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炎嘉は、鳥の宮から呼び寄せた軍神達百ほどと共に、北西の大陸へと渡った。

まずは彰炎だと宮へ訪ねると、彰炎は飛んで出て来た。

「炎嘉、来てくれたのか。このように早くとは思うておらなんだが助かった。あれは我の話など聞かぬのだ。どうしたのか、やたらと血の気の多い事ばかり申して。やたらと蒼にこだわっておったゆえ、あれが来てとりなしてくれたら少しはマシだと思うたのだが…。」

炎嘉は、彰炎に首を振った。

「ならぬ。あれがなぜに蒼、蒼と申すか分かるか。あの宮へ行った事があるやつなら皆が思う事ぞ。」

彰炎は、目を丸くした。

「月の宮か?確かに瑤子が預けられておった時に、行ったと聞いた。まさに聞いておった通りの桃源郷だと申しておったが、宇洲は月の宮へなど攻め込もうとしてはおらなんだぞ?」

炎嘉は、また首を振った。

「違う。月の宮を手に回そうなどという輩は居らぬわ。ではなくて、瑤子ぞ。あれが蒼にのぼせておって、あの宮に滞在したいと申したから、宇洲はあの宮に瑤子を娶らせようと思うておるのよ。そうしたら、月ともしっかりと繋がりが出来ようし、愛娘は桃源郷で過ごすことが出来よう。関係のない蒼が仲を取り持とうとしたのをこれ幸いと、あれに責任を取らせようとしておるのだ。蒼は穏やかな性質であるから、駿へ攻め入って戦になるぐらいなら、己が娶ろうと言い出すだろうと踏んでおる。我らにそれが見えぬと思うてか。蒼にそのような犠牲を払わせることは出来ぬわ。」

彰炎は、ただただ驚いて言った。

「え…確かに蒼は穏やかで守ってやりたくなるような王であったが…宇洲がそんなことを?」

炎嘉は、頷く。

「まず間違いない。事情を知っておる者があちらから見たら一目瞭然ぞ。ただ、蒼にはそんな駆け引きなど分からぬから我らが行くなと止めておらねばまんまと来ておったであろうがな。」

彰炎は、茫然とそれを聞いた。そんな、姑息なことをするようなヤツではなかったのに。

「…まさか宇洲がそんなことを。あやつはそんな性質ではなかったのに。怒るのは分かるのだ、瑤子をあれほどに可愛がっておって、それをあのように扱われたのだから。だが、それだけであれほど怒って攻め込もうなどおかしかろうが。誠に…困ったもの。」

炎嘉は、まだ到着口に立ったままだったが、踵を返した。

「参るぞ、彰炎。蒼は絶対に来ぬが、事は切迫しておっての。宇洲に早う攻めたりせぬと言わせねば、あの領地内の神達が犠牲になるやもしれぬ。」

彰炎は、慌てて炎嘉について浮き上がりながら、言った。

「犠牲?向こうから攻め込もうとしておると言うか。」

炎嘉は、険しい顔で彰炎を見た。

「そんな甘い事ではないわ。宇洲も月を甘く見たらどうなるのか思い知ることになろうぞ。」

彰炎は意味が分からなかったが、飛び立って行く炎嘉について飛んだ。

宇洲の領地は、このすぐ隣りなのだ。


宇洲は、またイライラと歩き回っていた。

彰炎に攻め込むつもりだと軍の準備をし始めたら、あれが向こうに知らせて蒼が慌ててやって来ると思ったのだが、月の宮からは全く先触れが来ない。

軍を準備させているのを知って、筆頭重臣の李空が幾分顔色の悪い様子でその足元で膝をついて、必死に言っていた。

「王、今はそれどころではありませぬ!あちらの獅子のやり方は確かに腹が立つことではありますが、攻め込むなどあちらの龍王が許すはずもなく、もし出て来られたら、こちらは多大な犠牲を余儀なくされまする!ここは一度退かれて、様子を見てくださいませ!今、奥がどんな様なのか、王はご理解なさっておるのですか!」

宇洲は、キッと李空を睨んだ。分かっている。そもそもこれは示威行為だと申すに。

「…あちらに折れるようにこちらが本気だと見せておるだけぞ。誠に攻め込もうとしておるわけではないわ。それより、妃達は抑えたのか。」

李空は、少し息を切らせながら、下を向いた。

「それが…悠子様を何とかお隠しするより他、ございませなんだ。このままでは、奥が崩壊してしまいまする。あれらは、命を懸けておりますゆえ。王が己らを切っても良いとまで思うて、ああして不満を誇示しておるのでございます。」

