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一大事

宮へと逃げ帰った沢と軍神達は、高晶が捕らえられたこと、龍の宮へ立ち入ることを禁じられたことを臣下に話した。

そして、沢が炎嘉から聞いたことの顛末を、喜久を始めとした臣下達に話して聞かせている間、皆はただ、暗い顔をして、じっと黙って聞いていた。

高瑞には、今朝高晶が飛び立つ前に話していたが、大した沙汰にはならぬから気にするでない、と言い置いて、自分が帰られなかった時の指示は何も出してはいなかった。

つくづく、龍王を甘く見ていたのだ。

炎嘉が居れば、問題ないと思ったのだろうか。しかし、その炎嘉はあれほど詩織をすぐに斬れと忠告していた。それをせずに申し開きに行って、それで許されるはずなどなかったのかもしれない。

沢が涙ながらに話し終えた後、喜久が言った。

「炎嘉様がそうおっしゃったということは、もう高晶様のお命は諦めるよりありませぬ。」喜久は、焦燥しきった顔で言った。「こちらは宮を残すことを目指して、どうにかして龍王様のお怒りを解かねばなりませぬ。」

次席の、大伊が言う。

「しかし、どうしたらお怒りをお鎮めすることが出来るものか。事はもう妃一人の命ではないと炎嘉様は仰ったのだろう。」

喜久が、大伊にイライラと言った。

「ならば主はどうすれば良いと申すのだ!宮の全てを差し出すのか?!皆で命を差し出して?!この誉れ高い序列二位の宮が…あんな女のために…王があんな女にたぶらかされたために!」

臣下達の怒りが、ひしひしと伝わって来る。ここまで皆に敬われる方の立場であったこの宮が、存続を危ぶまれるまでに追い込まれているこの時は、全て王とあの妃のせいで成ってしまったのだと腹が立って仕方がないのだ。

「だが、何か方法を考えるより他にないではないか!諦める訳には行かぬ!」

「落ち着け。」じっと聞いていた高瑞が、言った。「父上はもう助からぬ。恐らく龍王ですらどうやって救えば良いのか分からぬような事態に、父上は己からしてしもうたのだ。あの女を殺してから行けば少しは説教をされても許されたであろうに、父上は最後まであの女の庇おうとなさった。…沢。」

沢は、言われてスッと足を進めた。

「は。」

「ここへあの女を連れて来い。今すぐに。」

皆が困惑した顔をした。しかし、沢は急いで出て行った。

喜久が、高瑞に問う。

「高瑞様、どうなさるおつもりでしょうか。あの女が今さら何を言うても始まりませぬ。それよりも、宮を残すことを考えねば。」

高瑞は、喜久を睨むように見た。

「主は龍の宮へ書状を送れ。我が書く。父上に面会させてもらえるように維心殿にお頼みする。」

他の臣下達が、それを聞いて慌てて墨と筆を準備する。喜久は、ただただ戸惑って言った。

「そのような…高瑞様まで捕らえられてしもうたら、我らどうしたら良いのですか。高湊様はまだ100にしかおなりでないのに。王としてのご政務もご存知ではありませぬ。」

慌ただしく準備された紙に、高瑞はスラスラと筆を走らせた。高瑞の書は、この宮の誰もが敵わぬほどの美しいものだ。急いで一気に書を書き切ると、それを喜久へとぐいと押した。

「さあ!それぐらいの覚悟がなければ、この窮地は脱することが出来ぬ。主らも覚悟するのだ。全ては王一人の判断の誤りの数々から成ったことぞ。それを重々目に焼き付け、二度とこのようなことが無いように、後世に残すのだ。早う送れ!」

