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それからも時は問題なく過ぎて行き、西の島南西の宮では、綾の一周忌が執り行われた。

それは、内々にしめやかに行われ、どこの宮からの参列することはなかった。

喪が明けたので、衣も通常のものに変えられて、宮は通常通りに動き出した。

だが、翠明は未だに立ち直れておらず、政務はもっぱら紫翠を中心に執り行われているようだった。

徐々に戻っては来ているようだったが、翠明の悲しみは深く、まだ会合にも出て来てはいなかった。

あれから、維月も紫翠と顔を合わせる事があっても、口を利く事はなく、あちらも会釈をするだけに留めていた。

紫翠は賢い皇子のようで、維心がイライラするようなことは基本、しなかった。


そんな折り、椿は紫翠を通して、駿に話し合いの日取りを伝えて来た。

約束通りに綾の一周忌が終わるのを待っていた駿は、その日、夜明けと共に西の島へと渡った。

南西の宮では、椿が紫翠と共に駿を出迎えた。

久しぶりに見る椿の姿に、駿は嬉々として歩み寄ろうとしたが、その場には紫翠も居て、椿の前に進み出た。

「駿殿。お話は我も聞きたいと思うておりまする。こちらへ。」

椿は、何も言わない。

だが、紫翠が立ち会うということは、色好い返事ではないということだ。

駿は、それでも希望を失う事なく、黙って頷くと、紫翠に言われるままに応接間へと歩いて行った。


応接間では、紫翠と綾が並んで座り、駿にはその正面の椅子を勧められた。

駿がそこへ座ると、紫翠が言った。

「では、何やらお話がおありになるとか。お聞き致しましょう。」

まるで龍王のように美しい紫翠は、無表情で居るとそれなりの迫力がある。

駿は、負けじと口を開いた。

「…突然に椿を迎え取られて、こちらとしてはただ戸惑うばかりであった。確かに我が上手く後宮を見られなかったせいなのだが、あのように一方的では我も納得が行かぬゆえ、こうして宮へ戻ってもらうために、話に参ったのだ。我としては、実家に里帰りした妃を迎えに来た心地なのだが。」

紫翠が口を開こうとしたが、椿が横から言った。

「我はもう、終わった事だと考えておりまする。もうとっくに妃ではないと思うておるので、駿様がおっしゃる事はおかしな事かと思いまする。我は、物ではありませぬゆえ。あの折りの仕打ちは、さすがに忘れる事など出来ませぬ。」

椿は、やはりハッキリとものを言う。

駿は、食い下がった。

「確かに我が主を意味もなく疑ったのは良くなかったと思う。だが、離縁しようなどと一言も申しておらぬ。我は半信半疑で、しっかり精査しようと思うておった。その前に主が調べさせたゆえ、ああして発覚したことであるが、我はそれでも主をどこか信じておったのだ。共に宮を守って作り上げたではないか。そう簡単に切れる縁ではないはずぞ。」

椿は、首を振った。

「あの頃、お通いも間遠でありました。瑤子様がいらしてから、我をお呼びになったことがありましたか?我から居間へ参ってお話しなければ、駿様は接してくださらなかったではありませんか。その上、瑤子様と話す場を作ってほしいと申しても、のらりくらりとかわしておられた。だからこそ、事の発覚が遅れて、お子のお命を失う事にもなってしもうた。我が話しに参ると嫌な顔をなさっておられたのに、我はそれでも上手くやろうと努力しておりました。その上にあのようなお疑いをかけられて、今さらに何を申されておるのかと思いまするわ。」

駿は、下を向いた。確かにあの時は、美しい瑤子に逆上せ上がり、全く椿を顧みなかった。椿が不機嫌に話すのが疎ましく感じられ、穏やかな瑤子とばかり過ごしていた。

それでも椿は、上手くやろうとしていたのに、侍女の話を間に受けて、それを避けてしまった。椿が怒るのも、道理なのだ。

「我が悪かったと思うておる。」駿は、言った。「主が怒るのも無理はない。だが、機嫌を直してくれぬか。これからはそのような事はないと約す。瑤子も通う事がないので、あれでは哀れだと里へ帰す事も考えておる。また、元通りに子達と過ごして行かぬか。」

椿は、それを聞いて大きく肩でため息をついた。

「…そうではありませぬ。そもそももう、怒ってなどおりませぬわ。あなた様はもう、我には関係のないかた。何をされても怒りも何も、そんな感情は浮かびませぬの。もう、我の中では終わったことで、興味のない事なのです。」

