回復
そんな大騒ぎの最中、駿はいきなりに正気に戻ったように、宇洲に会いに参る、と言い出した。
慌てた騮が何を言うつもりかと言ったが、駿はこれまでの事を詫びて、とりあえず支援の品を持ってあちらへ参るのだと言う。
不安は残るのだが、仕方なくその旨を彰炎に伝えると、彰炎は二つ返事で来い来いとすぐに返事が来た。
そんなわけで、駿はどうしてもついて行くと聞かない騮と共に、彰炎の宮へと向かった。
そこで、駿は宇洲と対面し、瑤子の扱いについて、心から詫びた。それから、自分がどうしてそんなことをしたのか、切々と伝えた。
長く一緒に来た、あのままなら正妃にしようと思っていた椿という妃を、あの騒ぎで失ったこと。何とか復縁しようと必死で、瑤子のことまで気持ちが行き渡らなかったこと。その妃に、辛辣に突き放されて、失意で譲位して世を捨てようと思っていたこと…。
駿は、それこそ泣き出さんばかりの様子で、全て包み隠さず宇洲に話した。
横で同席して聞いていた彰炎が、涙ぐんでいた。
宇洲も、今は自分も悠子のことを考えるとよくわかることだったので、その謝罪は受け入れて、こちらから強く言い過ぎたこと、攻め込むなど言い出して申し訳なかったとこちらも詫びた。
そして、同じ獅子の宮だからと支援品を大量に受け渡し、宇洲もそれに感謝の意を示した。
どうしたわけか、そんな様子で獅子はあっさりと和解した。
話し合いは終わっていたが、しばらく宇洲と駿は、彰炎抜きで話していて、結局駿は一晩中彰炎の宮に滞在して、次の日の朝に帰って行った。
炎嘉が、その知らせを彰炎から受けて、龍の宮へと維心を訪ねてやって来た。
維心は、いつものように落ち着いた様子だったが、その気が何やら暗いので、まだ維月が戻っていないのだとそれで知った。
「…維月はまだか。」
維心は、頷く。
「あれからひと月であるが、まだ戻って来ぬ。十六夜が地上の気がまともに流れるようになっておると、少し前に知らせて来ておったから、あれが無事に陰の地の場所に収まっておるのは確かぞ。しかし、まだ戻って来ぬ所を見ると、全て馴染むのに時が掛かっておるのだと思われる。今はどうしておるのかと、気になって毎日よく眠れぬのだ。」
炎嘉は、頷いて同情的な顔をした。
「あれだけ傍を離さぬ妃がひと月もどうなっておるか分からぬとなると、主の心労は分かるぞ。だが、碧黎がついておるから。あれは維月の命だけは守り抜くヤツぞ。己の命を投げ打ってもというのが気になるが、大丈夫であろう。無事に帰って参るから。案じるでない。」
維心は、炎嘉の気遣いに感謝しながら頷いた。
「そうであるな。ところで、獅子が和解したそうな。ここのところ十六夜と毎日ほど話すのだが、あれが見ておって知らせて来た。」
炎嘉は、頷く。
「そうなのだ。彰炎から知らせて参った。何やら、急に憑き物が落ちたように宇洲に話に参るとか言い出したそうな。これは、騮から聞いたのだがの。今では、政務にもしっかり参加して、騮もホッとしておったわ。少し前までは、譲位譲位と聞かなかったらしいが、ある日、本当にいきなりに奥の間から出て来て、宇洲に謝りに参ると言ったようで…もしかして、碧黎の気が落ち着いて来て、正気に戻ったのかと思うたのだがの。」
維心は、それに同意した。
「我もそのように。ちょうど十六夜が通常通りに流れ出したと報告して来て、少ししてからであったからな。維月が、うまく地の陰に馴染んで行っておる証拠かと思うと、我も安堵するものよ。」
炎嘉は、何度も頷いて維心を見た。
「あれは無事に戻って参る。主が案じておるのを分かっておるから、恐らくあちらはこちらを案じておるであろうぞ。主は維月が戻って来た時のために、もう少し覇気のある顔にならねば。親でも亡くしたような顔をしておるぞ?気が晴れぬなら、我が話し相手になってやっても良いから。」
