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大混乱

彰炎の領地内は、大混乱になっていた。

獅子の領地内に居た、ありとあらゆる獅子達が、全て領地内へと逃れて流れ込んでいたからだ。

彰炎が結界を開いて皆を受け入れたせいなのだが、皆が皆気の枯渇寸前で体を悪くしていて、結界境の土地には多くの獅子が倒れていた。

それを、鳥、鷲、鷹の宮から治癒の者達が送られ、片っ端から気を補充して治療して回っていた。

軍神達は手分けしてその辺りに獅子の村を作るため、多くの幕屋を立てて回っている。

宇洲や王族だけは、そんな幕屋に入れる訳にも行かないので、彰炎の宮へと受け入れる事になったが、結界境の獅子の人数はと言えば10万は居て、とても誰が居て誰か居ないと判断することすら出来ない状態だった。

「王!幕屋の数が足りませぬ。匡儀様の宮からも応援を。このままでは多くの獅子が野ざらしで夜を過ごすことになってしまいまする。」

筆頭軍神の、毅沙(きさ)が王の居間へとやって来て必死に言う。その後ろでは、侍女達まで忙しく走り回っている状態だった。

「匡儀に知らせを。事の次第を知らせ、幕屋をあるだけ送ってもらうのだ。出来たら軍神も貸してくれたらありがたいと申せ。」

毅沙は、ホッとしたように頭を下げた。

「は!」

そして、さっさと出て行った。

それをただ茫然と見送っている宇洲に、彰炎は言った。

「宇洲、しっかりせぬか。呆けておる場合ではないぞ。今、炎嘉が許してくれるように交渉しに行っておるゆえ。気が戻るまで、己の一族を守ることだけを考えぬか。」

宇洲は、力なく彰炎を見た。その目は、もはやあちらへ攻め込むと息巻いていた面影は全く無い。

「すまぬ、彰炎よ。我は…なぜにあのように強く出ておったのか。まるで己では無いようよ。我だって気に入らぬ妃であったら娶っても放置しておったし…瑤子があれほどに出来るのに、どこが気に入らぬとか思うてしもうて。考えたら、あれらの父王だって我に同じことを申して来て、それでも気のない返事を返したりしておった。我は、己の所業を棚に上げて、あのように…その上、月にまで難癖をつけて。どう考えても、狂うておったとしか思えぬ。」

彰炎は、宇洲の背を叩きながら、慰めるように言った。

「分かったなら良いではないか。とりあえずは、もう同族の間で波風立てようとするでない。駿は確かに無礼だが、蒼も言うておった。あれも正妃にしてもおかしくなかった妃に出て行かれて動転しておったのだ。主だって、悠子が出て参ったら同じことになろうが。今は呆けてしもうて退位するとか言うて、皇子が困っておるらしい。ゆえにな、腹を割ってしっかり話し合うのだ。主から歩み寄ってやったら良いではないか。の?これが収まったら、そうせよ。我が間に入ってやるから。」

宇洲は、何度も頷いた。とはいえ、頭に入っているのか分からない。

彰炎がため息をついていると、次席の沙久が入って来た。

「王、炎嘉様が戻られました!」

彰炎は、それに飛びついた。

「おお!早いな、早うこれへ!」

そう言っている後ろから、炎嘉がのっそりと入って来て、呆れたように言った。

「何を焦っておるのだ。まあこの有様では仕方がないが。」

彰炎は、炎嘉を見てそれは嬉しそうな顔をした。炎嘉は、誠に弟のようよ、と思いながら、その隣りで表情を硬くしている宇洲に気付かぬふりをして、彰炎の前の椅子へと座った。

「しようがないではないか。今、匡儀に応援を頼んだところぞ。」

炎嘉は、頷く。

「月が言うておったわ。主の結界を開いて獅子達を受け入れておるそうな。」

宇洲が、更に体を硬くする。彰炎が、言った。

「月はこちらの様子を見ておるのだな。して、どうであった。」

炎嘉は、息をついた。

「まずは、別宮の妃達がそこに籠められたまま忘れられておる。確かに正妃を袋叩きにしたらしいから忘れておっても仕方がないが、あのままでは死ぬ。どうするのだ、良いのか?」

彰炎が、驚いた顔をして宇洲を見た。宇洲は、力なく言った。

「…あれらにもあれらの事情があったと思う。彰炎、すまぬがどこかにあれらを連れて来て、見張らせてくれぬか。」

彰炎は、急いで頷くと、まだ控えていた沙久に頷き掛けた。沙久は、彰炎に頭を下げて、慌ててそこを出て行く。

「…どういうことぞ。袋叩きと?そんなことがあったのか。」

宇洲は、頷いた。

「我を恨んでおるのだ。気が向いて迎えて後はほったらかしにしておった。主のように毎日一人ずつ順番に通うなどしておらぬ。悠子だけ居れば良いわけで、後は一時的に興味を持っただけぞ。そうしたら、妃達が結託して悠子が庭を散策しておる時に襲撃して。池に放り込まれた時に、紫貴が気付いて慌てて助け上げたのだ。」

