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縁談

その夜遅く、維心は情けない事に、炎嘉に連れられて居間へと戻って来た。

もう夜具に着替えて奥で寝ようとしていた維月だったが、居間から呼ぶ声に出て行くと、維心が炎嘉と共に並んでそこに立っていた。

いつもなら、炎嘉が居るのにそんな格好でと咎めるくせに、今日はそれどころではないようで、怯えたようにこちらを見ている。

炎嘉が、横で息をついて言った。

「あのな維月、主が怒っているのは分かっておる。我もあれなら怒って仕方がないと思うておるし、こやつのわがままには腹に据えかねるところがあったので、主が退出してくれてホッとしたのよ。あれから、我と焔が懇々と説教したゆえ。これも己が悪かったと分かったと思う。そろそろ機嫌を直さぬか。」

維月は、呆れた。炎嘉に仲裁を頼んだのか。

「…特にそれほど怒っておったのではありませぬの。ただ、あのようなお席であのようなお振るまいは許せる事ではありませぬので。皇女達も共に居る裏にまでお越しになるし、皇女達とあのように側近くまで来られて、あれではあちらに懸想してくれと申しておるようだと思うて眉をひそめておりましたところに、ヴェネジクト様や炎嘉様にあのような事を。なので少し、お諌めしようとあのようにしました。分かってくださったのなら良いのですわ。」

炎嘉は、頷いて維心を見た。

「ということらしいぞ。主も良い歳なのだから、もう少し落ち着け。それは維月はこのように飾らずとも美しいし、着飾ってそれは美しいのに舞い上がる心地は分かるが、主は素直過ぎるのだ。今少しあのような場では緊張感を持て。」と、維月の手を引いて引き寄せ、その唇に軽く口付けた。「ではな、維月。相変わらず慕わしいが、我はもう去ぬ。酒を飲ましまくったゆえ、かなりめんどくさい上にボケッとしておって話にならぬが、よろしく頼む。」

だから無抵抗なのか。

維月は思って維心を見た。いつもなら割って入って大変なのだ。

炎嘉は維月の額にもう一度口付けてからグッと抱き締めて、そしてそこを出て行った。

維月は、維心と二人きりになり、ため息をついてその姿を見た。炎嘉が、世話をせずにはいられない気持ちが、分かるような気がする。維月は、苦笑すると優しくその手を引いた。

「さあ維心様、お着替えを。お休みにならねばなりませぬ。」

維心は頷き、炎嘉が言ったようにめんどくさい事もなく、ただ言いなりでその夜は素直に眠ったのだった。


次の日、我に返った維心が、昨日の記憶を辿って炎嘉に腹を立てたようだったが、それでも炎嘉が面倒な仲裁をしてくれたのには変わりない。

なので、一瞬険しい顔をしたものの、維月の顔を見て、スッとしょんぼりした顔になった。

維月は、苦笑して維心の手を握った。

「維心様、怒っておりませぬから。炎嘉様からお聞きしました。焔様とお二人で維心様に間違っておるところをお話くださったのでしょう?ならば私からは何もありませぬから。分かってくださったのなら良いのですわ。」

維心は、途端に元気になって、維月の手を握り返した。

「公の場で、もうあのように振る舞ったりせぬから。我が悪かったと思うておる。主があまりに美しいし、案じてしもうて…。」

維月は、頷いてから、じっと維心の目を見て、言った。

「ところで維心様…私が待っておる所へ、参られましたわね。」

維心は、ぎょ、とした顔をした。

「これからはもうせぬ。」

維月は、真剣な顔で頷く。

「はい。もうやめてくださいませ。維心様はお気付きにもなっておりませんでしたが、あの場には皇女達もおりましたの。狭いのですし詰めになっておるのに、維心様があのように近くにいらして。皇女達が息を飲んで維心様を間近で見ておったのですわ。あのように…多くの皇女達に間近でお姿を晒されるなんて…」

