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仲違い

「あーあ」維心が、窓枠から空を見上げて茫然としていると、後ろから炎嘉の声がした。「またか主は。あのな、言い過ぎなのだ。それに、しつこい。一人で考えたいと申しておるのに己も行くとか申して、後を追うから維月は主が鬱陶しくて月へ帰ったのよ。一人になりたい時は、一人にしてやらぬか。でなければ、この宮の中で主と離れることが出来ぬではないか。鬱陶しがられたら二度と傍に寄らせてもらえぬぞ?ほんに困った男よな。」

維心は、炎嘉を振り返った。焔も、志心もその隣りに並んで困ったように見ている。

「…紫翠と話すなと言うただけであるのに。」

焔は、頷いた。

「分かっておる。だが、己の妃を理解しておるか?あの維月であるぞ?二人きりで話しておったならこの限りでないが、我らもこうして見ておる中での、移動中の雑談ではないか。それを禁じると申したら、いくら何でもあれは怒る。そもそもその前に炎嘉が維月に機嫌はどうよと聞いておった時には何も言わなんだくせに、紫翠の時だけ目くじら立ておって。それは怒るわ。」

志心も困ったように頷いた。

「神経質になり過ぎなのだ、維心。庭ででも隠れて会っておったならそのように憤れば良いではないか。今の維月は目も赤くなかったし、落ち着いておったのに、紫翠とどうにかなると思うたのか。」

維心は、首を振った。

「なってからでは遅いではないか。あれが前世何であったか話したであろうが。闇であるぞ?善良だったとはいえ、結局最後は維月を取り込んでしまい、十六夜と共に維月を黄泉へと連れ去った張本人なのだ。我が警戒してもおかしくはあるまい。」

炎嘉は、維心の肩を叩いた。

「気持ちは分かる。だが、あれも新しい生を生きておって、ああして立派に皇子をしておる。今生は闇ではない。維月に惹かれるかどうかは我にだって分からぬが、そんなもの維月が相手をせねば済むことであろう。ちょっと話したぐらいで、ごちゃごちゃ注意されたらあれも、うるさいわ!となるわ。とはいえ…」と、維心の肩を抱いて、引っ張った。「今夜は維月が帰って来ぬだろう。我らと飲もうぞ。焔が酒を持って来たと申しておるから。今、志心を誘って参ったところなのだ。箔炎も、用を済ませたら参ると申しておった。主も参れ。」

維心は、恨めし気に炎嘉を見た。

「…そんな気分ではない。」

焔が、炎嘉の反対側から維心を挟んだ。

「そんな気分なのだ、主は!飲んで愚痴っておったら忘れるゆえ。さ、参ろう!果物の酒を漬けさせたのだ。燐が維織にと作っておったのを、少し分けてもらって来た。飲もうぞ。」

維心は、うんと言っていないのにズルズルと引きずられるように炎嘉の控えの間へと連れて行かれる。

志心はその後ろをついて歩きながら、月を振り返った。

月には、二人の気配があった。


その頃、箔炎は駿に会いに行っていた。

椿と話して、時を作ると言われせたからだ。

そして、今はそれどころでないので、綾の一周忌が終わった頃に、時を取りたいと言っている、と伝えて欲しい、と葬儀の時に椿から言われた。

箔炎は、自分が中継ぎなどしたくなかったのだが、それが出来るのは今、自分しかいない。

なので、仕方なくこの会合の時を選んで、ついでに駿に伝えに来たのだ。

「葬儀は内々と聞いておったのに。」駿は、伝言を伝えた箔炎に言った。「主は行ったのか。」

箔炎は、面倒なヤツよの、と思いながら、答えた。

「翠明に綾が好きだった曲を弾いてくれと言われたからの。確かに内々の式であって、外から来ていたのは龍の維明、鳥の炎月、鷲の烙、白虎の志夕。そして鷹の我。主だって騮を来させておったではないか?」

駿は、頷く。

「王の参列は遠慮すると申すからぞ。皆、そのように皇子を参列させると言うし、仕方なく騮をやった。なのに、主だけ行ったというから…。」

箔炎は、答えた。

「我には皇子が居らぬしな。居るのは弟の箔真だけ。それに、我の筝の演奏が必要だった。だから参った。そこで、椿から主へと伝言を預かって参ったのではないか。不満があるなら断って参る。」

駿は慌てて首を振った。

「良い!分かった、すまぬ。どうしても、主が椿を狙っておるのだと思えてならぬのよ。」

箔炎は、女々しい奴だと思いながら、言った。

「…のう駿よ、我が娶ると決めておった女を横取りしたのは主であったな。あれで、我が父が激昂し、我はあれを殺さねばならなんだ。そうやって収めたのではないのか?ま、我はあの頃あまりあれに執着もなかったし、別に争ってまで良いと思うたから黙っておっただけのこと。そんな面倒な思いをしてまで娶ったくせに、主はどうしたのだ?瑤子を娶ってしばらくは古女房と疎んじて、新しい若い女にうつつを抜かしておったのではないのか?そして、嫌がらせはその古女房のせいだと思うておったのではないのか?出て行ってから知っても遅いものよ。その上、数百年前の繋がりを引っ張り出して、我がちょっと南西の宮に行き来したなら文句を申す。勝手なことよな。」と、くるりと踵を返した。「我は主とは合わぬわ。これを限りとしようぞ。主とは個人的には話はせぬ。いい加減にするが良い。」

