宴席にて
必要以上に神妙な顔をした維心と維月は、中央の席に座った。
臣下達が寄って来て他の王達の決められた席へと案内する間、二人は視線を交わすことも無く、じっと前を向いて座っていた。
維心のすぐ隣りには炎嘉が座り、その隣りに焔、箔炎、蒼、そして反対側の隣りには匡儀、志心、駿、翠明、公明と弧を描いて並んで座った。
中央の維心からは、弧を描くことで全員の顔が見えるのだ。
その維心がひたすらに神妙な顔をしているので、自然、皆も黙って視線を床に向ける。全員が大広間に落ち着くまでの間、まるでお通夜のような雰囲気で、維心の後ろに座る維月も居た堪れなかった。自分が維心に気を放ったばかりに、十六夜のことが気になって、お互いに愛情を感じてしまわないようにと構えてしまって仕方がないのだ。
ここで面倒を起こしてはいけない。
維月は、ひたすらに扇でしっかり顔を隠して、ただじっと目を伏せて時が経つのを待った。
すると、どうしてあの催しの後にこんな雰囲気になるのか分からない臣下が、おずおずと寄って来て維心の前で膝をついて頭を下げた。
「王、皆様お揃いでございます。」
維心は頷いて、立ち上がった。
「本日は我が氏子の舞いを観覧に参ってもらってご苦労であった。あれらが献じて参った酒と、それが終われば我が龍達の酒も出すゆえ、心行くまで楽しんでもらいたい。」
そうして、スッと座ると、皆が維心に頭を下げて、そうして酒瓶があちこちで持ち上げられるのが見える。
維心の隣りの炎嘉がつんつんと酒瓶で袖を突いた。
「そら、もう良いから。言い過ぎた。そのように硬くならずで良いと申すのに。」
維心は、炎嘉に盃を差し出しながら、むっつりと答えた。
「…別にあれを気にしておるのではないわ。こちらにもこちらの事情というものがあるのだ。」
炎嘉は、怪訝な顔をした。
「事情?主らはしょっちゅう問題を抱えておるの。我を頼るなよ、そうそう助けてやれるわけではないゆえ。」
維心は、注がれた酒に口を付けた。
「主に頼ってどうにかなる事ならとっくに言うておるわ。」
そんな維心達の会話を前に、維月はふうと息をついた。先ほどから、綾の視線を向こうから感じるし、椿もこちらを見ているようだ。何より維月が声を掛けねば誰も話しかけては来られないのだから、このまま黙っていたければ黙っていられるのだが、生憎皆とは友なので、そんな薄情なことは出来ない。
なので、維月は扇をずらしてそちらを見た。
「皆様にも、人が献上して参った果実酒を持って来させておりまする。去年もございましたの。とても口当たりの良いものなので、妃の皆様にはこちらをご用意させました。どうぞ召し上がってみてくださいませ。」
小さなグラスに、梅酒と氷を入れて準備させてあるのだ。
毎回、滝から流れ落ちる水を使って酒を醸造していた人なのだが、ここ数年は敷地に植えた梅の木が育って来て、そこから取れる梅を使って梅酒を漬けて、それも献上してくれるようになった。
全部維心の結界内で育ったもので作った物なので、また良い味がした。
去年は維心が驚くほど、毎日毎日、維月はほとんど一人で飲んでしまったぐらいだったのだ。
それを見た臣下達が、そんなに好きなのかと慌てて宮でも梅酒を漬けるようになり、宮では今、梅酒には困っていなかった。
「大変に良い香りですわ。」何しろ、何かを味わうのが大好きな綾が大喜びで目を輝かせて小さなグラスを持ち上げた。「酒はやめておったのですけれど、此度は飲むのを王にお許し頂いて。とても楽しみにしておりましたの。」
事前に、これこれこのような物が出る、と各宮には通達されていて、要らないものがあれば連絡してもらっていたので、綾は梅酒が出るのを知っていたのだ。
毎回、綾はこの宮で出される珍しい飲み物や食べ物が好きで待ちかねているのを知っている維月は、微笑んで侍女に頷き掛けた。
侍女は、頭を下げて下がって行った。