駿は、椿が辛辣なのは知っていたが、ここまでハッキリと言い切られるとは思っていなかった。

もう、何の感情も無いと申すか。

「…誰か、他に居るということか?」

椿は、また息をついた。そして、隣りで黙って聞いている、紫翠を見た。

「お兄様、少し、我と駿様の二人にしてくださいませ。」

紫翠は、眉を寄せた。

「良いのか?」

椿は、頷く。

「はい。このままでは話が進みませぬから。」

紫翠は、少し駿を見たが、椿が言うのだから仕方がない。

立ち上がって、言った。

「…では、我はこれで。」

そうして、紫翠は出て行った。

それを見送ってから、椿はじっと駿を睨むように見たかと思うと、言った。

「駿様、己が何を申しておるのか分かっておられるのですか。さすがに兄の前では言えぬと出て行ってもらいましたわ。この際ですからハッキリ申しますけれど、我は、今後何がありましても元に戻る事などありませぬ。そんな感情は、もうとっくにございませぬから。夫婦喧嘩で里へ帰った程度に思われておるのやも知れませぬが、違いまする。我にはあなた様に、何の感情もございませぬ。父からもハッキリと離縁だと申し入れておったかと思いますわ。謝ったら許すとでも思われたのですか。駿様は、新しい妃に夢中でいらして回りが見えておられなかったのでしょう。それを、古くから居って見飽きた我が、居らぬようになったら寂しくなられてそのように追い縋って来られて。ハッキリ申しまして、迷惑ですわ。鬱陶しいことこの上ないのですから。」

駿は、ショックを受けてうろたえた。ここまで言われるとは思っていなかった。

「我が鬱陶しいとっ?」

椿は、ハッキリと頷いた。

「はい。他に誰か居るとか居ないとか、あなた様には関係ありませぬ。お知りになりたいのなら申しますが、居りませぬ。もしかして箔炎様とか思うていらっしゃるかもしれませぬが、あちらは落ち着いていらして我に色よいことなど何も仰いませぬし、母があのようであってそれどころでありませんでした。あなた様は、己の気持ちばかりを押し付けられて。残された瑤子様の事も、ほったらかしであられるのでしょう。あれほど寵愛しておったのに、勝手なこと。こちらへも母が具合が悪かったのに文やら来訪やら、全くこちらを気遣う様子もありませんでした。どうして我が、また心を戻すなど思われたのですか。それとも、戻すのではなく無くなったと思うてもおられなかったのですか。良い機会であるから申しますが、我はもうあなた様の下で過ごしたいとは欠片も思いませぬ。どうぞ今から、瑤子様との関係を構築して、幸福にすることを考えてくださいませ。」

駿は、ここまで徹底的に嫌われているとは思わなかった。

言われてみたら、勝手なのだ。椿の言うことは、いちいち的を射ていて、ぐうの音も出ない。言い返すにも、間違っていないので言い返すことが出来なかった。

つまりは、椿は完全にこちらに愛想を尽かしていて、話し合いで戻るとか、そんなレベルのことではなかったのだ。駿がひたすらに自分勝手だと恨み、そして帰った後も鬱陶しいと疎み、今は愛情など全く無いということなのだ。

「…謝っても、許してくれぬということか。」

椿は、それには首を振った。

「いいえ。もう、我には怒る権利もございませぬわ。先ほども申したように、誠にもう、興味もない事ですの。駿様、我はもう、死んだものと思うてくださいませ。そして、残っておられる瑤子様と向き合ってくださいませ。娶ったからには、あのかたにも幸福に生きる権利がございます。最初だけ可愛がって飽きたら通わぬなど、誠に殿方の勝手であるかと。我はもう、そういう事に巻き込まれるのは面倒でありますの。このまま老いが来なくとも、当分は嫁ぐつもりも全くありませぬわ。」

駿は、椿の様子にもう、終わっていたのだと痛感した。椿は、こちらを面倒に感じているのだろう。駿を見る目は、以前のような愛情にこもった目では、もう無かった。どこか見ず知らずの他神を見るような、そんな目の色だった。

「我は愚かであった。」駿は、項垂れて呟くように言った。「取り返しのつかぬことをしてしもうた。後悔しても、もう取り返すことは叶わぬ。」

椿は、それに答えなかった。駿のそれは、己に言い聞かせて居るようだったからだ。

それから、駿は黙って西の島南西の宮を出て、獅子の宮へと帰って行ったのだった。

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