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婚儀

弓維が飛び立った後、すぐにその場所に準備された輿へと乗り込み、維心と維月も高瑞の宮へと向かった。

今回は臣下達も力を入れた大きな式になり、到着口へと龍の輿が到着すると、他の輿を片付けるいろいろな色の甲冑を着た、軍神達が忙しく動き回っていた。

輿が下ろされ、維心が先に降りて維月を下ろすと、高瑞が待っていて維心と向き合った。

「維心殿、わざわざのお越し、感謝致しまする。本日は、誠に喜ばしい事だと臣下達も全てが大変に歓迎しており、懸命に準備致しておりましたがいかがでしょうか。」

維心は、入り口から見回した。確かに、調度も真新しく変えられてあり、敷物も織り直したのか毛が立ち上がっていて踏むのが心地よい。

大洗をしたのか隅々まで綺麗に輝いていて、別の宮に来たかのような様だった。

「…誠にここまで全てを設え直すのは大変であったろう。ここまで歓迎してくれておって、弓維も喜んでおろう。」

高瑞は、ホッとしたように肩の力を抜いた。

「では、臣下にご案内をさせまする。来賓も皆到着しておりますので、どうぞ大広間へ。」

維心は頷いて、今日はまた格別に重い衣装に身を包んでいる維月を気遣い、衣装を気で持ち上げてやりながら、共に大広間へと歩いた。


そこには、もう参列者が席についていて、臣下達が両側に分かれて立ち並び、頭を下げていた。

維心と維月は、真ん中に長々と敷かれた毛氈の上を歩いて一番前の席へと行き、そこに空いた、二つの椅子へと腰かけた。

維月の隣りには、炎嘉、その向こうには焔、箔炎、志心、蒼、駿、紫翠とそうそうたるメンバーが最前列に並んでいる。

炎嘉が、小声で言った。

「維心、今日は地の方の維月だの。月だと面倒が起こってはならぬからか。」

維心は、炎嘉を軽く睨んだ。

「それもあるわ。軽口はやめよ、我の娘の婚儀であるぞ?こういった正式な縁は初めてであるのだからの。」

言われてみたらそうだ。

維月は、間でそう思っていた。

前世の紫月、緋月の二人の娘は一人は仙人、一人は軍神に降嫁させ、今生の瑠維は軍神に降嫁、この弓維が、初めて他の宮の王に娶られるのだ。

思えば、龍の皇女は他の宮が妃とするにはなかなか難しいのだ。

龍王の地位が高いので、迎えるなら正妃としなければならないかと思うが、しかし生むのは龍だけ、それを宮の跡継ぎには出来ない。

なので、軽々しく娶るとは言えないのだ。

こちらもそれが分かっているので、娶れとは言えない。なので、どうしても内々の縁となってしまうのだ。

弓維は、本当に運が良かったと言えた。

目の前の舞台上では、弓維が侍女達にかしずかれて進み出て来た。

維心が、立ち上がって舞台上へと進み、その手を取る。

そうして、高瑞の前へと進み、弓維の手を差し出した。

「我が第二皇女、弓維を、主に任せる。よろしく頼むぞ、高瑞。」

高瑞は、その弓維の手を取って、頭を下げた。

「は。我が生涯かけて大切にお世話すると誓いまする。」

弓維が、涙ぐんでいる。

維月も、それを見上げて涙を流した。ああ…こうして嫁ぐって夢かも。

すると、隣りの炎嘉がハンカチを胸元から出して、ベールの脇から手を差し入れてそれを拭った。

「こら、泣くでないぞ。化粧が落ちるゆえ。」

維月は、炎嘉を見て泣きながら微笑んだ。

「はい、申し訳ありませぬ。でも、私もああして嫁ぎたかったなあとか、思ってしまいましたわ。誠に夢のようで。」

小声で言うと、炎嘉がフッと微笑んだ。

「今からでも我に嫁ぐなら、これより盛大な式を開こうぞ。とはいえ、維心が怒るゆえなあ。」

維月はいつも炎嘉が言う冗談だとクスッと笑ったが、維心が帰って来て怒ったように言った。

「ちょっと目を離すと。ベールの中に手を入れるとは何事ぞ。我だって今からでも式だけ挙げても良いわっ。」

式をぶち壊してはならないので、維心も小声だが怒っている。

檀上では、臣下達からいろいろな品のやり取りの、目録だけが行き来していた。

そうやって、最後に高瑞の見事な挨拶があり、式は宴の席へと移ったのだった。


宴の席では、中央に高瑞と弓維は並んで座り、その両脇に分かれて譲位の宮の王達が並んで座って高座に居た。

妃で来ていたのは維月だけだったので、維月は維心の斜め後ろだったが、かなり維心に近い位置に座らされている。

酒もそれは大量に出されてあって、徳利も杯も、新しく焼き直させた珍しい形の、真っ白な陶器だった。

炎嘉が、酒の入った杯を回して見ながら、言った。

「これはまた良い焼きであるなあ。わざわざこのために焼かせたのか。」

高瑞が、頷いて答えた。

「は。臣下達がそれは力を入れて、何度も試作を繰り返してこの日のために用意したものでありまする。」

焔が、感心しながら言った。

「薄いのに割れずに、しかも滑らかで良い形よ。臣下達は余程嬉しかったのであるな。宮の設えといい、調度まで総替えしておったではないか。ここまで歓迎されておる宮へ入れるとは、弓維も幸運よな。」