宇洲には妃が15人居るが、全て小さな宮の皇女を、少し気に入ったからと、その宮の面倒を見るのと引き換えに、娶った者達だった。

もちろん、そんな気軽に迎えた妃達だったので、最初少し通った後は、基本奥の外れにある別の棟にまとめて入れられてあった。

正妃の悠子はそれは大切にし、子も多く成し、同じ奥宮に住まわせているのだが、他はそんなわけで、娶るだけ娶って放置している状態だったのだ。

時々気が向いたらその中の誰かの部屋へと行くが、夜通し居ることも無く、事を終えるとさっさと奥宮へと引き上げて行った。

そんな扱いをされていた、妃達の不満が今、爆発している状態だった。

14人全てが、たった一人の正妃である悠子を狙い、激しく攻撃して殺そうとする勢いで襲って来たのだ。

悠子は、いつもと変わりなくおっとりと庭を散策していたのだが、それを狙って一斉に別宮から妃達が出て来て、殴る蹴るの暴行を加えた上、髪を掴んで引きずり回し、庭の池へと放り込んだ。

悠子は気取った軍神達に助け出されたが、何分王の妃のやった事で、しかも数が多いので触れる事も出来ない立場の軍神達は、何とか別宮に皆、押し込む事で事を収めた。

それぞれが、皆皇女であるので、斬り捨てるとしたら王でなければならないが、宇洲はそれも面倒でまだ、別宮をほったらかしにしていた。

軍神達が警備して、外へ出て来られないようにしているのだが、侍女達は抜け道なども熟知しており、妃達脇をすり抜けさせて出て来ては悠子を狙うのだ。

たまらず悠子を奥でも誰も知らぬような部屋へと籠めて隠し、何とかやり過ごしている状態だった。

悠子は、全身に傷を負い、それは治癒の神が何とか直したが、心の傷はかなりのものだった。

しかし、生憎宇洲は今、駿の事にいっぱいいっぱいで、そんな悠子を見舞う事もしていないのだ。

…これほど、激しい神ではなかったのに。

李空は、思った。妃は大切にしてはいなかったが、正妃だけは大切にしていた。

こんなことがあったら、宇洲も心を痛めて傍に詰めていてもおかしくはない様だった。

それが、急にあのような状態になって、全く話を聞いてもくれない。

それでも、李空はこの宮を何とかせねばと、必死に顔を上げた。

「王、せめて悠子様を見舞って差し上げてくださいませ。このままでは、誠に…」

宇洲は、フンと横を向いた。

「今はそれどころではないわ!」

宇洲がそこを出て行こうとすると、李空の返答がない。

イラっとして振り返ると、李空は、その場に突っ伏して、身動きしなかった。

「…李空?」宇洲は、傍へ寄って顔を覗き込む。「何をしておるのだ。」

李空は、真っ青な顔をして、薄っすらと目を開いていた。だが、立ち上がることも出来ないようだ。

「李空?」と声を上げた。「治癒の神!参れ!」

そういえば、何やら息苦しいような気がする。

李空は、絶え絶えの声で、言った。

「気の補充が…出来ぬのでございます。先ほどから…申し訳…。」

気の補充…。

宇洲は、ハッとした。言われてみれば、先ほどからの息苦しさは、もしかして気の補充が出来ぬからか。

「王!」筆頭軍神の、紫貴が駆け込んで来た。「治癒の神が宮の赤子と老いた者が大挙して詰めかけておると…!皆、気が枯渇しようとしておって、己で気を補充出来ぬと!しかし、治癒の者達も地から気を吸い上げられず、それらに気を分けることが出来ぬと…!」

どういうことだ。

宇洲は、何が起こっているのか分からず、バタバタと倒れ始める臣下達に、どうしたらいいのか分からなかった。

「王!」

別の軍神が駆け込んで来る。

今度はなんだ。

宇洲が振り返ると、その軍神は言った。

「彰炎様と炎嘉様が只今結界外に…!」

「炎嘉?!」

こんな時に。

宇洲は思った。蒼が来ずに炎嘉が来た。あちらの龍王の傍らにいつも控える、あの面倒な鳥の王が。

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