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縁談2

炎嘉は、目の前に並べられた見合いの絵姿を前に、顔をしかめていた。確かに来るかもしれないとは思っていたが、こんなに来るか。

「…幾人ぞ。」

炎嘉が言うと、開が答えた。

「はい、北西から三人、北から四人。合計七人でございます。上位の宮だけでありますので、小さな宮などは加えておりませぬ。」

炎嘉は、ブスッとして問うた。

「…小さな宮を加えたら?」

開は、頷いた。

「は。二十六でございます。」

炎嘉は、はああああと息をついた。

「そんなに来るか。しかも、一度に。ということは、維心はどうなったのだ。普段はあやつが絶対に受けないのを知っておるから誰も縁談など持ち込まぬが、あちらの神は知らぬだろう。参ったのでは?」

開は、頷いて炎嘉を見上げた。

「は。我もそのように思うてあちらの鵬殿に問い合わせましたところ、あちらは合わせて四人の申し込みがあったとか。思ったより少なかったのは、目の前で王妃を溺愛している様を見ておったので、諦めた者が多かったのではないかということでありまする。小さな宮の数は聞いておりませぬが。」

炎嘉は、息をついた。だから我に来たか。

「あれが維月に狂うておるのも良い方へ出ることもあるのだの。他の状況はどんな具合ぞ。」

鵬は、言われて懐から小さな紙を引っ張り出し、それを見て答えた。

「あちこちに問い合わせました結果、小さな宮なども併せますと志心様十二、箔炎様十五、駿様四、焔様十一、高瑞様八、紫翠様百六。」

炎嘉は、目を丸くした。百六?!

「紫翠が大変ではないか!どうなっておるのだ、桁が違う!」

開は、諦めたように頷いた。

「は。紫翠様はあのようにお若いうえ、お美しくて珍しい紫の瞳。魅了される女神が多かったようでありました。まだ皇子であるという事も、王より娶られやすいのではと下位の宮々からも問い合わせやすい理由になったのではないと推測されまする。どちらにしろ、どの宮も対応に大わらわで。」

炎嘉は、面倒そうに手を振って横を向いた。

「断れ。皆断ってしまえ。我は己の相手は己で探すわ。向こうから来られては萎える。」

開は、分かっていると絵姿の束を持って立ち上がった。

「はい。それでは断りの書状を書きまする。」

炎嘉は、ふと思って言った。

「お。もし炎月が気に入ったのがあったら選んで良いと申して、一応見せておけ。炎耀もの。どうせこの宮の力を期待しておる奴らが多いのだろうし、我でなくともあちらは良いだろうて。」

…そうは思わないのだが。

開は思ったが、頭を下げた。

「は。では、そのように。」

そうして出て行く開の背には、炎嘉の大きなため息が何度も聴こえて来ていたのだった。


維月は、月からそれなりに見ていた。

なので、上位の宮からは四人でも、下位の宮からを合わせたら五十七人になることも知っていた。

だが、それは仕方のない事だ。

あの一段高い場所に居て、大広間から見られるがままになる宴では、そんなことになるだろう。

それでも、まだ維心はマシな方だ。紫翠など百六人もの求婚を受けているのだ。

一緒に月の宮に降りていた、十六夜が言った。

「まあなあ、あいつらを初めて見るわけだから、惚れもするだろうよ。あれだけの力を持ってて綺麗な男ばっかなんだしよー。」

維月は、そういえば、と思って十六夜を見た。

「蒼は?見てなかったわ。あの子も来たの?」

十六夜は頷いて意地の悪い顔をした。

「来た来た、宇州が控えめに、皇女の誰でも良いからどうだろうか、って言って来たし、北の神からもそこそこ力のある所からめっちゃ来た。下位の宮からも二十ぐらい来てたしな。思ったら、上の方の宮から来た話じゃ、蒼が一番多いんじゃねぇか?月の宮はどこの王からも憧れの地らしいからなー。皇女がって言うより、父親が送って来てる感じだな。」

維月は、目を丸くした。

「大変じゃないの!どうするの?それだけ居たら一人ぐらい良い子が居るかもしれないわよね。蒼はどうするって?」

十六夜は肩をすくめた。

「とりあえず全部断るってさ。顔も見たことないのに無理だからって言ってたな。ま、気持ちは分かるよ。いくら神世の絵師がうまいからって、実物見てないのに決められんわな。」

維月は、め、っと十六夜を嗜めるような目で見た。

「そういうことじゃないでしょ?やっぱり父王との関係とか容姿が好みとかじゃなくて、お互い合うかどうかってことよ。あの子は人だったんだもの、きちんと恋愛して迎えるのが良いって思ってるんじゃないかな。」

