大会合
神世は、穏やかに過ぎていた。
碧黎の気が落ち着いたのもあり、どこかで小競り合いぐらいはあるものの、大きな面倒は全く起こらなくなり、維心もホッとしていた。
そんな時に、せっくかくに落ち着いた神世なので、北西、北の大陸の神達とも、しっかりと交流をして、おかしなことが起こらないようにと整えて行くことになった。
書状を取り交わしたりして決めたのが、七年に一度、交流のあるすべての神が集まって、会合をするということだった。
その場所としてどこにするかでもめたのだが、北西からも北からも、月の宮で行いたいと、神世の桃源郷と聞いている場所を一目見たい要望が届いた。
だが、はっきり言って月の宮は狭い。
広いのだが、全ての神を収容できるほど、大きくはないのだ。
コロシアムになっている訓練場がそのまま会議場に出来るだろうということだったが、会議だけで皆が帰るならそれも良いかもしれないが、そういう訳では無い。
その臣下軍神もついて来るだろうし、もしかしたら妃や皇女、皇子なども連れて来るかもしれない。
それらを入れる、控えの間もないし、回りの領地とも接しているので、外で待たせることすら出来ない。
なので、蒼はとんでもないとすぐに断った。
だからと言って、神世最大と言われて居る龍の宮ですら、その話しには二の足を踏んだ。
どう考えても龍の宮しかない、と皆が言う中、筆頭重臣の鵬も、筆頭軍神の義心も、同じ事を言った…全員を収容出来る会議場も、控えの間も準備出来ない、と。
だが、匡儀の方はどうかというと、絶対無理だと返事が来た。あちらも入り切るだけの場所が全く無いし、王妃が居ないので内を回す人員も足りないのだそうだ。
もちろん、島で一番大きな宮である龍の宮で無理なのに、他の宮が良いと言うはずもない。
このままでは会合自体が頓挫してしまうと危惧した維心は、仕方なく大会議場の建設を言い渡した。
外宮から繋がる回廊を作り、その先に大会議場と、控えの間を一緒にした別宮を建設することにしたのだ。
龍の宮始まって以来の宮の増設に、多くの軍神達臣下達が意見を出し合い、そうして別宮は建設された。
一年ほどで立ち上がったそれは、古代に龍の宮を建設したブルーグレイの稀少な石を惜しげもなく使い、龍の宮は更に大きくなったのだった。
それが建ち上がり、今まであった外宮、内宮、奥宮と並んでそこは、会合の宮と呼ばれるようになった。
維月は、維心に連れられて、その真新しい宮へと足を踏み入れた。
「まあ…なんと大きな宮でありますことか。」維月は、まだ新しい匂いがするそこで、維心に手を取られて言った。「会議場が大き過ぎて声が反響しますわね。月の宮のコロシアムの屋根がある状態のような感じですわ。」
維心は、頷く。あちら側に一面に開いた大きな窓からは、北の庭が見えて光が差し込んでいる。
「北西から200、北から150、この島から300であろう。これぐらいの大きさがないと、全部入り切らぬのだ。大広間を改装させても良かったが、控えの間が足りぬ。ならばもう、一緒に建ててしまえば良いわと思うたのだ。宴の出来る大広間もこの隣りに同じ規模で作らせてあるし、全てここで事足りよう。警備がしやすいかと思うた。」
維月は、頷いた。
「西の庭がいくらか潰れてしまいましたのが残念ではありますが、これからも大会合があると申すならよろしかったのでしょうね。どちらも会議場に困っていらっしゃったということでしたし。」
維心は、息をついて頷いた。
