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懸念

次の日の朝、十六夜が言っていた通り、瑤子が何者かに襲撃を受け、腹の子が助からなかった事実を炎嘉から知らされた。

炎嘉は、あのまま治癒の対へと行っていたらしく、一部始終を見ていたらしい。

三条はただただ号泣し、我がお守りできなかったと己を責めていたという。

どうやら、皆が倒れてしまった後、逃げなければと戻ろうとしたのだが、倒れた侍女達が邪魔になって立ち往生し、何とか隙間を縫って行こうとした時に、瑤子が足を取られて庭へと転がり落ちたようだった。

瑤子は、あちこち擦り傷を受けていたものの、命に別状はない。だが、腹を子を守り切れなかったことをひたすらに駿に詫びていて、心の傷は相当のもののようだった。

「…顔にも腕にも擦り傷があったが、それは我が鳥が綺麗に消した。それから…」と、炎嘉は維心の前で暗い顔で言った。「右足首にもの。」

維心は、それを聞いて怪訝な顔をした。

「…あれの着物は維月と同じで、かなりの重装備であったよな。顔や腕は分かるが、足?」

炎嘉は、重々しく頷く。

「それも、右の足首の内側。我には、爪痕に見えたわ。」

維心は、眉を寄せて言った。

「…掴まれたか。」

炎嘉は息をついて、頷かずに答えた。

「証拠がない。三条も動転しておって詳しく見ておらぬし覚えてもおらぬ。瑤子も同じよ。何も見えぬのに皆が倒れてどうしたら良いか分からず、ただ逃げようとして、転げ落ちたということらしい。せっかくの宴に水を差しおって…腹が立つわ。」

炎嘉は、息をついた。後宮の乱ればかりはその宮の王が何とかするしかない。だが、駿はまだ椿だとは思いたくないようで、確かに維心も炎嘉も椿が指示したと断言はできなかった。

椿に心酔している侍女が、勝手にやったということも考えられるからだ。

「…蒼が、どうやら十六夜から聞いておったらしゅうて、朝治癒の対へと訪ねて参った。駿も昨日はそこに一晩中詰めておったのだが、蒼がもし良ければ、療養に月の宮に預かっても良いと申しておったわ。ゆえ、駿もどうしようかと迷うておったが、我が行かせよと進言した。駿は、渋々了承しておった。あれも椿を疑いとうないのもだが、瑤子を側から離すのも嫌なようでな。それほど気に入っておるなら守ることを先に考えよと申すに。己が不甲斐ないくせに。」

炎嘉は、憤っているようだ。維心も、そこは月の宮へ喜んで行かせるべきだろうと炎嘉に同意だった。瑤子が無傷であったなら分かるが、腹の子まで亡くしているのだ。

駿は、まだ妃に関しては未熟なのだと維心は思った。

「…宇洲は何と言っておる。」

炎嘉は、また息をついた。

「あれは我にこの宮はどうなっておるのだと憤っておったわ。とりあえずは謝罪したがの。何しろ、騮が瑤子と同じ母の第二皇女、騅が第三皇女を娶ろうと言うておるようで。瑤子がそんな目に合っておる宮へ、宇洲も次々に皇女を嫁がせようなどと考えぬだろう。ゆえ、我も黙っておるより無かったのだ。駿に聞いてみたら、どうやら騮と騅が、椿の仕打ちを見ておって、数で対抗しようとそうすることにしたそうな。姉妹が来れば、心強かろうとの。」

維心は、面倒そうに言った。

「皇子に気を遣わせるとはどういうことよ。駿もしっかりせねばならぬわ。して、あれらは帰ったのか。」

炎嘉は、椅子の背にもたれ掛かって頷いた。

「見送ってからこちらへ参った。彰炎と誓心が宇洲をなだめておったわ。匡儀はこちらへ挨拶に参ったのだろう?」

維心は、頷く。

「もう帰ると申して。昨夜のことは何も知らなんだらしいわ。前の日の晩、寝て居らなんだ上に酒が入ったゆえ、部屋へ帰った途端に死んだように寝ておったそうな。何やら朝からバタバタしておって、彰炎に訳を聞いて驚いたらしい。あれも呑気なものよ。」

