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真実は

維月は、龍の宮へと帰って来ていた。

維心は、帰ってすぐに謁見が込んでいると言われて出て行ったので、今は王の居間に一人きりだった。

今頃は、瑤子は月の宮へ入ったのだろうか。

維月は、瑤子を案じていた。綾が、椿を諫めてくれたいいが、それで聞いてくれるだろうか。何しろ、椿はあの母なのだ。あの気性の激しさは、父だって難儀していたはず。

維月は、ふと思い立って、言った。

「お父様。」

すると、目の前にパッと碧黎が出て来た。維月は、その顔を見てホッとして、いつものように抱き着いた。

「お父様…案じてならないのですわ。」

碧黎は、維月がそれ以上何も言わないのに、察してポンポンと維月の背を叩いた。

「母の性質は知っておろうが。そのように案じるでない。」

維月は、碧黎の胸から顔を上げて、訴えた。

「知っておるからこそ案じるのですわ。お父様も、困っておられたではありませんか。」

碧黎は、維月を抱いたまま椅子へと座り、フッと息をついた。

「そうであるな。しかしの、あれは最後には少し、狂うておったのだ。本来、あれはああではない。主の方によう似ておった。潔うてな…さっぱりしておった。曲がったことは、本来嫌いであった。己の幸福に貪欲であったが、(ほか)を不幸にしてまでとは考えはしなかった。よう考えよ、元が地なのだぞ?あれは大きい。恐らく、転生してもそこは同じであろう。なので、主はそこを信じよ。育てた母の動きを覚えておろう。それを思い出すのだ。最後の方は、むきになって酷かったので、難しいやもしれぬがの。」

維月は、縋るような目で碧黎を見上げた。

「誠に?信じても良いのでしょうか。お父様にも、愛想を尽かされてしもうたのに?」

碧黎は、苦笑して維月を抱きしめた。

「それは我を瀬利に襲わせたりしたからぞ。箔炎を取り戻そうと必死であったからの。ま、あれは終わったことよ。あれは全く覚えておらぬ。あれの本来の善良な部分を信じよ。」

維月は、父の青い瞳を見つめて、頷いた。

「…はい。私はお父様を信じておりますから。お父様がそうおっしゃるなら。」

碧黎は、微笑んで維月の頭を撫でた。

「良い子よ。それで良い。」

どこまでも大きな、愛する地。私の父…。

維月は、その命に包まれて、やっと安心してホッと肩の力を抜いた。

碧黎は、しばらくそうして黙って維月を抱いていてくれた。


…だから親子に見えぬのだというに。

維心は、居間へと帰って来てそれを見て思った。

碧黎は、ホッとして眠り込んでしまった維月を抱いたまま、椅子に座って維心を見上げていた。

「主が何を思うておるのか分かるぞ。だが、我は維月と体は繋いでおらぬからの。約したことは違えぬわ。」

維心は、慎重に頷いた。

「分かっておる。主の性質はの。」と、維月を見た。「奥へ連れて参るか。」

碧黎は、言われて維月をそっとその椅子へと寝かせた。

「…すぐ起きるわ。安心しただけよ。これはあちこち気を回して疲れるのだ。まあ…何事も、見た目だけで決めるでないぞ。ようよう調べてみるが良いということよ。」と、そっと維月の頭を撫でた。「これの母親であるからな。曲がりなりにも。」

維心は、眠る維月を見た。言われてみたら、前世陽蘭はとてもさっぱりとしていて、維月を極端にしたような性質だった。碧黎も、維月を作る時、陽蘭しか女型を知らなかったので、それに似せて作ったと言っていて、姿もとても良く似ていた。今生、転生した椿はほんのりと前世の姿に似ているものの、前世ほど維月に似てはいないが、それでも中身はあの陽蘭。転生前、かなり我がままで狂っていたようだったものの、それまでは幸福を追い求める、愛されたいと願う、大きく包み込むような、そんな命だった。