彰炎は、困惑した顔をした。

「それにしても…あれらも生きておるからと我は毎日日替わりで通っておるが、主のやり方の方が神世には多いではないか。それでもそんなことが起こった例はないのに。宇洲の暴走といい…どうなっておるのだ。」

炎嘉は、彰炎を見た。

「まあ、これは地の問題での。簡単には解決せぬのだ。地から供給される気の勢いがここ数百年強過ぎて、皆が皆うまく自分の気持ちを制御出来ておらぬ。王にもなるような者ならば、精神的にも己を律しておるから先々を考えて問題ないが、下へ行くほどそれに翻弄されて己の感情のままに良くも悪くも勢いがついてしもうて事を起こす。普通に考えたら気が強いのは良い事であるのだが、ここのところは強過ぎたのだ。」と、段々に下を向いて行く宇洲を見た。「ゆえにの宇洲よ。主は気が緩んでおったのよ。我ら王族は本来、感情などに流されてはならぬと日々己を律しておるはずなのに。気の勢いに流されたとはいえ、王は判断を誤ってはならぬのだ。」

宇洲は、返す言葉も無いようで、下を向いたまま項垂れた。彰炎が、庇うように言った。

「だが、それなら地の気の勢いのせいなのだから、怒りは収めてくれたよの?獅子の土地に、気は戻してくれるのか。」

炎嘉は、ため息をついて首を振った。

「それが、気を絶ったのは宇洲が自分の気の勢いに流されて戦をしようとしておると、それを阻止しようとしてのことだった。戦というものを、地は大変に嫌うからの。だが、あまりにいろいろと影響が出ておるので、気の勢いを何とかしようと今、地に潜っておってこちらの呼びかけに答えぬのだ。主が戦をやめた事実も、まだ知らぬとみて良いだろう。蒼はもう怒ってはおらぬが、そんなわけでしばらくは気が復活せぬ。それがどのぐらいの時になるのか、我も分からぬのだ。だが、そもそも宇洲が感情に流されて戦だとうのと言い出さなんだら、こんなことにはならなんだのだぞ?地の気のせいではないわ。匡儀だって維心と諍いを起こす寸前であったが、己で回避したではないか。宇洲にはそれが出来なんだだけであろうが。気のせいにするでないわ。」

言われて見たらそうだった。彰炎は、バツが悪そうな顔をした。

「それはそうだが…宇洲は本来、そこまで強権的な男ではないのだ。こうして反省もしておるし、地には早う戻してもらえるように、連絡を取れるように努力してくれぬか。あのままではあの地の全ての命が生き残れぬのだ。我の領地に動物までも流れ込んで来ておる状態ぞ。あの辺りは人は少ないが、あれらが育てておる食物も育たたぬだろうし気に掛かる。これは神だけの事では無いのだ。」

炎嘉は、真面目な顔で頷いた。

「その通りよ。その地の運命はその地を収める王が決めるのだ。宇洲が己の感情を抑えられなんだばかりに、あの地は枯渇しようとしておるのよ。我も引き続き地とは話す努力はするが、宇洲もここに置いてもらっておる間に、少し己の事を省みたら良いと思うぞ。妃の事にしても、通わぬなら少しスッキリさせた方が良いかもな。我も前世で妃を21人持っておったが、全てに日替わりで通っておった。彰炎と同じよ。別に特別に気に入った女も居らなんだからではあるが、あれらにも心があるからの。今生、一人も妃は居らぬぞ?通うのが面倒であったからの。主もそれぐらいの覚悟を持って妃を持てば良い。あちらの島では皆、とっくにそうしておる。ま、駿はあれであるが。」

彰炎は、気遣うような目を宇洲に向けたが、何も言わなかった。彰炎は世話好きで人情味が厚いので、妃達の事も、あれだけ居るのにしっかり考えているからだ。

宇洲は、項垂れていたが、顔を上げた。

「分かった。我もしっかり考える事にする。あれらも心がある。それが、此度の事でよう分かった。あれらがしたことは許される事では無いが、それでも我だって同じような事をしておったのだろう。父王の元へ返すことも考えるわ。」

炎嘉も彰炎もそれに頷き、そうして空を見上げた。そろそろ日が傾いて来ている。そうしたら月が、空に現れるのだ。

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