会合にて
高瑞からの結納を受け取り、正式に弓維が高瑞の正妃となることが神世に公表された。
ホッと安心したのもつかの間、今度は式の日取りで臣下達がバタバタとしている中、今回の会合は志心の白虎の宮で行われることになった。
その日、誓心にこちらの会合とはどんなものか見たい、と言われて、今回は誓心も白虎の宮に来ている。
志心と誓心は本当に仲が良くて、まるで兄弟か親子のように信頼関係を築いているようだった。
「あれらは仲が良いの。主と彰炎ぐらいか。」
維心が言うと、炎嘉が何やらむっつりとした顔をして、小声で言った。
「彰炎と我も確かに兄弟かというほど信頼関係があるが、あっちは違う。」
維心は、炎嘉の顔を見て、ハッと何かに気付き、宴の間に話しながら入って行く二人の背を見送りながら、炎嘉に同じように小声で、言った。
「…まさか、そうなのか?」
炎嘉は、頷く。
「そう。あっちも両刀で、誓心の方が志心に惚れておる。だからあれが志心に攻め込むとか絶対にあり得ぬ。」
維心は、そういう関係もあったか、と目を開かれる思いで言った。
「誠か。まあ…それはそれで良かったのやもしれぬが。」
炎嘉は、神妙な顔で頷いた。
「我もそのように。志心が、別に愛情云々よりも、あちらが良いならそれで良いかと思うて、と申しておった。何しろ、誓心は蒼も好みのようだったし、蒼は両刀ではないゆえ戸惑うだろうと受けることにしたらしいからの。どうも我らのように強い感じより、優し気な男が好きなようであるな。」
維心は、黙って頷いた。好みでないなら良かった。
宴の席へと座ると、志心が気を利かせたのか維心の隣りは高瑞だった。反対側の隣りは、炎嘉だ。
それはいつもの事だった。
その炎嘉の隣りに焔、そして箔炎、翠明という並び順になっており、反対側はというと、高瑞の隣りに志心、誓心、蒼、駿という感じだ。
…志心は、今の世の流れをよう見て考えて席を設えさせておるな。
そういう気遣いが、志心の良いところだった。
何しろ、問題の駿と箔炎は遠く離しているし、翠明の事も駿とは離れた位置にし、駿の近くに一番駿に同情的な蒼をやっている。
駿が箔炎や翠明に何か話そうとしても、遠い上に間に居る維心や炎嘉、焔などが邪魔をして上手く回せるだろうと考えられた席だったからだ。
宴開始の志心の言葉の後、最初黙って酒を口にしていた皆だったが、炎嘉が口火を切った。
「…それにしても、高瑞は大金星であるな。弓維は当代一の皇女よ。この維心の皇女であるからの。てっきり降嫁させるものだと思うておったのに、高瑞とはな。」
維心は、隣りで頷いた。
「何より弓維がどうしても高瑞が良いようだしの。維月の茶会で会ったらしく、それから文をやり取りをしておったようよ。高瑞なら歳も釣り合うし、宮の格も釣り合う。跡取りの問題も、これの弟が居るから他に子が出来ずとも問題ないし、行かせることにしたのだ。」
焔が、何度も頷いた。
「弓維は目が高いの。これは若いのによう出来るヤツだと思うておったところだったのだ。正妃になれば安泰ぞ。我にも皇女が居ったら行かせたいと思うたわ。」
こちらに座る、誓心が言った。
「だが、匡儀の皇子の黎貴はかなり意気消沈しておったようで。匡儀が案じて誰か居ったら紹介してくれぬかと、我も宮にも打診して参ったわ。とはいえ、我にも最後の妃を亡くしてから妃は居らぬし当然皇女も居らぬ。なので彰炎の所からもらったらどうかと話しておったところよ。」
志心は、横で苦笑した。
「弓維の後となると無理やもしれぬな。あれは維心に似てそれは美しい皇女であるから。そうよ、維心、もう一人ぐらい皇女を作ってやれば良いのよ。100ぐらいになったら嫁がせるから待てと申して。」
維心は、杯を口へと持って行くところだったが、それを止めて、顔をしかめた。
「作っても良いが皇子やもしれぬのに。維月もそんな理由では要らぬと怒らせそうで申せぬわ。あちらもいくらなんでも百年も待たぬだろうて。」
炎嘉は、頷いた。
「ゆえにあちらでは宇洲に打診が行っておるらしいわ。こうなったら大々的に茶会でも開くかという話になっておるらしい。こちらにも、目ぼしい皇子皇女が居ったら参加して欲しいと言うておった。会合が終わったらあちこち声を掛けようと思うておったところよ。」
誓心が、驚いた顔をした。
「そのような事を言うておったのか。我には何も無かったのは、第二皇子の河心が280で良い歳であるが、妃が既に五人居るからか。第一皇子は妃が居らぬが300だしの。」
焔が、呆れた顔をした。
「誠にあちらは妃が多いな。そんなに娶っておってそちらは大丈夫なのか。こちらではとっくに面倒だと気付いて、王達は婚姻に慎重になっておるのに。」
