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本音

二人は、月の光の下、花の無い庭を歩いていた。

維月が来る前は、自分の宮もこんな感じだった、と維心が思いながら歩いていると、匡儀がいきなり立ち止まって、言った。

「のう維心。」維心が振り返る。匡儀は、続けた。「誠はどう思うておるのだ。主は、あの折我を滅してしまおうと思うたのか。」

維心は、じっと匡儀の目を見て真意を見極めようとしながらも、頷いた。

「…主が来たなら、その前に消そうと思うておった。我ら龍族の気性の荒さはお互いに知っておろう。全てを消し去り、ここを彰炎に任せて英鳳と頼煇で分けたらいいのではないかとまで思うたわ。我は、こちらの土地には興味は無いが、我が島我が一族を奪おうとするならこの限りではないからの。だが、出来たらそれはしたくなかった。我らは己の性質を抑え込んで栄えて来た種族なのだ。こんな同族の争いで、どちらかが滅ぶなどあってはならないと思うたからの。」

匡儀は、険しい顔をした。それが、維心の本音であるのは分かる。維心がここで、偽りを言う必要もないし、匡儀に媚びを売る必要もない。何しろ、維心はたった一人でこうして別の神の結界内に居ようとも、決して討たれない力と技術があるのだ。その上、月が上空から見ている。

つまり、維心に敵などないのだ。

「であろうの。」匡儀は、苦笑した。「我は愚かであったのよ。なぜにあの時、あのように意地なったのか分からぬ。名ばかりの王となり下がるのではないかと恐れたのもあった。主の方が間違いなく上であるし、同じ種族に王は二人も要らぬのではないかと思うてしもうて。主に我の心地は分かるまいな。」

維心は、首を振った。

「分かるつもりよ。」維心が言ったので、匡儀は驚いた顔をした。維心は続けた。「同族だと聞いた時、心強いと思うと共にいつかこちらの土地を支配したがるのではないかと危惧した。己の力を誇示しておかねば、こちらへ攻め込んで来るだろうと思うた。だからこそ、戦では主が手を出す必要も無いほど我が手を貸したし、その後もこの宮が立て直す間、手を貸してこちらへ侵攻しようなどと思うておらぬだろうなと監視した。だから我は、主を恐れておったと言うたらそうなのだ。我らはお互いに、お互いを恐れて疑いつつ見ておったのよ。」

匡儀は、目を丸くして維心を見つめた。

「主が…我を恐れる必要など無いのに。力の差は歴然であろう。」

維心は、息をついて困ったように微笑した。そして、言った。

「主には、その我にはない素直さがある。相手と話す話術もな。我は、付き合いと申すものが出来ぬでな。今でこそ炎嘉がうるさいし、回りの宮々とも何とか交流できておるが、昔は炎嘉が居らぬと何もできぬで。臣下の心を掴むと申すなら、主の方が長けておろう。我は、力ばかりよ。確かに軍神達は力に引かれるやもしれぬが、我には民の心掴む能力は無い。そちらの能力は、主の方が上よ。主は気付いておらぬやもしれぬがな。」

匡儀は、茫然とそれを聞いていた。維心は、別の方向から自分に敵わないと思っていたのだ。

そう思うと、肩の力がすーっと抜けるのを感じた。自分達は同じ。争っても仕方がないのだ。

「…やっぱり、我が悪い。」匡儀が言うのに、維心は片眉を上げた。「そうであろうが。主は我に何も言わなかったのに、我はあのように派手に立ち回って。おまけに攻め込もうとまで考えた。彰炎や誓心に話に参ったら、勝手にしろと言われたわ。そうしたら、臣下に諭されて。愚かであった。やはり主は友よな。」