十六夜は、頷いた。

「分かってるよ。だがなあ、あいつが恋愛ってさ、今はなんか悟っちまって無いみたいなんだよな。心が動かないっての?妃が四人も居たしさ、それを見送って悟りを開いたみたいな。そこらの皇女に一目惚れなんてねぇし、気に入るほど一緒に居るこたねぇし。」

維月は、ため息をついた。

「別にね、蒼がそれで良いなら良いのよ。でも、前世の記憶があるから、親としては幸せに暮らして欲しいって思うじゃない?誰か癒される女神が居たらいいんだけど…最近のあの子は、他を癒してばっかりでしょ?姉妹だって…仙人だったから、涼も遥も先に逝っちゃったし。奇跡的に裕馬と恒は神格化して残ってるけど、いつ老いが来るか分からないし…。」

十六夜は、慰めるように維月の肩を抱いた。涼も遥も、自分たちが転生して育っている記憶がない間に、寿命を迎えて旅立っていた。涼は夫の李関を見送り、迎えに来たからと呆気なく去ったのだと聞いている。遥も人の頃の夫が来て、嬉しそうに旅立ったそうだ。残された末っ子の恒がある日高熱を出し、もう駄目だと蒼が諦めた時に神格化した。裕馬も同じ道を辿ったらしい。そうして、今も蒼を支えてこの宮に居る。

聞いたところでは、碧黎が手を貸したようだったが、本人は何も言わないので分からない。ただ、蒼を一人にするのは不憫だと思った碧黎が、残してくれたのだと考えられた。

あれで碧黎は、蒼をとてもかわいがっているのだ。

「…さて、じゃあ蒼と恒に会いに行くか?」十六夜が、維月を元気付けようと言った。「あいつら今は多分、どう書いて縁談を断るか悩んでると思うぞ。場合によっちゃあ維心に聞かなきゃならねぇかもな。」

維月は、渋い顔をした。維心が、例にもれず維月がまた怒るかもと、隠し事をしようとしていたのを、目の前で見てしまったからだ。

「…いいんだけど。維心様の御心を疑った事なんてないし。でも、どうして隠し事をしようとするのかって思ってしまって。正直に縁談が来た、って言ってくださったら別に怒らなかったわ。他の宮にも来てるんだから、裏へ私を迎えに来たせいばかりでないは分かってるし。あのかたがお受けになることが無いのも知ってるんだもの、信じてるし。なのに、鵬にあんなこと言って。」

十六夜は、そんな維月の顔を覗き込んで、言った。

「お前だって維心に隠し事することあるじゃねぇか。あいつがそれを気取らないだけで、オレしか知らねぇことだってあるだろう。お互い様なんだから、そんな事で怒ってたら身が持たねぇぞ?」

維月は、不貞腐れた顔で十六夜を見返した。

「それはそうだけど…分からないようにしてくださったら良いのに、丸わかりなんだもの。どうしてあんなにすぐにバレることを隠そうとするのかしら。うまくやってくださったら、私も怒らなくても済むのに。」

十六夜は、クックと笑った。

「だから維心は正直だから、それだけ普段は隠し事が無いってことさ。あいつがお前に隠し事して、バレないわけねぇだろうが。これまでだって全部バレて来たんだしな。でもそう考えたら、あいつも懲りねぇな。絶対バレるんだから、もう観念したらいいのに。」

維月は、十六夜と話していて、段々に維心に腹が立たなくなって来た。言われてみたら、隠し事など出来ない性質なのだ。そもそもが誰かに何を隠さずとも良い立場なので、そんな必要もないし、政策上のことならば、維心は完璧に隠す。維月相手だから、感情的にもなって、すぐにバレてしまうのが、ちょっと愛らしく思えて来た。

「…そうね。考えたら、維心様に腹が立たなくなって来ちゃった。ちょっとお文を書いて、安心させてあげよう。ね、部屋に帰ろう?」

十六夜は、ハッハと笑って維月と手を繋いだ。

「お前って分かりやすいな。オレがちょっと話したらすぐ機嫌直すんだからよ。」

維月は、結局十六夜の手の中なのか、と思うと面白くなかったが、しかしいつでも十六夜は維月の精神的支えだった。

なので、フンと笑って横を向いた。

「いいのー。十六夜は私の事何でも分かってるからー。」

そうして、二人は手を繋いでキャッキャと自分たちの部屋へと戻って行ったのだった。

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