「そうであるな。ここからなら北の庭へ出るのが自然であるからそちらへ参るのだろうし、奥宮が接しておる南の庭からも離れておるから、ここが一番良かったのだ。やはり奥からは離さねばの。」と、足を進めた。「この隣りが宴に使う大広間ぞ。ここと同じように窓は全て北へと開いておるのだ。控えは両脇の建物東と西に建てられた建物にある。あまり上に積み重ねたくなかったが、7階建てになっておる。中は小分けにして、上位の宮以外の王を振り分けることにしておるのだ。正に人世で言う、ホテルのようよな。」
維月は、フフフと笑った。
「本当に。ですけれど、それでも一室一室がとても広いので、押し込まれておるような感じはせぬかと思いますわ。それにしても、これで龍の宮は更に大きくなりましたわね。初めて来られたら間違いなく迷いましょうほどに。」
維心は、維月に微笑み返した。
「確かにの。我は生まれた時からここであるし、なぜに迷うかと思うが、初めて来たなら迷うであろうな。」
維月は、まあ!と目を見開いて言った。
「一つの街ではないかというほどの規模でありますのに。普通は外宮しか入れませぬが、そこですら迷ってる者が多いのですわ。私は未だに外宮に出てしまうと、戻って来るのに同じ道でないとおかしな所へ入り込んでしまって戻って来られなくなるのではと案じられますぐらい。」
維心は、クックと笑った。
「外宮は大きいからの。内宮は基本、重臣達しか居らぬからそう大きくはないし、奥宮はもっとぞ。だから奥宮だけに居れば良いのに。」
維月は、ぶすっとした顔で維心を見た。
「奥宮だってかなりの規模でありますわ。最初は迷いましたもの。ですが、慣れて参りましたらあちこち見てみたくなるのですわ。維心様が治めていらっしゃる宮なのですから。」
維心は、維月の頬をつついて笑いながら言った。
「分かった分かった、では我が共に参ってやるゆえ。一人で参るでないぞ?奥の侍女だって外では迷うことがあるのだからの。共に迷うておったら世話があるまい。」
維月は、そう言いながらなかなか外宮には連れて行ってくれないんだから、と思いながらも、頷いた。
「はい。お約束しましたわよ?」
維心は、機嫌よく頷く。
「約した。さ、では隣りも見て参ろうの。」
そうして、二人は真新しい宮の中を心行くまで見て回ったのだった。
前代未聞の大会合の第一回目は、夜明け前からの大騒ぎで始まった。
維心ですらまだ寝ていたのに、宮ではひっきりに無しに到着する神達の対応で、軍神や臣下達は大騒ぎで駆け回っていた。
維心は、またひっきりなしに結界に接触する神達の気配に、否が応でも目が覚めた。当然だが、維月はまだ眠っている。そもそも維月は会合には出ないので、準備をする必要も無い。
それでも、維心も会合が始まる直前に出て行ったら良いので、そんなに早く起きる必要もなかった。
なので、隣りで眠る維月を抱きしめて、また目を閉じた。結界外が大騒ぎなので眠れるはずもないのだが、こうして維月の側でゆっくりして過ごすだけで癒されるので、まだ起きるのはもったいない気持ちだったのだ。
一方、軍神達は眠ってはいなかった。
昨夜から恐らくあの数なので、下位の宮などは夜明け前に来なければ間に合わないだろうと、その辺りの時間から受け入れ態勢を整えるために、寝ずに準備をしていたのだ。
義心も帝羽も、明蓮も明輪も、新月も義蓮も義将もとにかく軍神の将たちは、何度も打ち合わせした通りに、軍神達を指示して決して流れが滞ったりしないようにと、必死に目を光らせていた。
龍軍の軍神三万が、この会合の警備に駆り出されるという異例の事態になっているのだ。
この半端ない事態に、文句を言うこともなく、ただ軍神達は黙々と働いていた。
これを想定して、設計の段階から西の到着口から近い場所から広い回廊を設けて、会合の宮へと直接流れるようにしていたので、まずは問題なく皆を控えの間へと案内することが出来ていた。
このまま、上位の宮の王達の到着まで、待たせる事無く過ぎることを、義心は願っていた。




