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「い…」維心が、足を踏み出した。「維月!」

維月は、微笑んで維心に手を差し出した。

「維心様…お待たせしてしまいましたわ。」

維心は、その維月を抱き寄せて、頷いた。

「おお、良かった、健やかのようよ。気が少し変わったか…何やら大きな包み込むような様に。」

碧黎が、後ろから腰に手を当てて呆れたように言った。

「当然であろうが。今の維月は地の陰なのだ。陰の月のような、誘う様は無い。とりあえず問題なく地の陰として馴染むことが出来た。最初混乱するような様子であったので維月から目を離せなんだのだが、我が誘導して徐々に危なげなくなり、昨日無事に我無しでも安定することが出来たのだ。ただ、これからぞ。陰の月として戻る時、これが上手く出来るかどうか。そこをこれから修練して参らねばならぬ。月との繋がりは一時的に切っておったが、今は繋ぎ直しておる。今の維月は、地の陰ではあるが、月とも繋がりがある存在ぞ。維月はその繋がりを頼りに、月へと戻る。その時に、地との繋がりを持ったまま陰の月となる。そうして地上に人型をして存在しておって、地に戻りたければその繋がりを辿って地へ戻る。そうしたら、陰の地となる。最初は切り替え用のボタンもような物を作ろうとしておったのだが、そうするとまたややこしいのに気付いての。だったら両方と繋がったままで移動したら良いではないかと。」

炎嘉が、後ろから言った。

「つまりは、月と地上と地が紐で繋がっておって、維月は輪のようにそれに通っておって、あちこち移動するだけということであるな。月へ行ったら月、地上へ戻ったら人型、地へ潜ったら地。地上の人型の性質は、その直前にどちらに居たかで決まると。」

碧黎が、感心したように頷いた。

「その通りよ。主は物分かりが良いな。そうした方が、簡単だろうと我は思うたのだ。維月は繋がりの紐の上を移動するだけで良いからの。」と、維心を見た。「主は分かったか?分かったの、主であるから。」

維心は、ブスッと不貞腐れた顔で頷く。

「分かったわ。より問題の無い方を選んだということであるな。それなら、月へ帰る時は十六夜に手伝わせて、地へ潜る時は主が手を貸すであろうから恐らく問題なかろう。」

碧黎は、満足げに頷いた。

「その通りよ。上手くやれたと我ながらホッとした。」と、維月に近付いて、その頭を撫でた。「今は我の片割れ。主が我の気を穏やかに抑えて流してくれておるから、楽になったわ。このまましばらく地のままでおって、地上が落ち着いたらあちこちすれば良いぞ。十六夜にもそこは説明しておるから、しばらく月に一人でも文句は言わぬ。ただ、最初に月へ戻る時は我に声を掛けよ。上手く行くか見ておかねばならぬからの。」

維月は、微笑んで頷いた。

「はい、お父様。」

維心も、自分の腕の中に戻って来た維月に、嬉しくてホッとしていた。感じが少し違うが、またその気が心地よい。これからはどちらの維月も傍に居てくれるのかと、嬉しくなった。

炎嘉が、あからさまにうんざりしたような顔をして、大きく伸びをした。

「あーあ、誠にいろいろと面倒を掛けてくれたわ。やはり気も強過ぎたらまずいのだとこれで分かった。そもそもが対で存在しておるものを、片方が要らぬとか言うて消してしもうたらまずいのだ。それがよう分かったではないか。の?維心。」

維心は、維月を抱きしめたまま、頷いた。

「誠にの。これで落ち着いて参るかと思うとホッとする。あちこち大変なことになっておったし…これで収まれば良いの。」

碧黎は、維心の様子を呆れたように見ていたが、フッと笑って、一歩足を退いた。

「では、我は戻る。常に維月を感じる…誠望む者を片割れに持つとは何と清々しい気持ちであることか。」と、外へとふわっと飛び立った。「主らの心地が分かるわ、維心、十六夜。それは己の側から離したくないはずよ。」

碧黎は、それは楽し気に言うと空へと浮き上がって行き、珍しいことに人型のまま空へと飛んで消えて行った。

維心は、それを見て複雑な気持ちだったが、こうして維月が傍に居て、それを手元に置くことを何某か言われたわけでもないので、碧黎が満足して喜んでいるのならそれでいいかと思った。