ぴく、と駿が杯を持つ手を止める。
維心は、また余計な事をと思ったが、何も言わずに状況を見た。
すると、何も知らない誓心が答えた。
「うちはそう、乱れることも無い。あれが気に入っておる妃は確かに居るし、それに通うことが多いが、妃達は皆得に問題なく世話しておるから、通わぬでも文句など言えぬしな。こちらはそうでは無いのか。あちらは実家の世話のために娶ることが多いのだがの。」
それには、炎嘉が答えた。
「確かにこちらもそういう婚姻もまだあるが、しかしひと昔前に、片っ端から娶るということが無くなって来た。上位の宮ばかりの負担になるし、何よりそうやって望まれぬ婚姻で娶られた妃に対する扱いに対して、少し意見があっての。」と、維心を見た。「こやつの妃がこの島では一番高位の女だが、それが女の権利に殊の外うるさい奴でな。それの影響もあって、娶ったからにはきちんとその妃を想って世話をしろというのが、段々にこちらの世に浸透して参っておるのだ。」
維心は、維月の事が出たので、仕方なく口を開いた。
「確かに維月は、そのように申す。あれの価値観はそれであるからの。我も分かっておるから、維月しか妃を持っておらぬ。他は要らぬというのもあるが、あれが娶るなら全て平等にと申すし、そもそも他の妃を許してくれぬからの。我は他の妃も、あれと同じだけ大切になど出来ぬ。だから娶らぬ。」
炎嘉は、頷いた。
「これがこんな風だから、皆が皆、妃をぞんざいに扱ったら龍王から何を言われるかと思うて、全てを平等に扱う努力をしておる。それはかなり面倒な事であるし、実際出来ぬ。そんなわけで、こちらではこの数百年で、多く妃を娶る王が少なくなっておるのだ。」
「それだけでは無いがの。」焔が、ブスッとして言った。「後宮が乱れて己が妃すら扱えぬと言われるのが面倒で、娶らぬのもある。やはり余程の覚悟があってから娶った方が己も努力するし、相手も幸福であろう。そんな女が居れば、我だって娶っておるわ。」
翠明が黙ってそれを聞いている。
誓心は、感心したように言った。
「ほう。こちらはまた、意識が違うということか。ならば彰炎や宇洲のように、多くの妃が居るのは時代遅れという事であるな。確かに主らの言うように、望まれて娶られたのではない妃達は皆、不遇な様ぞ。生涯生活に困る事は無いが、生涯王以外の男を許されることが無いのに、王の訪れも無いと言う禁欲的な生活を強いられるのだ。あれらにも、心があろうにな。ようよう肝に銘じておくわ。」
蒼は、駿を気遣うような顔をした。あの怒りの文からこの方、蒼は駿を気遣って、いろいろやり取りをしているようだ。つまりは、この中で駿の心持を一番理解しているのは、恐らく蒼だろうと思われた。
翠明が、言った。
「その…我らの島では、こちらとの交流が始まるまでは皆、妃が多かったものだが、こちらの価値観が入って来て今では我でも妃は一人。だが、あれも先月から病づいておって…もう、そろそろやもと覚悟しておる。」
維心が、初めて聞くことに驚いてそちらを見た。翠明は、老いが止まっているので自分達と変わらぬ姿だったが、確かに綾は老いて来ていた。
「…そんなに悪いか。」
焔の方が、維心より先に言った。翠明は、頷いた。
「病と申すより、老いがという様子。本日も、宴に少し顔を出したら、退出させてもらおうかと思うておったところよ。椿が付きっ切りで居てくれるので、我もこうして出て来ておるが、治癒の神達の様子を見ても…そう長くはあるまい。」
炎嘉が、慌てたように言った。
「ならばもう帰れば良い。我らに気遣いは無用ぞ。主はあれ一人をずっと大切にして参ったではないか。心に重い事ぞ。」
翠明は、下を向いた。
「確かに…今、話を聞いておって思うたのだ。確かに一人を大切にするのも良いのだが、我らのように寿命が長い神となると、その一人を先に亡くす悲しみを、癒す場もなく耐えねばならぬなと。もう一人ぐらいおったら、少しは慰めにもなったやもしれぬのに、ことこうなってみると、今更誰かを娶るなど考えられぬ。勝手な事であるが、心が重うて仕方が無くての。」
維心は、維月を先に亡くすなど考えたくもなかった。前世、それで生き地獄を味わった。だが、維月は月。本来不死なのだ。維心が死ぬ時は維月も一緒に来ると約している。だからこそ、耐えられる。
だが、翠明にはそれが無い。二度と会えぬかもしれないと思いながら、愛しい女を見送らねばならないのだ。
その気持ちが痛いほどわかって、維心は言った。
「…帰ってやるが良い。維月も知らぬから驚くであろう。知らせておくゆえ。」
翠明は、黙って下を向いたまま頷くと、そのまま、杯を置いてそこを、出て行った。
翠明の悲しみが痛いほどわかって、維心は心が痛むのを感じた。