高瑞の鬼気迫る勢いに、喜久は圧されて急いで頭を下げると、その書を手に席を立った。

するとそこへ、沢が詩織を連れて入って来た。

「高瑞様。連れて参りました。」

喜久が、書を手にしたまま、立ち止る。高瑞は、スッと立ち上がると、皆がそれと認識するより早く、刀を抜いて一気に詩織を袈裟懸けに斬った。

「ひ!」

喜久は、悲鳴を上げて慌てて部屋の隅へと飛んで逃げた。詩織は、悲鳴を上げる暇もなく、その場にどさりと崩れ落ちた。

「あ…あ…このようなことを…して、王が…」

高瑞は、フンと鼻で笑った。

「その王とは誰ぞ。もうあれは罪人として龍王に捕らえられ、この宮の王は我。宮を窮地に陥れた大罪人は一刻も宮へ置いてはおけぬ。」と、皆を見た。「我が王。我がこの宮を守る。これを片付けよ。王族の墓所には入れることは許さぬ。それから、実家に居るこやつの父も投獄せよ。屋敷は没収し、私財は宮へ。父が与えたものは全て返してもらおうぞ。」

まだ生きている詩織の前で、高瑞は非情にそう言い切った。詩織は、それを聞いて涙を流し、そして、そのまま事切れた。

…確かに長く恨みをお持ちであったから。

喜久はそう思った。しかし、ここまでするには高瑞に何か考えがあってのことだろうと思われる。

「何をしておる?」高瑞は、考え込んでいた喜久に言った。「さっさと龍の宮へ!」

喜久は、弾かれたように頭を下げた。

「は、ははー!」

そうして、そこを飛んで出て行った。

沢と大伊が、事切れた詩織を運び、その後を軍神皆で掃除して後始末をしている。

じっと黙ってそれを見ている高瑞を前に、臣下達はただ、黙って従っているしかなかった。


志心や焔、箔炎からの返事を待っていた炎嘉と維心の元に、高晶の宮から書状が来たと知らせが入った。

あちらの使者は今、結界を入って来れぬので、義心が結界外でそれを受け取って来たのだが、維心はそれを、居間へ持って来るようにと言った。

維心にしても、仮に高晶を処刑したとして、その後そんな罪を犯した宮をそのままの序列で置いて良いのかと処分を考えあぐねていた。

なので、少しでも判断材料になるような事があればと、とりあえずその書状を見てみようと思ったのだ。

義心が膝をついて目の前に控える中、炎嘉に見守られて、維心はその書状に目を通した。

…まだ二百ほどの歳だと聞いておるのに。

維心は、その書に驚いた。まるで年月を経た神の字のような、深い感じを受ける、それは整った美しい文字だったのだ。

「…高晶に会わせろと言うて参ったわ。」

維心は、炎嘉にそれを手渡した。炎嘉は同じようにそれを読み、そして頷いた。

「良いのではないのか。どうせもう顔を合わせることは無いのだから、最後に会わせてやっても。主にもその場に立ち会えと申しておるし、おかしなことをするつもりはあるまい。ま、我も行く。」

維心は、頷く。

「まあ良い、己まで捕らえられるやもしれぬのに、ここへ来るという根性はあっぱれであるしな。それがただ父恋しさでなければ良いが。」

炎嘉は、しかし、書へと視線を落として、首を振った。

「これはそんな男ではあるまい。この書を見よ、もういろいろ悟っておるような文字を書きおってからに。まだ二百になったばかりであるぞ?まあ…あれもいろいろあったからの。自然こうなったのやもしれぬわ。」

維心は、眉を上げた。

「知っておるのか。」

炎嘉も、驚いた顔をした。

「主こそ知っておるのか。」

維心は、頷く。

「侍女の人選すら出来ぬのかと高晶には呆れておった次第ぞ。」

炎嘉は、やはり知っておるなと息をついて何度も頷いた。

「我もそのように。明子の姪、つまりは兄の多岐の娘が炎耀の妃であろうが。そこから我は知っておるのだ。主は調べさせたか。」

維心は、頷いた。

「つい最近の。そうか炎耀の妃がよう出来るとか前に言うておったが、多岐の皇女か。あの宮は小さいが王が勤勉で賢いからの。そしてその、明子の血をこの高瑞は引いておる。」と、義心を見た。「すぐに来いと申せ。炎嘉と共に立ち会ってやるゆえ、話せば良いと。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

そうして、そこを出て行った。

少しは見どころのある男なら良いが。

維心は、そう思って高瑞が来るのを待つことにした。

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