維心は、苦笑した。
「そのように気遣わずでも良いと申すに。主も宮が荒れそうになって大変であったと聞いておるぞ。炎耀の妃の千子が、何やら不貞腐れておったとかで。」
炎嘉は、それに手を振って鬱陶しそうに答えた。
「高瑞が弓維を娶ることで、あの宮が大いに沸いておってな。一時は地に堕ちたかと言われておったのに、高瑞の代になってすぐに龍と縁続きになるとはと、それは祭のようで。それはもちろん高瑞は明子の子であるから、多岐にとって甥に当たるから近い筋であろう?高瑞が大金星だと大騒ぎで、高瑞のことばかり、父親の多岐まで千子の事など後回しで甥の高瑞高瑞で、気分を悪くしておったところに、我が宮の侍女が、気を利かせたつもりで、従弟の高瑞様のご婚姻は大層に素晴らしいご縁であるようで、おめでとうございまする、などと言ったものだから、千子の何かがそこで切れての。拗ねてしもうて奥を回さぬようになっておった。さすがにそれを炎耀が諫め、これ以上務めを果たさぬのなら離縁する、と申し渡して我に返ったようで、やっと今、通常通りになっておる。あれも恐らくは、碧黎の気のせいであろうな。迷惑この上ないわ。」
維心は、苦笑した。よくできて妃でもその様子なら、他はひとたまりもないな。
「…誠にあちこち大変であるわ。そういえば…公明の事は聞いたか。」
炎嘉は、眉を寄せた。
「…知っておる。千子の筋からあの辺りの事は我はよう知っておるから。妃の千夜のことであろう?もう一年ほどになるのでは。」
維心は、深いため息をついて頷く。
「駿のことのごたごたの隙に、里へ帰したのだと聞いておる。楽の宴の時、公明が何かを決意したような顔をしておったのが気に掛かっておったが、恐らくそれだろう。やはり血は争えぬのか、我がままが出て参っておったようで、公明が宮で楽を楽しむのを嫌がる千夜に、面倒になって三行半を突きつけたようであるな。それでも、あの後こちらへ筝などを千夜に教えてはもらえまいか、と打診が来たのだが、千夜本人が断って参って。公明も己で政務の間に教えようとしたらしいが、千夜は意地になっておったのかやらぬの一点張り、公明も愛想が尽きたようであった。そうなってから慌てて維月に千夜から教えて欲しいと連絡があったが、時既に遅し。公明は、有無を言わさず帰れと申し渡したらしい。とはいえ、高瑞とは違う母の兄弟であるし、直後は恨んで高瑞を罵倒する文が来ておったのもあった。宮からしても面倒を起こした王と妃の子であるから、歓迎されぬでな。こちらへ置いてもらうわけにはいかないかと維月に泣きついておったが、こちらはそんな筋ではないので。我が断らせた。結局、帰る場所といえば高瑞の宮しかないので、そこへ戻ったものの、離宮に置かれて放置されておるらしい。」
炎嘉は、ハアと維心と同じように息をついた。
「あれもせっかくに良い性質だと碧黎と主が戻した命だったのではないのか。ここで育てたので気立ても良かったのに。持って生まれたものというのは、やはり変わらぬのだろうか。不幸になるために生かしたのではないのにの。」
維心は、それに頷いた。
「我もそのように。出来れば皆が幸福に滞りなく生きて欲しいものよ。」
そんな事を話していると、急に地が、ブルブル、と振動した。
「…?!なんぞっ?!」
炎嘉が慌てて立ち上がって床を凝視する。
維心も眉を寄せてじっと何があっても対応できるようにと構えて立っていると、その振動は大きくなって、そして、スッと止んだ。
何だったのだと炎嘉を顔を見合わせた時、パアッと目の前に眩い光が立ち上り、そうしてそれが収まった時、そこに碧黎と、維月が並んで立っていた。




