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新たな懸念

維心は、炎嘉と志心、焔、箔炎、駿、翠明、蒼を回りに、話していた。

駿や翠明は起こっていたことを知らなかったようだったが、蒼はやはり、十六夜が月から見ていて、その様子を逐一知らせてくれていたらしい。

なので、どうなったのかも知っていた。

「まあ…十六夜は酷い有様だと言っていたのですよ。」蒼が、維心に渋い顔をしながら言った。「明子殿と寧々殿が、よく我慢してるな、と。高晶殿は、あれでかなり宮では横暴に振る舞っていたようで、詩織という妃の言うままにしており、臣下は困っておったのだとか。それがその妃が入ってからというのですから、二百年近くそうだったということですよね。本当に外から見ているだけじゃ分からないんだなって思いました。」

炎嘉が、脇から言う。

「普通はあまり、他神の宮の奥の事などに口出しはせぬのだがの。此度は維月が参って、維月の扱いを巡ってややこしい事になったから発覚しただけで。結果として、維月より己の気に入りの妃を優遇したことになり、維心の逆鱗にも触れるわな。とはいえ、それだけではない。本日も話したように、もっと深い所で我らは懸念しておったのだ。ゆえ、ああいう結果になったのよ。」

焔が、酒を煽りながら言った。

「だから己の手に余る数はやめよと申すのだ。妃など、一人二人で良いのだ。多いと面倒なことになろうが。それに、やはり身分とは重要よ。王の相手となると、父王の立ち回りを見て、宮とはどういう動きをしているのかよう知っておる皇女を娶った方が、事は上手く回る。礼儀もしっかり躾けられておるから、こんなことにはならぬ。なぜにそれが分からぬかの。」

駿が、神妙な顔をして、頷く。

「は…誠に。我も気を付けねばと思い申した。」

炎嘉が、そういえば、と顔を上げた。

「主、そういえば最近新しい妃を迎えたのだったの。」

志心が、驚いた顔をした。

「駿が?…そういえば、聞いたような気がするの。どこの誰ぞ?まさか侍女とか言わぬだろうの。」

駿は、首を振った。

「いや、我は大陸の宇洲殿の皇女の、瑤子(ようこ)ぞ。同じ獅子で、こちらにとり貴重な血であるからの。我が宮の軍神達も、あちらの宮から獅子の女を娶るように推奨しておるし、我が娶らぬわけには行かぬと思うて。」

翠明が、隣りでうんざりしたような顔をして、言った。

「椿もそうだが綾も大騒ぎで。少ない獅子の、しかも皇女であるし、おまけに若いからの…まだ入ったばかりであるのに、困ったものよ。」

確かに、こちらでは獅子は絶滅寸前だった。あちらから妃を迎え、軍神達も妻を娶ればこちらの獅子の数が戻り始めるだろう。それを期待するなら、駿は獅子の宮の王として、やはり純潔の獅子との婚姻でより濃い獅子の血を残したいと考えるのは自然だ。

「まあ…宇洲殿の皇女となると、まだ若い皇女達しか居らぬで。いっそまとめて娶るかとか宇洲殿には言われたが、いくら何でもそこまでは無理だと断って、一番上の皇女の瑤子を娶ったのだが。」

これがまた、愛らしく美しい皇女だった。

宇洲は15人の妃が居るのだが、その中でも殊に美しい正妃の皇女で、目が覚めるほどとはこれかという容姿で、しかもおっとりと品が良く、宇洲が正妃にしている女の娘だけあって何事にも慎ましく、椿に対してもいつも一歩退いて出過ぎるような事がなかった。なので、椿も文句の言いようもないようで、表面上穏やかに回っている。…が、駿が最近、その瑤子にばかり通うので、少し椿との間に亀裂が入りかけていて、面倒だった。

炎嘉が、前のめりになって言った。

「我は見た事があるがの、それは美しいのだ瑤子という皇女は。誠大切に育てられたのだろうと思うて彰炎に聞いたら、彰炎も、宇洲はあれだけは手放さぬと常言っておったのに、駿には熨斗を付けて送る勢いで娶らせよったわ、と愚痴っておった。宇洲が自慢げに見せてくれたのだが、柔らかな美しい文字を書くし、筝を得意としておって、おまけに胡弓も弾くことが出来る。あの美しい容姿であれを弾かれたら誰でも骨抜きになろうよ。」

維心は、それほどなのか、と思って駿を見た。

「主も気を付けよ。瑤子も椿もしっかりした宮の皇女であるから対外的には面倒は起こらぬだろうが、今度は妃同士の事がある。複数の妃は上手く扱わねば大変ぞ。炎嘉など前世二人斬り殺しておるのだからの。」

炎嘉は、何度も頷いた。

「諍いを起こしたらそれぐらいせねば収まらぬでな。我はもう懲り懲りよ。」

翠明は、ハアとため息をついた。

「娘のことであるから複雑であるが、しかしあれを見たら…。」と、またため息を付く。「誠美しいのだ、あの瑤子という妃は。我も一瞬見とれてしまい、綾に咎められたほどよ。あれほどに若いのに艶がある上、何事にも優れていてそれをひけらかす様子もなく、ただ慎ましくて…。どんな男でも、一度は夢見るのではないかの。」

