表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/183

その噂は、瞬く間に広まった。

おかしな噂だけが独り歩きすることを懸念して、炎嘉が事の次第を王の会合で詳しく話して聞かせた。

高晶という序列上から二番目の宮の王が、龍王の正妃の見送りに立たなかった妃を咎めず、謝罪もせずに帰した上、龍王からの怒りの書状が来てからやっと対応し、そしてただ謝るだけで済まそうとしたことが龍王の逆鱗に触れて捕らえられたのだと。

そして、その責を負うため皇子の高瑞がその妃と父王を手に掛け、やっと許されたのだと。

たったそれだけの事で、と回りの宮では思ったが、しかし上位の宮々は口を揃えて、それだけで済んで幸運だ、と言った。

前の鷹の王である箔翔ですら、同じように妃の不始末で離縁に追い込まれたのだと聞いている。

それだけ、上位の宮々と対する時には、しっかりと緊張感を持って向かわねばならないという事が、他の宮にも良く浸透したようだった。

高瑞は、この会合にはまだ来ていなかった。

なぜなら、まだ譲位が完全に終わっておらず、宮の中の政務の動きを高瑞のやりやすいように変えている最中で、次の会合からは、王としてこの席に座ることになっている。

炎嘉は、言った。

「主らも重々気を付けるようにな。軽い気持ちで我らと接して無礼であったら我でも躊躇わず、斬る。主らはあまりに緊張感が無さ過ぎるのだ。我や維心は世話をするばかりではない。主らが敬って従っておるからこそであると弁えよ。戦は、外からも来る。前に言うたし、現にあったの。我らは普段から我らに真面目に仕えておる宮でなければ守らぬぞ。これからは、より一層厳しく行くつもりよ。甘い顔はせぬ。気を引き締めて掛かるが良い。」

炎嘉は、本気で言っている。

現に、高晶は序列上から二番目であったのに、あっさりと死ぬことになった。

全員が顔をこわばらせていたが、深く頭を垂れて、誰も意義を唱えるものはいなかった。


そんな会合も終わり、王達はいつものように宴の席へと向かった。

今回は龍の宮での会合であったが、維月は出てきていなかった。

まだ高晶と詩織の件でショックを受けたままで、娘の弓維が気遣って話し相手になったりしていた。

今日も居間でしばらく母と話し、弓維が部屋へと帰って来ると、侍女が小さな声で言った。

「弓維様。いつもの御文が参っております。」

弓維は、顔を輝かせた。いつもの…それは、きっと。

急いで部屋の文机の方へと向かうと、そこには金木犀の枝と共に、文が畳まれて置いてあった。

…あいにく花がすぐに落ちるので、そちらへ到着するまで美しく保てると良いのだが。

相手からは、そう書いて来てあった。

「いつもの晶子様と舞子様の御文と共に参りましたの。」

弓維は、頷く。

それは、高瑞からの文だった。

今回の事があって、母があまりに嘆くので弓維も心配になって、ソッとあちらへ文を送った。

晶子と舞子にも書いたのだが、そこに高瑞に渡して欲しい、と、あまり期待せずに送ったのだが、あちらからはすぐに返事が来た。

毎回、晶子と舞子も文をくれるので、それに混じってこちらの誰も高瑞と弓維が文をやり取りしているのは知らない。

この、弓維付きの侍女だけだった。

文を取り交わしてみると、高瑞は案外に平気なようで、あちらはかえって平穏になったと穏やかだった。

晶子も同じ事を書いて来ていて、これまで宮で嫌がらせの限りをされていて、それに耐えるしかなかったのが、母も臣下も侍女達までも、平和に毎日を過ごせるようになった、と喜んでいるようにも見えた。