弓維は、嬉しそうに頬を赤らめて下を向いた。高瑞は、穏やかに微笑んだ。

「我の方こそ幸運でありまする。龍の宮からこのように申し分ない皇女を戴くことが出来るなど、思うてもおりませなんだ。誠に有難いことだと。」

炎嘉が、何度も頷いた。

「誠にな。滅多にある事では無いゆえ。主は幸運よ。弓維は絶世の美女と言われておるゆえ、参列者が軒並み見とれて大変であったではないか。取られぬようにしっかり守っておけよ。」

高瑞は、それには緊張気味に頷いた。

「は。肝に銘じておきまする。」

この宮からかすめ取るなど余程の力を持つ神でなければ無理だろう。炎嘉は、知っていて言ったのだが、高瑞は真剣に受け取ったようだ。

そんな様を微笑ましく見ていると、弓維の侍女が迎えに来て、弓維はそこを退出して行った。

そろそろ、寝る準備をするために花嫁は早めに退出するのだ。

それを、ちらちらと気遣わし気に見ていた高瑞だったが、そのうちにそわそわし始めた。

どうやら、自分がいつ退出したらいいのか分からないようだ。

それに気付いた、志心が顔を上げて高瑞を見た。

「高瑞、そろそろ主も奥へ参った方が良いのではないのか。弓維が戻ってからもう一時ほどであるし、あまり新妻を待たせるものではないぞ?」

炎嘉も、気持ちよく焔と酒を酌み交わしていたが、それを聞いてそちらを見た。

「おお、そうよ行って参れ高瑞。我らは勝手に飲んでおるから。気張れよ。」

高瑞が、顔を上気させる。維月があまりからかわないであげて欲しい、と思っていると、維心が言った。

「こら主は。初夜から構えさせるでないわ。」と、高瑞を見た。「主はもう戻れ。我もそろそろ維月と控えへ帰るゆえ。」

高瑞は、維心に頭を下げた。

「は。では、失礼致します。」

高瑞は、緊張気味に立ちあがると、足と腕が同時に出るような勢いで硬くなったまま、奥へと引き上げて行った。

その様子を扇を上げてベールの内から見ていた維月は、途端に気になった。そういえば、虐待を受けていたということは、そういう事に対してトラウマもあるのではないだろうか。加えて、弓維はそういった事に全く経験も無いし、自分も教えていない。侍女達から閨の巻物女神版を見せられて教えられてはいるだろうが、それだけでいきなり本番で大丈夫だろうか。

維心が、小声で維月に言った。

「さあ、我らも戻ろう。案ずるな、我だって前世主と閨に入ったのが全く初めてであったのに、閨の巻物だけで何とかなったのだし。度重なればどうにかなるものよ。」

あれが閨の巻物の知識だけで行われたのだとしたら、維心はかなりの勉強家だ、と維月は思った。

炎嘉が、脇から言った。

「聞こえたぞ。あのなあ、誰でも最初から巻物だけで何とかなるわけではないぞ?読むのとやるのとでは全く違おうが。我も最初はかなり緊張したものよ。前世正妃を迎える前に、どこかで試しておくかとか、考えたものだったわ。」

それには、焔も何度も頷いた。

「それはそうよ。我だって不安であったし、だが手を付けたら妃であるし、最初は悩んだものだったわ。そこらの女を相手にするわけにも行かぬしなあ。高瑞の気持ちも分かるわ。」

志心は、遠い目をした。

「…まあ確かに…もう遠い記憶であるが、最初は分からぬよなあ。」と、蒼を見た。「主は人であったし情報は多かったよの?」

蒼は、苦笑した。確かに神世より、そういう事には情報過多なほどだったし、神世にはないが、そういうビデオだってあったので、映像で学んだりも出来た。

「人はある程度恵まれておるということですね。オレはなのでそこまで不安ということはありませんでしたけど。」

箔炎と駿は何も言わないが、炎嘉が言った。

「人世に行って見て参るというやつらも居るのだぞ?人はそういう事に緩いしの。即婚姻とはならぬだろうが。ただ、人を相手にすることは無いがの。それは維心が禁じておるし。」

維月は、男同士の話が始まってしまって、どうしようかと困っていた。分かるのだが、ここで話に平気で入るのも嗜みが無さ過ぎるのだ。

維心が、それを気取って立ち上がった。

「何の話をしておるのだ、維月の前で。我らはもう戻るぞ?主らも飲むなら部屋にせぬか。臣下達をそろそろ休ませてやるが良い。」

志心が、それを聞いて立ち上がった。

「確かにの。」と、皆を見た。「さあ、主らもそろそろ引き上げぬか。参ろうぞ。」

炎嘉と箔炎が、焔を引っ張って立たせている。

志心が蒼と駿に頷き掛けて、退出しようと促した。

維心は、維月を気で持ち上げて立ち上がるのを助け、そのまま抱き上げた。

「まあ」維月は、困ったようにベールの中から維心を見上げた。「皆様がいらっしゃるのに。着物だけ助けてくださったら歩けますわ。」

維心は、意地悪く笑って首を振った。

「ならぬ。我が運ぶ。」と、頬に頬を摺り寄せた。「婚儀が羨ましいと申したな?ならば婚儀の夜としようではないか。」

維月は、目を丸くした。そっちじゃないのよ、式の方よ、式の方!

維月は思ったが、維心は足取りも軽く、控えの間へと帰って行ったのだった。

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