大会合2
ようやく維月が目を覚ましたのは、いつも通りの時間だった。
夜が明けて朝の光が差し込んで来て、その光に眩しそうに目を開くのがいつもの動きだった。
「…目覚めたか?」
維月は、これもまたいつも通りに維心が目の前で自分の顔を覗き込んでいるのに、微笑みかけた。
「まあ維心様、おはようございます。本日は…」と、ハッとした顔をした。「あら、維心様、本日は大会合の日ではっ?」
維月が慌てて身を起こすのに、維心は横になって肘を付き、その上に頭を乗せたまま答えた。
「侍女も先ほどから起きろとうるさいが、そのように急ぐ必要はないのだ。我は一番最後であるし、そろそろ上位の宮の奴らが参る時刻ぐらいであるからの。」
維月は、でも炎嘉とかなら先に挨拶しに来ることあるし、と思い、維心を慌てて引っ張った。
「維心様、ご準備をなさらねば。先にご挨拶に来られたりしたら大変でございますから。本日は皆様お越しになるゆえ、ご正装であられましょう?もう始めねば飾りも多いのですし。」
維心は、面倒そうに言った。
「飾りなど良いと申すに。重いではないか。」
私には王妃なんだから重くても我慢して装えとか言うのに。
維月は、思って後ろ向きな維心を引っ張って、居間へと出た。
「維心様、この宮の主がそのようでは、王妃は何をしておると言われてしまいまするわ。」居間へと出たのを気取った侍女達が、必死に衣装を捧げ持って駆け込んで来る。早く王を着付けたくて仕方がないのに、維心が一向に出て来ないので焦っていたのだろう。維月は、侍女達に頷き掛けてから、維心の着物に手を掛けた。「さあ、維心様。御着替えを。」
維心は、渋々維月に着付けられた。侍女達は、ホッとしながら次々に維月に着物、紐、次の着物、紐、帯と手渡し、維月はさっさと維心を着付けて行く。維心は、維月に何をされても基本、無抵抗なので、サクサクと着替えが進んで行き、髪を上げて、額飾りをつけている頃には、もう諦めて仕事モードの維心になって来ていた。
「どうぞ、草履と靴、どちらでもお選びくださいませ。」
維心は、頷いて靴の方へと足を挿した。そちらの方が動きやすいというのがあり、神が多く集まる時は、何があるか分からないと維心はいつも靴を選んだ。
そうやって、維心がすっかり凛々しい顔付きになった時、居間の扉の向こうから、侍女が言った。
「炎嘉様、お越しでございます。」
やっぱり。
維月は、思った。新しい宮が出来て、炎嘉も誰もまだ見ていない。だからこそ、早めに来て維心に話を聞きたいと思うはずだと思っていたのだ。
「私はまだ寝間着ですので奥へ下がりますわ。」維月は、慌てて言った。「維心様には、どうぞつつがなくお務めくださいませ。」
維心は、頷く。
「宴には呼ぶゆえ、準備しておくのだぞ。」
維月は頭を下げて、急いで奥への扉へ飛び込んだ。
そこへ、炎嘉が同じように正装で入って来た。
「維心。会合の宮とか申すもの、上から見たがまた大きいものを建てたな。西の庭の三分の一が潰れておるではないか。それでなくとも大きかったこの宮が、更に大きくなってしもうて。」
維心は、正面のいつもの椅子へと座りながら答えた。
「主らが皆、ここで何とかしろとか申すから。もう建てるよりなかったのではないか。普段は回廊も封鎖して使わぬつもりよ。今回は警備に軍神を三万も使っておるのだぞ?宮はあまり大きくするものではないわ。」
炎嘉は、うんうんと頷いた。
「確かにの。あまり大きくしたら大変ぞ。龍であるから細密に見るが、我らなど適当であるからこじんまりとまとめねばな。」と、窓の方を見た。「そういえば、もう皆到着しておったわ。皆が皆、新しい宮が気になって見たかったようぞ。上空で眺めておって、我も焔と会った。そうしたら志心ももう降りて行ったとか言うておった。」
維心は、頷く。
「気配は感じておる。上位の宮の者達はこちらへ控えの間を用意しておるからの。北も北西も既に揃っておるようよ。順に、鵬が大会合の間へと案内して行っておるようよ。」
炎嘉は、うーんと背を伸ばした。
「では、そろそろこちらにも来るの。主と共に参ろうと思うて来たのだ。待っておるのも面倒だし、主と一緒なら待たずで済む。」
維心は、苦笑した。
「こんな面倒なことを引き受けたのだから、それぐらいはの。」
炎嘉は、軽く維心を睨んだ。
「いつなり最後にしか来ぬくせに。」
涼しい顔をして微笑する維心に、炎嘉はフンと横を向いた。
二人は、呼びに来た臣下について、二人並んで新しい宮へと向かって行ったのだった。
