維心は、むっつりと黙った。維月が、こちらの話を聞いていなかったようで、何を揉めているのか分からないようだったが、スッと前へと膝を進めて、維心の袖に後ろから触れた。

「維心様…?」

先ほどとはうって変わって、癒すような労わるような気がそこから流れ込んで来る。

維心は、維月を振り返ってその手を握り、維月をこちらへ寄せた。

「維月、主、これらを今から訓練場でこてんぱんにやってしもうてくれぬか。」

維月は、仰天して目を丸くした。え、今から?!

「い、維心様、今からですの?」

私も飲んでるし。

だが、維心は真剣な目で維月を見た。

「酒の影響など月の主には関係なかろう。こやつらが、主が気強いだの申すから腹が立ってしもうて。我には主しか女として見れぬと言うに。」

だから怒ってたのか。

維月は、合点がいって答えた。

「維心様、私は気に致しませぬわ。確かに立ち合いなど女だてらにと申すのが世の考えでありますし、月の宮で父に甘やかされてそれは伸び伸びと育ちましたから…そのように思われても致し方ない事かと。維心様さえ分かってくだされば、それで。そもそも、よう私をお傍に置いてくださるものと感謝しておりますのに。」

しかし、維心は気が済まないようだった。

「主ほど貴重な妃は居らぬ。慢心した王達を蹴散らしてやって欲しいのよ。出来ようが。」

出来るかと言われたら、恐らく出来る。だが、やってしまって良いのだろうか。

「その…本日は催しの宴であって、皆様お揃いであるのに…立ち合いなどすると申したら、訓練場に大挙して参るのではありませぬか。どうしてもと申されるのなら、日を改めて…。」

維心は、首を振ってもう腰を浮かせた。

「そのようなもの、義心が何とでもしよるわ。あれらを来させたりせぬ。」

炎嘉が、維心は本気だと慌てて言った。

「こら維心、皆飲んでおるのに!素面でも維月に勝てるはずもないのに、酔っておって無理ぞ!怪我でもしたらどうする!」

維心は、立ち上がった。

「良い!何を怖気づいて。参れ!」と、振り返った。「義心!」

「維心様…!」

維月は、その維心に引きずられるようにそこを出て行く。

他の妃達が茫然としている中、炎嘉が盛大にため息をついた。

「まったくあやつ!言い出したら聞かぬのだからの!こと維月に関してはいつなりこうよ!」

そう言いながらも、立ち上がる。匡儀が、同じように立ち上がった。

「逃げたと言われたら腹が立つし、どこまで手練れか見てやろうと思うもの。」

翠明が、恨めし気にそんな匡儀を座ったまま見上げた。

「腕に自信がある者ほどそうであろうが、我はやめておく。見ておるだけにする。絶対に、絶対にあれには勝てぬから。」と、綾を見た。「綾、椿、主らどうする。見たいのなら連れて参っても良いが、恐らく早過ぎて目で追えぬと思うぞ。」

しかし、綾は言った。

「まあ、この歳になりましたら珍しいものは皆、見られる時に見ておかねば。機会を逸してしもうたらそれこそ二度と見れぬかもと。」と、椿を見た。「あなたも参るでしょう。駿様も参られるのだろうし。」

駿は、気が進まなかったが怖気づいたと言われるのも癪なので、渋々頷く。

「では、参るか。」

蒼が、困ったように皆を見上げた。

「私は戻ります。維月の事は小さい頃から見ているし、どういった立ち合いかも知っておるし、私など敵いませんからね。」と、公明を見た。「公明、主も共に帰ろう。戯れに巻き込まれるぞ。」

公明は、ホッとしたように頷く。

焔が、蒼を羨ましそうに見た。

「主は良いわ、逃げたと言われぬから。我らは行かねば後々まで言われようし。行くか。志心も?」

志心は、もう立ち上がっていて、頷いた。

「参る。久しぶりにあれと対峙してみるわ。もしかしたら少しは上達しておって勝てるやもしれぬしな。やって見ねば分からぬものよ。」

箔炎が、真面目な顔で皆に紛れて立って、何やら考え込んでいるのが見える。炎嘉は、箔炎に話しかけた。

「主はどうよ。そういえば主、前世でも維月と立ち合った事はあったか。」

箔炎は、少し睨むように炎嘉を見た。

「ない。そもそもが女と戦うなど経験が無いと申すに。あまり飲まずでおって良かった事よ。無様な事になるところであったわ。」

炎嘉は、困ったように顔をしかめて、歩き出す。

「まあ、まだ序の口であったから皆もあまり飲んではおらぬが、あれ相手だと素面でも無様な事になるのだ。維月が気遣って少しは太刀を交えてくれるやもしれぬし、形になれば良いの。」

そこまでか。

箔炎は少し不安になりながら、炎嘉の後について歩いた。箔炎は真面目だからな、と炎嘉は思いながら、まだブツブツ何やら文句を言っている焔をなだめつつ、訓練場へと歩いたのだった。

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