桟敷下
そこは滝の上で、岩場になっていてあちこちに草が生い茂る、足場の悪い場所だった。
それでも桟敷を建てるため、軍神達が辺りの草を凪ぎ払ったので、これでも減った方だった。
この桟敷は、催しが終わればさっさと分解される。
というのも、これも人が神のために設置している物で、人には神は見えないが、それでもここに神が居ると信じて舞いを奉じているのだ。
なので、神の方は、少しでも人が難儀しないようにと、事前にこの辺りをスッキリさせておいてやるのだ。
白木の良い匂いがして、維斗は人が建てる建物は案外好きだった。
その下で警備に当たっている、帝羽が驚いたように維斗を見た。
「維斗様。このような足場の悪い場所へ、どうなさいましたか。」
維斗は、苦笑した。
「舞いをもっと近くでと思うての。」と、夕貴を見た。「夕貴殿、落ちてはならぬので、我から離れずに。」
夕貴は、緊張気味に頷く。この足場の悪さにというよりも、帝羽に対して緊張しているようだった。
「では、いくらかましな場所がございますので。」帝羽は、維斗を促した。「あちら。大岩が一枚岩になっておるので。」
維斗は頷いた。
「良い、主は任務を続けよ。」と、夕貴を見た。「あちらへ参ろう。足元は平気か?」
夕貴は、頷いた。
「はい。我はもとより野山を駆け回って育ちましたので、それはお気遣いなく。」
見ると、案外に足腰が強いようでこんな場所でも安定して立っている。上位の宮の皇女にしては珍しい様だ。
これなら落ちそうになっても己で気を使って立て直そうな。
維斗はほっとしながら、夕貴を連れて慎重に岩場を降りた。
言われた場所は、パッと視界が開けて、それは良く下の舞台が見えた。
このすぐ上が、恐らく上位の王達が座る最前列の席のはずだ。
頭上に父や匡儀、その他王達の気を感じて維斗は落ち着かなかったが、夕貴は顔を輝かせて下を見た。
「まあ…!本当によう見えますこと。ありがとうございます、維斗様。」
夕貴は、それは嬉しそうに微笑んで維斗を見た。
扇も降りていてまともに見たその顔は、気取りのない笑顔で、しかも母の維月に感じがよく似ていた。
思わず頷き返した維斗だったが、まるで母に対しているような、そんな気安さを感じて、構えることもなかった。
「そら、次の舞いが始まる。」維斗は、落とさぬようにしっかりと手を握ったまま、下を示した。「毎年三つの舞いを奉じておるのだ。楽しめば良いぞ。」
夕貴は頷いて、ジーッとそれを見つめた。その顔は全く気取りもなく、無邪気で好感が持てた。
これなら…娶っても上手くやれるやもしれぬ。
維斗は、そう思った。妹とも違う、母に似た様。思えば維斗は、母のような女神を探していたのかも知れない、と思った。こちらも構える事もなく、自然に話をすることが出来る、心安い女神。
それから維斗は、舞いを眺めながらその説明をしたり、装束の話をしたりと夕貴と話しながら、心が温かくなるような、そんな気がした。