箔炎は、そう言い捨てるとさっさと駿の部屋を後にした。

獅子は嫌いではなかったし、前までの駿ならいくらでも付き合って行けたが、今の駿だけは我慢がならぬ。

箔炎は、嫌いな男まで接して生きなくても良いわ、と思って、炎嘉たちが酒を飲んでいるだろう、控えの間へと向かったのだった。


その頃、月では維月と十六夜が話していた。

《う、なんでぇいきなり!こら押すなっての!》

十六夜が言うのに、維月はグイグイと押した。

《ちょっと態度大きいわよ十六夜。ちょっと戻ってなかったら私の場所まで来てるじゃないの。ほら、ここが線よ、こっちからこっちが私!》

十六夜は、ゆっくりしていただけなのに、と命を横へとずらした。

《分かってらあ。元々境界なんてねぇだろうが。お前のが小さいんだからちょっと寄れっての。》と、上手く命の具合を直してから、やっと固定位置を見つけて、ホッと収まった。《…で?喧嘩かよ。最近じゃ珍しいな。》

維月はぷんすかと怒って言った。

《別に帰って来るつもりなんてなかったのよ。部屋であなたに話して落ち着こうと思っただけなのに、ついて来るって聞かないし。一人にしてくれって言ってるのに、駄々こねてついて来るっていうんだもの。もう戻って来るしかないなって思って。ここならついて来れないから。》

十六夜は、答えた。

《マジか。あいつストーカーだよな。好きな時はいいけど、めんどくさくなったら鬱陶しくて仕方がねぇぞ。どうすんだよ、いいのか、それで。》

維月は、ため息をついた。

《好きだからいいけど、確かに嫌いになったらヤバいタイプのかたかもね。私はね、冷静になって一人で考えようって思っただけのなのよ。十六夜とは同じ体の一心同体だから、考える時は話すんだけどね。維心様が居たら、それが出来ないし一人にして欲しいのよね。》

十六夜は、うんうんと聞いた。

《オレ達は同じ考え方だから楽なんだけどさ。ところで実際、何があって一人になって考えようって思ったんでぇ?あいつが鬱陶しいから一人にしてくれって言ったのか?》

維月は、それには苦笑して首を振った。

《まさか。それならとっくにあの宮には居ないわよ。そうじゃなくて、紫翠のこと。あの子、とっても大きくなって凛々しくて美しいでしょう?綾様にそっくりなんだもの。珍しい紫色の瞳だし。みんなで宴をしていた大広間から、客間へと移動する途中の回廊で、話しかけられて。私が答えておったら、割り込んで来て話すなって言うんだもの。一方的で腹が立っちゃった。》

十六夜は、複雑な声で答えた。

《まあなあ維心の気持ちも分からんでもないんだよな。紫翠は前世が闇だしよぉ、お前を好きだったらあの容姿だしヤバいんじゃねぇかとか、あいつなら心配になるんだよ。でも、最近は上手くやってたんだろ?ケンカもねぇし。》

維月は、頷く。

《そうなの。この前話したばかりなのよ。嘉韻とも今は話すだけだし、十六夜とは家族で時々しかイチャイチャしてないし、未だに毎晩触れて来るのは維心様だけなんだって。》

十六夜は呆れたように言った。

《あいつ今でも毎晩なのか。オレなんか心が繋がってるから別にどっちでもいいんだけど。もういい歳してんのに落ち着けって言いたいね。》

維月は、それには困ったように言った。

《別にね、それはいいの。維心様の価値観じゃ、それが重要なんだと思うから。でも、私だって誰でもいいわけじゃないのに。信じてくださったなあって思ってたら、これ。それは陰の月の事があるから、心配になるのも分かるんだけど。相手は闇の転生した子だもの。》

十六夜は、淡々と答えた。

《じゃあ、お前も分かってるわけだな。あいつがなんであいつにだけ神経質になるのか。》

維月は、渋々頷いた。

《…そうね。分かってるわ。》

十六夜も、頷いた。

《だったらいいんじゃねぇの?安心させてやれば落ち着くさ。だったら別に帰って来なくても良かったんじゃねぇか。》

維月は、それには怒って言った。

《だから帰って来るつもりはなかったの!部屋であなたと話して落ち着きたいだけだったのに、あのかたがそれを許してくれないから!》

十六夜は、なだめるように言った。

《ヘーヘー分かったよ。だったらしばらくここに居な。確かにあいつはストーカーだからな。ちょっとそれを自覚するべきだろ。一人になりたい時は放って置いてくれってさ。だから月に帰らなきゃならなかっただろうって切れてやれ。》

維月は、ブスッとして横を向いた。

《…もう寝る。今晩はここに居るわ。十六夜、もうちょっとこっち来て。》

十六夜は、呆れて言った。

《今態度デカいって言って押したんじゃねぇのかよ。》と、維月の命を包んだ。《分かった分かった、もう寝な。お前、小さい頃と全然変わってねぇな。》

維月は、もう眠りに入ろうとしながら、答えた。

《十六夜は許してくれるもん。おやすみ。大好き。》

十六夜は、呆れて笑った。

《困ったやつだ。おやすみ、維月。》

そうして、十六夜も寝ようと意識を閉じた。

二人は月で、泥のように眠っていた。

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