だが、弓維が龍の皇女であるから、気を遣っているのかもしれない。

弓維は、なのでいつも労りの心で文を返していた。

高瑞は、毎日宮で何をしたのか書いて送ってくれていた。本来、未婚の皇女が親も許さぬのに、文を取り交わすなどやってはならないことだった。

それでも、高瑞とのやり取りはとても楽しく、弓維は毎日それを心待にしていた。

高瑞も毎日文をくれ、弓維も毎日返すので、日課のようになっていた。

晶子や舞子とは、あまり長文にならないのだが、高瑞には言いたい事がたくさんあって、紙に収めるのが難しくなるほどだ。

一度それで巻き紙に書いて送ったら、晶子からからかうような文面で、『お兄様には毎日たくさんお話がおありになるのですね。こちらも巻き紙に書いて送ろうかと、お兄様も嬉しそうであられますわ。』と、書いて来て、さすがに恥ずかしくて次からはなるべくまとめるようにした。

『王として立つのが思うたより早かったが、宮も落ち着いて次の会合にはそちらへ行けそうな様子。その時にはお会い出来たらと思うし、我も話しておかねばならぬことがある。主には重い話になろうが、聞いてくれようか。』

高瑞からは、そんな文面が書かれてあった。

気が重いこと…?確かに次の会合も、この宮であると聞いている。ご政務のことか何かなのかしら。

弓維はそう、思いながら、早速返事を書こうと机に向かった。

『お花をありがとうございます。花はほとんど落ちずに目の前に生けられておりますわ。重いお話とのことですが、我などでよろしければ何なりと。夜ならお庭に出ることも、侍女に頼んで隠れて出来そうですし、またご連絡をくださいましたなら。』

王となると、父の手前、座る場所も前になるし、宴の席では話せないだろう。

弓維は、その日を心待にしたのだった。


一方、維月は最初、明子や寧々からの文は、怖くて見る事が出来なかった。

だが、数日して意を決して開いてみると、明子からは平穏な生活が戻って参ったという報告が、寧々からは静かでここへ来て初めてほっと息をついて穏やかに暮らせている、と、維月に対する礼とも取られ兼ねない文面で文が書かれていた。

維月は、慌てて返事を書いた。これが本心なのか、知りたいと思ったのだ。

文を取り交わしてみると、明子も寧々も苦難の日々であったようだ。詩織が来るまではそれなりに、王も様子を見に来たり、子達と話したりと交流はあったようだが、詩織が来て様相は一変したのだという。

王は、子達のことも顧みないばかりか、貶めるようなことを言い始め、宮の催しでもわざと恥をかかされて皆の前で罵倒されるなどしょっちゅうであったらしい。

詩織はやりたい放題で、王の近くの部屋から二人を追い出し、皇女達とも滅多に会わぬようになった。

千夜が龍の宮へ行くと決まった時には、他の二人の皇女、晶子と舞子もそれなりに振る舞えたのに、あれらは駄目だとはなから王が千夜だけを送る事にしたらしい。

その千夜が公明の妃と決まった時には、まるで鬼の首でも取ったように明子と寧々を蔑んで、罵詈雑言を吐き掛けられた。

高瑞のこともそれは貶めていた癖に、最近では何やら媚びるような様もあり、高瑞がそれを嫌がっていた。聞いてみるとどうやら王がご病気とかで、夜も思うようにならなかったらしく、もしかしたら高瑞に取り入ろうとしていたのでは…と今では誰もが思っていると。

維月は、高晶を不能にした事だろうな、と思ってそれを読んでいた。

詩織というのは維心が口を利くなと言うだけあって、それなりに面倒な性質の持ち主だったのだろう。

維月は、何回かの文のやり取りを経て、これで良かったのかもしれない、と思うようにしていた。

高晶と詩織には気の毒なことだったが、そんな事をしていたのなら、高瑞の代になった時、恐らく詩織は殺された。

遅かれ早かれ、こうなっていた事だったのだろう。

維心は、維月を気遣ってくれる。維月は、文を維心に全て見せていた。

弓維も、晶子や舞子と仲良くしているようだ。

いつまでも、引きずっていてはいけないのだ。

そう思いながら、頭を切り替えて、来月に迫った維心の北西の大陸への訪問のことを考えた。匡儀との仲違いから、初の邂逅となる日だった。

炎嘉もついて行ってくれるという。もう終わった島の中の事よりも、外との事を考えねばならないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