嫉妬
維心がフラフラになって飲み過ぎたと部屋に戻っても、維月は居なかった。
途端にまたどすんと落ち込んだ維心だったが、見上げた月では、何やら十六夜と維月の二人が寝ているような平坦な感じを受けた。
…十六夜と話したのだろうか。
維心は、思った。
確かに、一人になりたいと言っているのに、無理に側に居ようとしたのはまずかった。恐らく維月は、十六夜と話したかったのだ。いつでも維月は、何かあると十六夜と話す。それが維心の事なら、確かに自分が側に居るのは邪魔だろう。
炎嘉にも散々言われて、それは維心も理解した。
だが、ケンカをした時に離れていたくなかったのだ。話し合って分かって欲しかった。ただ、それだけだったのだ。
そう考えて、維心はふと、駿のことを思い出した。
恐らく駿もそうなのだ。
後から来た箔炎が、もう駿とは個人的には話はせぬと言っていた。どうやら椿に話し合うように箔炎が説得して、渡りを付けたのに、葬儀に出席した箔炎に、椿を狙っているのかと詰め寄られたからのようだ。
その時は皆が駿が悪いと言っていたし、自分もそう思った。だが、駿も同じなのだ。椿を失いたくないばかりに、全てに疑心暗鬼になっている。
確かに箔炎は、椿が良いなら考えても良い、という考えのようだったので、駿の懸念は取り越し苦労ではない。
それでも、せっかく話せるようにと話をつけて来てくれた箔炎に、言う事ではなかっただろう。
…あれも回りが見えなくなっておるか。
維心は、駿に同情した。椿の前世を知っている自分としては、恐らく否と言って出て行った限り、椿はもう戻らない。
それでも僅かな望みに掛けて必死な駿に、維心は自分の姿を見るようだった。
維心は、そのままその夜は眠れずに月を見上げて過ごしたのだった。
次の日の朝、維月はすんなりと帰って来た。
明け方、月を見上げていたら、光の玉が真っ直ぐに降りて来て、維月が庭に実体化した。
維心が駆け寄る事も出来ずに居ると、維月はずんずんと歩いて来て、居間の窓を開いて入って来た。
何を言われるのかとおののいている維心に、維月は言った。
「あの、維心様の懸念は分かりましたわ。」いきなり、維月は本題から言う。「これからは紫翠に話し掛けないように致します。ですけれど維心様、一人になりたいと言うておる時は一人にしてくださいませ。でないと私は、月に帰らねばならなくなりまする。大層に見えますけれど、ただ十六夜と話したかっただけなのですわ。もし、あの時許してくださっておったなら、部屋で十六夜と話してほんの一時間ほどでこうして話しておれました。昨日も共に休めておりましたでしょう。私にも、少し一人の時間を戴きたい時があるのですわ。」
維月は、一騎に言ってハアハアと息をついた。維心は、何度も頷いて言った。
「すまぬ。昨夜炎嘉にも散々言われたのだ。あれらは見ておったからの。これからは無理に一緒に居ろうとはせぬから。主の考える時間を与える。ゆえ、もう怒るでない。」
維月は、まだ昨日の宴の後の衣装のまま立っていたが、怪訝な顔をした。
「誠に?維心様はすぐに忘れてしまわれるのですわ。」
維心は、また頷いた。
「約す。ゆえに機嫌を直さぬか。」
維月は、じっと維心を見ていたが、スッと手を出して寄ってきた。維心は慌ててその手を掴むと、自分に引き寄せて抱き締めた。
「誠に…肝を冷やすわ。我が悪かった。十六夜はなんと?」
維月は、おとなしく維心に抱かれながら、答えた。
「維心様の気持ちは分かると。紫翠の前世の事があるからですわ。でも、時間をくださらないのはダメだと。私もそのように。」
維心は、十六夜に感謝した。あれが分かってくれていて助かった。
「ならばこれで良いの。これからは我も強くは出ぬから。」
そうして、まだ二人共昨日の着物のままだったので、部屋着に着替えた。
会合の後、宮に残っていた者達が飛び立って行くのを感じながら、維心はやっと、ホッとして椅子へと座った。
維月は、自分も着替えてスッキリした後、維心の隣へと腰かけた。
「昨夜は、炎嘉様とお話ししでしたの?」