回りにある段々になっている椅子には、それぞれの土地の王達が、区分けされて座っていた。
中央の平たくなった場所に、上位の宮の王達が座る、大きな楕円形のテーブルが置いてあり、その回りにはそれぞれが並んで座っていた。
一番の上座にあたる場所は二席空いており、そこが維心と炎嘉の場所だった。
見ると、北西からは匡儀、彰炎、英鳳、頼煇、誓心、宇州が、北からはヴェネジクト、イゴール、マトヴェイ、アルファンス、フレデリクが来ていた。
あちらはもっぱらドラゴン一強でヴァンパイアは友、他は皆下という意識だったのだが、あの戦でこれらが横の繋がりとして上位に据えられているらしい。
アマゾネスの城を統治していた、エラストはここには居ないので、恐らく段の席の方に居るのだろうと思われた。
…サイラスが居ない。
維心は、思った。
島からはいつもの面々で占められており、焔、箔炎、駿、高瑞、蒼、公明、そして未だ復活しない翠明に代わり、紫翠が座っていた。
さすがに数が多いのでざわざわとする中、炎嘉が声を上げた。
「静粛に!」一気に、シーンと静まり返る。「では、これより第一回大会合を始める!」
そうして、炎嘉の宣言と共に会合は始まった。
結局、話はお互いの土地の説明と、正確にいくつの宮があり、何人の王が居るのか話しただけに留まった。
北西から始まって、北、島と順に王達の名を挙げて行き、呼ばれた王が段の席の方で立ち上がって皆に会釈する、という方法にしたら、物凄く時間が掛かってしまったのだ。
それからは、土地の統治の仕方だった。
島は、この小さな中に実に三百以上の宮がひしめき合い、それぞれに王がいる事実はあちらには驚きのようだった。
こちらは狭いながらも、その領地の中は絶対的にその王が統治していて、人の世話もその王がする。
手に余る事を上位の王に訴え、そして手を貸してもらうのだと説明した。
他の土地は、空いている土地、ようは神が居ない土地もあるとのことで、人の世話はしたい神だけがしているようだ。
手に余る事も、隣同士の宮や城で助け合い、それで駄目なら仕方ない、どうしてもなら上位の王に助けを求める事もあるようだが、それも何かと引き換えになるので、あまりしないらしい。
考えたら、何の見返りもなく助けるこちらのシステムは、下位の王達にはありがたい事のようだった。
「それだと上位の宮ばかりが損ではないか。」匡儀が、言った。「それでなくとも妃を娶ったりして財政支援をしているのに、その他にもなど面倒でしかない。」
しかし、炎嘉が答えた。
「力を持つ者が持たぬ者を助けるのがこちらの流儀ぞ。だからこそ、この数の宮が未だに残り、民や人の世話をすることが出来るのだ。災害などあったらなんとする。どれほど気張ってもそこを守る神だけでは人の犠牲を抑えられぬだろう。だから我らは、未だにあちこちで人に敬われておるのだと思うぞ。」
言われて、匡儀は黙った。言われてみたら手が回らないので、自分の領地の人だけを守っていたような気がする。
維心が、隣りで言った。
「…まあ、それぞれの土地でのやり方でここまでやって来たのだろうから、我らがそちらの土地のやり方にとやかく言うつもりはない。こちらは、少し前から世話をするだけの婚姻はせぬようになっておるしな。小さな宮はそれで、財政には困っており、あちこちから借りて何とか毎月回すという、財政的には困る生活をしているのも確かなのだ。何が良いかというて、分からぬ。なので、その事に関しては議論するだけ無駄ぞ。」
炎嘉も、それで黙った。志心が、見かねて言った。
「…まあ、本日はそれぞれの土地のやり方が分かって良かったではないか。あまりに宮が多いので、こちらも上位の宮が手分けして世話をしておって大変なのも確か。とりあえず、本日はこれまでということで良いのではないか。」
焔が、頷いて隣りの炎嘉を突いた。
「これで閉会としようぞ、炎嘉よ。次は、お互いの土地で困ったことなどがあれば、報告し合って解決する方法を模索するという形で。」
炎嘉は、納得していないようだったが、維心を見て、維心が頷いたので、息をついて、言った。
「では、今回の会合はこれで閉会ぞ。」
維心が、頷いて立ち上がった。
「では、隣りの大広間へ。宴の準備が出来ておる。連れて参った皇子などが居れば、共に出席するが良い。」
そうして、やはり上位の王から退出するスタイルは変わらないので、維心と炎嘉が並んで先に歩く。
すると、それに匡儀が続き、彰炎がそれを追い、後は皆、誰が先に行くかとお互いに遠慮しながら目配せをしての退出となったのだった。