炎嘉は、さすがにそれを聞いてクックと声を漏らした。

「あれを警戒しておったこっちが愚かなようではないか。誠に同族と言うて主は違うことよ。最初に会うた時には似ておると思うたものだが、中身は全く似ておらぬ。」

維心は、むっつりと炎嘉を睨んだ。

「育ちが違うからの。」と、ポンと肘掛けを叩いて立ち上がった。「さあ、我も帰るわ。維月が案じておったから、状況を聞いてから帰ろうと思うたのよ。しかし、駿は蒼に瑤子を預けるのだろう?ならば問題ない。」

炎嘉も、それに合わせて立ち上がる。

「何やら翠明が、朝から綾にそれを話したらしく、綾が血相変えて獅子の宮へ参る、と聞かぬと困っておった。行きたいなら行かせてやれと言うたから、帰りに寄っておるのではないかの。駿はまだ居るが、恐らく瑤子を送って蒼と一緒に月の宮へ参ると思うから、綾が椿に何か話そうと言うのなら、ちょうど良いのではないか。」

維心は、頷いて奥へと歩きながら、言った。

「そうか。ならば良い。」

すると、そこへ侍女が入って来て頭を下げた。

「龍王様。高瑞様が、お話があるので、お時間を戴けないかとのことでございますが。」

炎嘉と維心が、顔を見合わせる。高瑞?

「…これへ。」

侍女は、下がって行った。

炎嘉は、顔をしかめた。

「なぜに高瑞か。何かあったか?」

維心は、首を傾げる。

「いや、特に個人的に…」と、ふと思った。そういえば、弓維の事の打診をまだ受けていない。あるとしたらそれか。「…いや、分かった。後で話すわ。とりあえず、主は戻れ。」

炎嘉は、追い出す勢いの維心に、ぷうと頬を膨らませた。

「我の宮だと申すに。好き勝手しおって、全く。」

そう言いながらも、邪魔をしてはと思うのか、急いでそこを出て行く。

維心は、奥へと声を掛けた。

「維月!出て参れ、高瑞が来ると申しておるぞ。」

もう、帰る支度をして待っていた維月が、奥の扉から飛んで出て来た。

「ええ?!今ですの?!ええっと、弓維も呼んでおきますかしら。帰る前だからとか何とか言って…。」

維心は、そわそわとする維月に、苦笑して手を差し出した。

「良い。構えるでない。知っておるのかとあちらも構えようが。弓維は、あちらが申したら呼んだら良いから。」

そんなことを言っていると、弓維が奥の別の続き間の方から、こちらへ出て来て二人に頭を下げた。

維心は、驚いて弓維を見た。

「弓維?まだ帰らぬぞ。」

弓維は、顔を上げて頷いた。

「はい、お父様。あの、我はこちらに居った方が良いかと思いまして、出て参りました。」

…話し合っておるのか。

維心も維月も、そう思った。高瑞は、このタイミングで維心に言いに来ると弓維に話してあるのだ。

なので、維心は頷いた。

「では、そちらに座るが良い。」

弓維は、がちがちに緊張していて、いつもの優雅な動きではなく、カチコチの動きで脇の椅子へと腰かけた。

バレると申すに。

維心は思ったが、そんな様も初々しいので、黙っていた。

そこへ、侍女の声が告げた。

「高瑞様、お越しでございます。」

そうして、扉は開かれ、きっちりと正装に身を包んだ、高瑞が入って来て、維心の前で頭を下げた。

…お若いけれど、とても凛々しくて落ち着いていらっしゃること。

維月は、それを見ながらそう思った。昨日の筝の音といい、優しく穏やかな包み込むような性質であるのは、維月にも感じ取れた。

これならば、弓維も安心して傍に居られるはず。

維月は、そう思って見ていた。

維心が、隣りで言った。

「高瑞。どうしたのだ、改まって。何か相談か?」

高瑞は、頭を上げて、頷いた。

「は。誠に急な事で不躾ではありますが、まずは我の事を、お話したいと思うております。」

そこからか。

維心も維月も、もう知っているとは言えず、きちんと筋を通して自分の生い立ちから話そうとする高瑞に感心しながらも、黙って頷いた。

弓維は、ひたすらに心配そうにそれを見守っていた。

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