維月が段々険しい顔になるので、維心は身震いして慌てて首を振った。

「もうせぬから!我は他の皇女になど興味はないし、主しか見ておらぬし、主しか要らぬのだ!」

維月は、首を振った。

「違うのですわ。維心様のお気持ちは私はもう、十分に知っておりまする。そうではなくて、皇女達ですわ。これほどにお美しい神は、そう居らぬのに。あんな間近に見てしもうたら、懸想してくれと申しておるようなもの。維心様に懸想した女が、どれほどにつらいかお分かりになりまするか?どれほど思うても見向きもされぬのですよ?維心様には、不幸な女を神世に量産したいとお考えですか。」

維心は、そっちか、と慌てて言った。

「懸想させようなどと思うたのではないのだ。他に女が居たことすら気付かなかった。これからは回りをしっかりと確認するゆえ。誰にも不幸にはなってもらいとうないからの。」

維月は、じっと維心を見つめて、頷いた。

「…約してくださいますか?」

維心は、何度も頷いた。

「約す!おかしなことにならぬようにしっかり回りを調べてから行動するゆえ!」

維月は、じーっと維心の目を見ていたが、フッと力を抜いて、頷いた。

「分かりました。では、信じますわ。」

維心は、ホッと肩の力を抜いた。誠、己の宮の中であるからと、気を抜いたら大事になってしまうことよ…。

そうして、その日は皆が各々自分の宮へと帰って行き、大会合自体は大変に円滑に進んで終わった。


厄介事は、その数日後から始まった。

北西と北の四つの宮から、維心に対して縁談が一気に来たのだ。

どうやら、炎嘉と焔にも、それに紫翠は大変なことになっていると、鵬から報告があった。

維心は、頭を抱えた…維月は、これを案じて怒っておったのに。

「…全部断れ。誰であろうと一人も迎えるつもりはないと。それから、維月に申すな。気取られるでないぞ、あれはこれを案じてあの日憤っておったのだ。」

鵬は、深刻は顔をして静かにうんうんと頷く。

だが、その時バンッと背後の奥の間の扉が開いた。

「…私に隠し事をなさる気ですの?!」

維心は、仰天して振り返った。

「維月?!主、月へ戻ったのでは…」

地が落ち着いて来たので、そろそろ月へ戻って参ります、と奥へと戻ったのはついさっきのことなのだ。

「…戻ろうと最後に地の能力で見たら、鵬が何やら慌ててこちらへ向かって参ったので、何事かと思うて聞いておったのですわ。維心様、縁談より何より、私は隠し事を何より嫌うと申しておりましたわね?!」

維心は、ぶんぶんと首を振った。

「違うのだ、どうせ断るのだし、主の気を煩わせるのもと思うたから、密かに断れと申しておったのだ!断った後には話すつもりであった!」

維月は、スッと目を細めて言った。

「…維月に申すな。気取られるでないぞと仰っておったのを知っておりますけれど?」

地であるからハッキリ聞こえるか。

維心は、どうして月へ戻るのを確認しておかなかったかと歯ぎしりした。更に拗れることに…!

「維月、だから主がそうやって憤るのではないかと思うて、ならば知らぬ間に断ってしまおうと…」

維月は、ふんと背を向けた。

「よろしいですわ。この際ですから、月へ戻ってそのまま宮へ里帰りを。今はこの宮の暇な時であるから大丈夫でしょうし。では、またひと月後に。」

維月は、このまま行かせたらまた帰って来ないなどということに、と焦って維月の腕を掴んだ。

「待たぬか、行くなら話をしてから!」維月は、光にスーッと変わって維心の手に維月の腕の感触がなくなる。「維月!」

維月は、あっさりと月へと帰って行った。

ひと月後に、と言っていたということは、普通の里帰りと同じで帰って来るつもりがあるということだ。完全に帰ってしまったわけではない。だが、怒らせたままというのがどうしようもなく焦った。

なので、維心は茫然としている鵬に言った。

「鵬、さっさと断れよ!我は、すぐに月の宮へ行くゆえ、政務の整理をせよ!」

鵬は、慌てて言った。

「王、謁見が大会合の後から混んでおってそれはご無理でございます!どうか、せめて数日はご辛抱くださいませ!」

維心は、イライラと月を見上げた。

月からは、月の宮の方角に、維月の光と十六夜の光が降りて行くのが見えた。

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