駿は、確かにそうなのだが、と落ち着かなかった。瑤子を娶ってから、毎日に色が着いたように思えて楽しい。あれが奏でる月想歌は、月ですら聞き惚れているのではないかと思うほどだ。だが、それを表に出すと椿が機嫌を悪くするので、表面上何も言えない己がもどかしかった。

蒼が、駿の思いを見透かすように、言った。

「そういえば、十六夜が言ってましたよ。あの宮から聴こえて来る月を想う歌っていうのが、それはいい音色なんだと。維月と一緒に月から聞いてみたりして、獅子の宮も雅になったなあって話しているそうです。」

やっぱり聞いていたのか。

駿が驚いていると、炎嘉が言った。

「さもあろうの。駿、一度演奏会などしてみてはどうか。我らだってゆっくり聞いてみたいわ。確か維月も、維心が教えて十七弦が弾けたのではないのか。」

維心は、頷く。

「ゆえ、筝も弾ける。十三弦もの。そうであるな、女楽も良いよの。弓維も教えておるから維月が弾けるものは全て弾けるしの。そうそう、維斗も維明も笛が出来るぞ。」

翠明が、驚いた顔をした。

「え、我らの島ではあまり楽器はせぬ。公青が生きておった頃は、よくあれが筝を弾きよるから見に参ったものだが、我はあまり得意でないし。椿は、そちらへ行ってから楽をたしなんでおるのか?」

駿は、困ったように首を振った。

「我も楽器など誰も教えてくれぬしやったことは無い。椿も弾くのを見た事がなかったし、瑤子が来てから、楽士でなくとも楽を嗜むものなのか、と驚いた。」

維心は、首を傾げた。

「おかしいの。確か綾は筝を弾いたぞ。維月が我に指南を受けておる話した時、懐かしいこと、と言って筝を持って来させたら軽く弾き散らしておったと。結構な腕前であったと聞いておる。」

それには焔が、顔をしかめた。

「綾は筝の名手ぞ。我が父がそれは丹精込めて育てておったからの。十三弦などは弾いておるのを見た事はないが、筝はそれは良い音をする。鷲の宮では有名な話よ。」

翠明は、衝撃を受けた顔をした。婚姻してこのかた、全く知らなかった。

思えば、宮に筝がない。綾が弾きたくても、無いのだから無理だっただろう。

「…惜しいことをした。」翠明が、悔し気に言った。「筝を宮に置いておったら椿も綾が教えてそれなりになっておっただろうに。」

駿は、困ったように炎嘉を見た。

「…なので、我が女楽など催すのは無理ぞ。椿が己に対する嫌がらせかと憤るだろうし、瑤子も椿を気遣って弾くのを辞退するだろう。妃の間に軋轢を作りとうないし。」

炎嘉は、残念そうにした。

「そうか、残念よな。だが…そうよ、ならば我が宮で。」と、維心を見た。「のう、我が宮でやるわ。ここのところ皆を呼んでそのような催しもしておらなんだし、我も久しぶりに笛でもするかの。主もどうよ?主の十七弦の素晴らしさを知るのが近しい者達だけとはもったいない。」

維心は、それには嫌そうな顔をした。

「なぜに我がそのような。維月と弓維に弾かせるわ。あれらに教えたのは我であるから、同じであろうが。ならば、大陸の神も呼ぶかの。来月あちらの月見の宴に参るし、その返しとして主の宮で楽の宴をということで、どうよ。」

炎嘉は、乗り気で何度も頷いた。

「それは良い。」と、じっと黙っている箔炎を見た。「こら、主が三弦が得意なのは知っておるぞ。主も参れよ?演目は伝えるゆえ。」

箔炎は、目を丸くした。

「我も?待たぬか、長く弾いておらぬのに!」

焔が、そんな箔炎を遮るようにして言った。

「我も弾くぞ!何でも良い、我は何でも弾けるからの。笙でも良いな、誰もやると聞かぬし。」

炎嘉は、嬉し気に頷いた。

「ならばそうしよう。維心が十七弦で、我が笛、箔炎が三弦で主が笙。志心が筝よ。」

志心は、杯を口に持って行こうとしているところだったが、驚いてそちらを見た。

「何と申した?我もか?」

蒼が、慌てて両手を振った。

「炎嘉様、オレは駄目ですよ!小学生の時に縦笛やったぐらいしか出来ませんから!」

炎嘉は眉を寄せた。

「縦笛?尺八か?」

蒼は、ブンブンと首を振った。

「違います、リコーダーってやつです!とにかく、オレは和楽器は全部やったことないですから!」

人の頃ギターは弾いていたとか言わないでおこう。

蒼は思いながら、絶対にそんな気の張る舞台など無理だからやめてくれ、と必死だった。

「おもしろうない奴よのう。」

炎嘉はそう言ったが、蒼を振り返らずに焔や箔炎達とワイワイ話し始めて、蒼からは気がそれたようだ。

「…なぜに我まで。」

維心はブスッとして呟いていたが、その呟きが炎嘉に届くことは無いようだった。

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