炎嘉も、その様子を苦笑して見ていたのだが、ハッと我に返ったような顔をすると、維心を見た。

「維心!忘れておったわ、宇洲の土地よ!気を戻してもらわねばならぬのに!」

維心は、そうだった、と思った。あれから獅子は皆、彰炎の土地に避難したままで、植物が大変だと十六夜が上から誰もいない宇洲の土地の動植物の世話をして、何とか保っていたのだ。

《戻したわ。》碧黎の声が、空間からした。《忘れておった。まあ、十六夜でも少しは世話が出来ると分かったし良いではないか。もうこんなことをする必要はないゆえ、案ずるな。》

維心と炎嘉は、顔を見合わせる。維月は、フフと口元を押えて笑った。

「お父様には、このようにいろいろ見えておるのですわね。私は今、お父様がどちらに居てどのようにこちらの事を見て聞いておるのか、手に取るように分かりますわ。意識の一部が繋がっておって…十六夜とはまた、違った心地ですこと。」

碧黎の声が、笑った。

《今は主の状態を知らねばならぬから繋いでおるだけぞ。これから先もずっとこうではないゆえ、安心するが良い。》

維月は、頷く。

「はい。分かっておりますわ。お父様のお考えは、手に取るように。」

碧黎はそれには答えなかったが、それは明るく清々しい、気自体が歓喜しているような命の気が大地から吹き上げて、碧黎の心地は分かった。

そうして、地の陰の問題は、解決で幕を閉じたのだった。


炎嘉は、まるで婚姻したばかりの男のようだと碧黎を評して帰って行った。

そして、久しぶりに帰って来た維月と、その間にあったことを中心に、維心は居間で話した。

駿が正気に戻った事には維月もホッとしたようで、宇洲があっさりとそれを許し、和解した事実も心から安堵していた。

それもこれも、恐らく維月が地へと入って陰の地となり、碧黎の気を上手く調節して流しているせいだろうと維心が言うと、維月も嬉しそうにしていた。

話している限り、維月は変わらない。だが、前の維月よりもっとおっとりと大きい、包み込むような感じを受ける。そして、その維月が愛している維心に対しては、まるで真綿で包み込むように、それは大きな愛情で包んで来るのだ。

その感覚が、どうしようもなく幸福で、抗えないほどに身を委ねてしまいたくなるものだった。

維心は、月の維月も良いが、地の維月も大変に良い、と思ってまた、己の幸運に身悶えするほど嬉しかった。

そんな維月の胸に抱きしめられながら、維心はほうっと息をついて、言った。

「…我は他の王のように幾人も妃など要らぬはずよ。」維月がそれを聞いて、問うように維心を見る。維心は、微笑んで維月を見上げた。「主が一人で様々な役割を担ってくれておるから。主は我の母のようでもあり、妻であり、手の掛かる妹でもあり、育てるべき娘であり、我にとっての全てなのだ。その上、こうして妻として癒しと、快楽の二面で接してくれよう。主は誠、稀有な存在なのだ。なので、我は他など要らぬし目が行かぬのだ。」

維月は、嬉しそうに微笑みながら言う維心に、本当に愛らしいこと、と思って頭を撫でた。

「そのように申して頂きまして、嬉しいですわ。私も維心様を大変に愛しておりますから、維心様が大切に私だけを愛してくださることに感謝いたしておりますの。なので私は、こうして心穏やかに暮らして行けまするもの。でも…皆々様には、あちこち夫婦仲が上手く行かず、悲しい事になっておることがここ最近では大変に多くて、心に重いことですわ。」

維心は、維月が心配げな顔をしたので、慌てて言った。

「それも、碧黎の気がうまく流れるようになったゆえ、恐らく減って参ろうし。主のことは我が幸福にするゆえ。そのように暗い顔をするでないぞ。」

維月は、維心が一生懸命自分の気を煩わせないようにと言っているのが感じられて、微笑んで維心の額に口づけた。

「はい。私はとても幸福でありますわ。どうぞお傍に置いてくださいませ。」

維心は、何度も頷いた。

「黄泉までも主とは共に参る。」

そうして、その日は維心は政務を休み、ずっと維月と共に過ごして満たされたのだった。

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