「肴も準備させてありまする。本日は魚介を使ったものを申しつけてありますので、お楽しみくださいませ。今、持って参りますわ。」
椿も、梅酒にそっと口を付けた。そして、目を輝かせて言った。
「まあ…!良い香りで甘くて飲みやすいこと。このようなものは初めてですわ。人とは器用なものですわね。」
維月は、微笑んだ。
「実は我が宮でも維心様がこれを作るのをお許し下さって、醸造の龍が酒と共に浸けてくれておりますの。お帰りの折りには、お持ち帰りくださいませ。準備させておきまする。」
それを聞いた後ろの侍女の一人が、スッと頭を下げて下がって行く。恐らく、準備を指示しに行ったのだろう。
目の前には、イカを焼いた物や、貝を蒸した物など珍しい物が並び始める。
妃達はそれを楽しみながら、王の後ろで話に花を咲かせた。
一方、皇子皇女達はといえば、今回は宮の地位など関係なく交流出来るようにと、隣の東中広間に集められていた。
成人している者には酒、そうでない者には果実の汁を搾って作った飲み物が置かれ、それを飲みながらの歓談だったのだが、とはいえ仕切るのは、やはり龍の第一皇子である、維明だった。
「本日は無礼講と、父からこのようなご配慮を賜った。主らも構えることなく、楽しんでもらえればと思う。」
維明の言葉に、皆が頭を下げる。
とはいえ、父王から離されて皆、緊張気味で動きは固かった。
特に皇女達は、いつもなら完全に分けられている席なのに、今日は宮ごとに座っていて皇子達が近いので、かなり緊張していた。
夕貴は維斗にすっかり気を許していたので、隣の維斗に緊張感もなく穏やかだったが、弓維に至っては完全に扇を上げてしまっていて、そのまま人形のように固まってしまっていた。
維明は、苦笑して弓維に話し掛けた。
「弓維、それでは交流も出来まいが。少しは慣れねばならぬぞ。」
弓維は、目元だけ扇を下げて出し、維明を見て、答えた。
「はい、お兄様。」
しかし、それで回りの状況が見えてしまい、何しろ絶世の美女と謳われる容姿なので、皇子達の視線をもろに浴びているのを知ってしまい、驚いてまた、慌てて扇を上げてしまった。
維斗が、見かねて言った。
「ならば夕貴殿と話せばどうか?」維斗は、夕貴を見た。「妹の話し相手をしてやってはもらえぬか。」
夕貴は、美しく頷いた。
「もちろんですわ。弓維様、同族であるのですから、どうぞおよろしくね。」
弓維は、ホッとしたようにまた扇を下げて、そこは躾けられていて完璧な所作でそれは美しく夕貴に頭を下げた。
「はい、夕貴様。こちらこそよろしくお願い申し上げます。」
ほう、というため息があちこちで一斉に上がる。
弓維は、何かいけなかったのかしら、と、下を向いてしまった。
維明がチラと黎貴を見ると、黎貴は顔をほんのり赤くさせて慌てて酒を口にしていた。
…弓維は好印象のようよ。
維明は思ったが、見た目や所作だけではすぐに飽きられる。もっと弓維自身を知ってもらわねばと思った。
「…そうよな、弓維は酒も飲めぬし退屈やもの。主ら、少し庭にでも出て参ったらどうか?」と、黎貴を見た。「主も。維斗に案内させようぞ。夕貴殿と共に、弓維を連れ出してやってくれぬか。これはあちこちの皇子にこれ程見られる事に慣れぬのだ。」
黎貴は、驚いた顔をした。維斗は、維明が弓維と黎貴に話をさせようと思っているのを気取り、頷いた。
「ならば我が案内を。兄上には、お一人でこちらをお任せしてしまいまするが。」
維明は、頷く。
「慣れておる。行って参れ。」
そう言われてしまっては、黎貴に断る事など出来ない。
ぎこちなく立ち上がると、維斗が夕貴の手を取ってしまったので、おずおずと弓維に手を差し出し、弓維はそれに驚いたような顔をしたが、顔を赤くしながらその手を取って、そうしてそこを出て行ったのだった。
後には、残念そうな皇子達のため息が聴こえて来るばかりだった。