維心は、本当に素直で直球だな、と思った。思ったままを言っているのは、気の変動で分かる。

なので、そんな匡儀に頷いた。

「そうであるな。我らは同族の前に、友なのだ。時に喧嘩もしようが、友なのには変わりない。炎嘉とも、よう派手に喧嘩をするのよ…それと同じよ。」

匡儀は、それを聞いてハッハと声を立てて笑った。

「我だってしょっちゅう彰炎と喧嘩するわ。同じだの!」

そうして二人は、そのまま庭をぶらぶらと歩き回ってから、宴の席へと戻った。

彰炎と炎嘉は、たくさんの酒瓶の転がる中で、二人して大の字を書いて倒れていて、部屋へと引き上げるのが大変だったのだった。


無事に月見の宴から帰り、維心は臣下に事の次第を話した。

とりあえずは和解ということで、臣下達もほっと胸を撫で下ろしていた。

あれだけあちらが折れて来たのに、まだとりあえず、などと思うのは、こちらがあちらより荒んだ過去を持っているせいかも知れない。

だが、やはり完全に警戒を解く事は出来なかった。

匡儀から、改めて質とか関係なく黎貴が弓維を娶りたいようだ、と話があったが、雑談程度で強く申し入れて来たわけではない。

あの宮ならいけるやもとは維心も思ったが、まだ不安が残るのも事実。

なので、弓維自身が決める事、と答えて、その場は終えていた。

維心が維月にその事を話すと、維月は正式でなくともとりあえずこのような話はあると、弓維に話しておきたい、と言う。

もっともだと、維心は弓維を、居間へと呼んだ。

「弓維。話があっての。」

維心は、維月と共に並んだ椅子の上で、目の前に頭を下げる弓維に声を掛けた。

弓維は、顔を上げた。

「はい、お父様。何でございましょうか。」

維心は、相変わらず美しい弓維に、答えた。

「実は、黎貴の件よ。」弓維は、少し驚いた顔をした。維心は続ける。「あの時の話は無くなったが、この間の月見の宴の時に、匡儀から雑談程度に話があってな。やはり黎貴は、主をと思うておるようよ。とはいえ、まだあちらとの関係も整ったばかりで時期は早すぎると思うておるし、時期が来ても、我は主に決めさせようと思う。とりあえず、こういう話がまた出ておる事を、主に知らせておこうと思うたのだ。」

弓維は、困惑したように絶句して下を向いた。維月は、慌てて言った。

「お父様は今も仰ったように、無理にとは申されておりませぬ。あなたが行きたくないなら、お断りしてくださるから。重く考えぬで良いのですよ。」

弓維は、ほっとしたように維月を見て、頷いた。

「はい、お母様。」

維心は、じっと弓維を見つめて言った。

「主は、黎貴では否か?」

確かに今の反応ではそう見える。

維月は思った。弓維は、困ったように答えた。

「いえ…お父様が仰るのなら、そのように。」

維月は、首を振った。

「そうではないのですよ。あなたの気持ちを聞いておられるの。否なら否と申して良いのです。」

弓維はしばらく、困っているようだったが、答えた。

「…はい。大変に良いかたであるのは分かっておりますが、我は今、黎貴様にお仕えしようとは思えませぬ。」

維心は、眉を上げた。

「ほう?それはなぜか。」

弓維は、明らかに動揺していた。なぜなのか、己でも分からないようだ。

「あの…なぜか、あちらに行きとうないと思ってしまいましてございます。」

維月が、庇うように言った。

「良いのですよ。いざ嫁ぐとなると、お父様の守りから出ることになるのですもの。不安になって当然だと思いまする。好きなだけお父様のお側に居て良いのよ。」

維心も、頷いて弓維を見た。

「父の庇護から出たくないなら仕方のない事よ。我とて娘の事であるし、己の結界内で守っておった方が安心なのだ。だから瑠維は軍神に降嫁させたのだしな。無理に出そうと思うておらぬから、安心するが良い。」

弓維は、まだ戸惑ったまま、頭を下げた。

「はい、お父様。」

「下がって良い。」

維心が言うと、弓維はまた頭を下げて、そこを出て行く。

維心は、その背を見送りながら言った。

「まだ成人しておらぬのだし、急ぐこともあるまい。娘は父に劣る力の持ち主では不安になると聞いた事があるが、もしそうならあれは外へ嫁ぐ事は叶うまいな。」

維月は、苦笑して維心を見上げた。

「その時はまた、軍神の誰かを選ばせてやれば良いかと。でも…」と、去って行く弓維の後ろ姿を遠く眺めた。「いつかは、恋慕う殿方が現れて、父から離れて参るもの。あの子はまだ、それを知らないだけなのですわ。自然、そうなる時が参りましょう。待ってやるのも良いかと思います。」

維心は、維月を見て微笑んだ。

「確かにの。主とて父より力が劣る我を選んで側に居る。」と、ふと、思い出して、言った。「…そういえば十六夜はどうしておる。最近姿を見ぬな。」

維月は、フフと微笑んだ。

「まあ維心様、十六夜はいつでも月に居りますのに。私は毎日話しておりますわ。最近では私の十七弦の、演奏の様子を聞いていろいろ教えてくれますの。」

維心は、驚いた顔をした。

「あれは十七弦を解するのか。」

維月は、ホッホッと笑った。

「十六夜は耳が良いのですわ。私が維心様について習い始めた時から、一人で練習しておりましたら時に降りてきて、共に励んでおりました。なので十六夜も、今では私ぐらいには弾けますわ。私達は双子ですから。同じ事を同じようにやりますのよ。」

知らなかった、と維心は開いた口が塞がらなかった。まさか十六夜が、そんな事をしていたなど。

維月は続けた。

「なので…私がふさいでいた時も、降りてきて聞き知った月想歌を奏でて聞かせてくれました。維心様が謁見にいらしておる時ですけれど。」

あれは十六夜か。

維心は、ならばあれはそこそこ弾ける、と思った。維月が弾いているにしては明るく回りを浄化してしまうような音で、そして力強かった。

あれを遠く聞いて、維月はもう大丈夫だなと思ったものだったが、あれは十六夜だったのだ。

「…分からぬものよ。」維心は、ため息をついた。「我もうかうかしておられぬわ。本日は時もおるし、少し弾いてみるか。」

維月は嬉々として立ち上がった。

「まあ!久しぶりに聞いてみたいですわ!」

大喜びで琴を持って来させる維月に苦笑して、維心はそろそろ演目の曲でも弾いておくか、と爪を手に思っていたのだった。

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