維心は、維月の肩を抱きながら答える。
「昨夜は他に焔、志心、箔炎と飲んでおった。箔炎が駿に怒っておってな…もう、個人的には駿とは話さぬと言うておった。」
維月は、目を丸くした。
「何かおありになったのですか?」
維心は、駿の気持ちがわかるので、強く言うことも出来ないな、と思いながら、言った。
「箔炎が蒼に頼まれて、椿と駿が話せるようにと話をつけて来たらしいのだ。綾の一周忌が終わったらと、椿が言うたので、それを駿に伝えたら、あれは箔炎を疑って来たらしい。己も婚姻が決まっておった椿を横からかすめ取ってその結果箔翔が激怒して、箔炎はそれを殺さねばならなんだであろう?それでも、箔炎はそう椿に執着しておらならんだから、普通に接して参ったのに、今更何を言うておる、と怒っておるのだ。言われてみたら、箔炎からはそう感じよう。炎嘉も焔も、駿はあまりにもしつこいと…」
そこで、維心は黙った。自分の姿がそれに重なって、言葉を続けられなかったのだ。
維月は、維心のそんな様子に気付かず、ため息をついた。
「確かに、最初は少し気の毒なと思いましたものですが、そのような事でありましたら箔炎様のお気持ちも分かりますわ。あれほどに難儀して椿を娶り、穏やかにしておりましたのに。誠殿方とは、幸福にしておったらそれに退屈になって来るものなのでしょうか。失ってから後悔しても遅いと、私は何百年も前から申しておりますのに。己から突き放して置いて、出て参ったら追い縋ってしつこいなど、考えただけでも鬱陶しい限りですわ。」
相変わらず、維月はズバズバと思った事を言う。特に、十六夜と話して来た後などは、遠慮がない状態になっているので本当に包み隠さず思っている事を口にするのだ。
つまり、維月は駿が鬱陶しいと思っているのだろう。
「…しつこく追い縋るのは、鬱陶しいか。」
維月は、ハッとした。そうだった、維心に話しているのに、思った事を思ったように言ってしまうと、維心は気にすることがあるのに。
「…あの、相手が嫌がっておるのにしつこいのは、鬱陶しいのではないかと思いましたの。維心様だってその気のない女が毎日毎日、維心様にお目通りしたいと宮へ押しかけて来たり、文を寄越したりしたらどうお思いですか?」
維心は、言われて考えた。
…鬱陶しいこと、この上ない。
「…主の言う通りよ。」維心は、息をついた。「そうであるな。我も主にしつこく申すのはやめねばと思うわ。月に帰るはずよ。」
維月は、急いで首を振った。
「維心様は私の夫であるのですから、ある程度ならそこまでは無いのですわ。ただ、あのような時には少し、部屋で一人にして頂きたいというだけですの。鬱陶しいなどと思うてはおらぬので、お気になさらず。」
維心は、頷きながらも複雑な顔をした。
「気を付ける。」と、駿の事に話題を戻した。「だが、駿の気持ちも分かるゆえ、早う椿も話してやって、しっかり気持ちを切ってやった方が良いと思う。今は、中途半端なのだ。話し合えば復縁できるかもと、恐らく希望があるからあのようであって、どうあっても駄目だと引導を渡されたら、仕方がないのであるからあきらめようし。それで、元の駿に戻ってくれたら何よりなのだがな。」
維月は、それには頷いた。
「はい。とはいえ、前世が母でありますから…きっと、今頃あっけらかんと己の先を考えておるのではないでしょうか。もちろん、綾様の事は、悲しんでおるのだと思いますけれど。」
維心は、頷いてため息をついた。
「誠にな。それにしても…」と、窓の外を見上げた。「碧黎があれから顔を見せぬのが気に掛かる。何を忙しくしておるのだろうの。」
維月は、そういえば、と思った。だいたい、呼べばすぐに来るのだが、あの時のように維月が悲しんでいる時などは、復活するまで傍に居たりするのに、あの時は忙しいと言って、維心に任せて去って行った。
そのまま、結構経つのだが様子を見にも来ない。
維月は、また何か水面下で厄介な事が起こっているのではないかと、心配になって来た。