「…信じよと申すか。命の力を?」

碧黎は、二ッと笑って頷いた。

「その通りよ。これは信じたぞ?我をの。」

維心は、顔をしかめた。分かっているが、素直にハイと言いたくない気分だ。

碧黎は、それを察したように笑うと、浮き上がった。

「素直なヤツよ。ではの。」

そう言うと、パッと消えて行った。

維心は、何でも見て知っている碧黎が、維月に根拠のないことを言わないと思ったので、案外に信じていいのかもしれない、と、それを見て思った。


駿は、月の宮へ瑤子を送って行き、連絡を受けてその通りに、侍女達は獅子の宮へと戻された。

その間は、椿付きに戻るようにと駿から言われたそれらは、嬉々として椿のもとへと参上した。

頭を下げて並ぶ侍女達に、椿は言った。

「…母から聞きました。あちらでは大変な事があったようね。」

椿は、皆を見下ろして言う。

実はこの直前、やって来た綾から、まず、瑤子の胡弓を聞きたいと言うた事に断れたと答えたのはなぜか、と問われたのだ。

椿は、眉を寄せて答えた。

「…聞きたいとおっしゃったのですか?いつでありますか。」

綾は、同じように眉を寄せた。

「龍の宮での前練習の前の事よ。あなたに何度も問い合わせたでしょう。」

椿は、ますます眉を寄せた。

「…文でしょうか。」

綾は、何度も頷いた。

「そうよ。あなたも忙しい時期だとかで、侍女の代筆で返事が来ておったわ。」椿が険しい顔をしているのに、綾はふと、顔色を変えた。「…知らぬの?」

椿は、頷く。

「そもそも我はいくら忙しくとも、お母様への文は己で書きますわ。これまで代筆なとさせたことはありませぬでしょう。」

綾は、驚いた顔をして、目を見開いた。

「それは…あの、前練習の時の事は?瑤子様がお加減がお悪いと。」

椿は頷く。

「侍女に我も母が来るなら供に行きたいので、楽は嗜まないけれどいかがでしょうと問い合わせさせましたの。そうしたら、瑤子様にはお加減がお悪いので辞退致しますとお返事が。それが何かありましたの?」

綾は、驚愕したように固まった。椿は、怪訝な顔で続けた。

「それよりお母様、あちらで瑤子様が襲撃されたと聞きました。犯人は分かりましたの?」

綾は、ハッとした顔で首を振った。

「いえ…お父様も分からぬらしいの一点張りで。何でも侍女達が倒れ、瑤子様は逃げようとして足を踏み外して庭に落ちてしまい、三条という侍女だけが無事で瑤子様のお側で泣いておったとか。鳥の宮の侍女と名乗る女に近道だと誘導されてそちらへ参ったようで。」

椿は、険しい顔で言った。

「なぜに三条だけが無事であったのですか。我の侍女達も、北などに何もないのは知っておるはず。黙ってついて参るとはおかしなこと。」

言われて、綾は混乱した。椿が何か知っておるのではないの?

「あなたは…何も、知らぬのですか。」

椿は、首を振った。

「我はこちらで十七弦の手習いをしておりましたわ。我が何を知ると…」言ってから、椿はさらに険しい顔をした。「…もしかして、我がそのような卑怯な事を謀ったと…?」

そう思われても、おかしくはない。

椿は、思った。

思えば最初から、おかしいと思ったのだ。あちらがこちらを良く思っていないのは知っている。侍女から聞くのは、こちらの悪口ばかりだからだ。

しかし、椿は母から教わって知っていた。母は、女は穏やかな者が勝つと常に言っていた。これほどの規模の宮に嫁いで、他に妃が来ないのは無理な事だった。なので、椿は覚悟していた。その時には、必ず上手くやってみせると。

しかし、あちらがこちらの打診にも出て来ないので、どうしようもなかったのだ。

なので、毎日イライラとしてしまい、つい駿に当たる事もあった。

だが、椿はとにかく交流したら、こちらの事も分かってもらえ、そうして上手く回るのだと思っていたのだ。

それが、もしかしたら内から面倒なことになっていたのでは。

「…あれらに聞きまする。」椿は、まるで軍神のような鋭い目で、言った。「我が知らぬ所で何かが起こっておるのは事実。何としてもこれを解決致します。」

綾は、思ってもいない事にただ、頷いた。

そうして椿は、帰って来た侍女達の前に立ったのだ。

椿は、侍女達の答えを待った。

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