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接近2

維月は、少し月からその様子を見てしまっていた。

高瑞は、やはり弓維を想っているようだ。しかし、恐らくはあのようなことがあったばかりに、自分は相応しくないと思っている。女神を嫌悪していたのだと言っていた。つまりは、自分を襲っていいようにした、その侍女の女を憎んだあまり、女神全体を許せずにいたのだろう。

それが、弓維を慕うようになって、変わった。

そう思うと、高瑞がとても気の毒だった。

それでも、自分はそれを知らない事になっている。

なので、宴の席に戻って来た高瑞を見ても、維月は何も言わなかった。

月見の宴なので、月が見え始めて楽が執り行なわれ始めた。維月は目の前で舞う舞い神達を眺めて、すっかり打ち解けた明子と寧々と共に、微笑み合った。段々に落ちて来る日、それにつれて松明の灯りが赤々と冴えて来て、また美しい。

暗くなって来たので、尚一層義心と帝羽が維月と弓維に近付いて警備するのが少し、やり過ぎだと思ったが、維心が居ない所で夜になって来たらこうなるだろう。

維月は、そろそろ退出という時刻になって、高晶に言った。

「…高晶様。」高晶が、前の席から初めて振り返った。維月は続けた。「本日は、大変に美しい宴。楽しめましたわ。感謝致しまする。」

高晶は、会釈した。

「気に入って頂けで良かったことよ。龍の宮の宴に比べたら、小さなものではあるがの。」

維月は、微笑んで答えた。

「こちらのお庭も珍しゅうて美しく、こういった趣向も良いものと思いましたわ。これは私からの」と、手を上げた。「お礼でございまする。」

さあっと月から浄化の光が降りて来た。それは、十六夜の力なのだが、何しろ維月は、十六夜の力を勝手に使うことを許されている。十六夜の方はと言うと、維月の力は面倒なので、扱いが難しいからと使わなかった。

「おお!」

臣下が、驚いたように見上げる。

その浄化の光のお蔭で、身の中まで洗い流されるような心地になって、宮の中の気は一気に清浄なものへと変化して行った。

十六夜の力は、浄化の力。強烈なその光は、心の中の汚いものまで、綺麗に洗い流すような心地だった。

「浄化された気を、しばらく楽しんで頂ければと思いますわ。」

維月は言って、義心に手伝われて立ち上がった。高晶は、急いで立ち上がって、言った。

「珍しいものを、感謝し申す。まるで宮の中が光り輝くような気がする。これが月の浄化の光か。」

維月は、頷いた。

「はい。我の片割れである、兄の十六夜の力でありまする。体調なども少しならばすぐに良うなってしまうのですわ。」

高晶は、もしかして、と歩き出す維月に、ついて歩きながら、問うた。

「それは、どのような病にも?」

維月は、ホホと笑った。

「どうですかしら。穢れておるものを禊ぐ力あるだけで、病とは言うて、自然に治癒するようなものでなければ、月の浄化では治せませぬ。どちら様か、病であられますか?宮の治癒の者を遣わせて頂けるよう、我が王にお願い致しましょうか。」

高晶は、そう聞かれて視線を落とし、もごもごと口ごもった。

「いや…その、誰が病と言うのではないのだが…。」

維月は、それを扇の上から鋭く見た。そして、フッと微笑んだ。

「王も常仰っておりまするが、何事も、己の行いの結果で成っておるものと。もし、病魔におかされておるのではなく、何某か具合の悪いかたがその原因になるような何かを正せねば、恐らくはそれは治らぬのではないかと。」

高晶は、黙り込む。

義心は、維月について歩きながら、帝羽と視線を合わせた。高晶は、やはり不能になっているままなのだろう。

男として気の毒でならなかったが、それでも維月がそれをやったとは高晶は知らないので、二人は素知らぬふりで出発口へとそのまま歩いた。

ぞろぞろとまた、大勢で移動して行く間、明子と寧々は共に歩いていたが、詩織はもはやついて来てもいなかった。

どうやら、維月が出発口へと向かうのを見て、部屋へ引っ込んだらしい。

それはいくら下位の妃といっても、いや下位の妃だからこそ、相当に失礼なのだが、分かってやっているのかもわからない。

しかし、維月は最後の最後まで、一応嫌な女を演じておこう、と輿に乗り込む前に、言った。

「高晶様、本日はありがとうございました。」と、明子と寧々を見る。「明子様、寧々様。お見送りありがとうございます。また、きっと宮へお越しくださいませね。王にもお話して、待っておりますから。お文も、気兼ねなくお送りくださって良いのですよ。お待ちしておりますわ。」

と、ふと視線を二人の横へ、意味ありげにやった。そこに、居るはずの詩織が居ないのに気付いた事を、高晶に知らせておこう、と思ったのだ。

「…あら。」

維月は、わざと小さく声を出した。そして、わざとフッと呆れたように息をついて、そして弓維を振り返った。

「あなたも、挨拶は致しましたか。」

弓維は、頷いた。

「はい、お母様。」

維月は、頷いた。そして嫌味の一つも言っておこうと思い、弓維にでは無く、詩織に言っているのが分かるように、言った。

「どちらでも恥ずかしくないように、礼儀だけは弁えておらねばなりませぬよ。お父様にも関わる事であるのです。あなたは、皇女であるのですから。どちらに嫁いでも、その嫁ぎ先で後ろ指を指される事などないように。我も常、そのように思うておりまする。」

弓維は、何かまずかったかしら、と思ったが、しかし今のところ大丈夫なはずだ。

なので、また答えた。

「はい、お母様。」

維月は、晶子、舞子、そして高瑞に言った。

「晶子殿、舞子殿、いつなりとお話に参ってくださいませ。高瑞殿も、維斗も一度立ち合いなどをしてみたい、と申しておりましたわ。是非にいらしてくださいね。」

三人は、頭を下げた。

「は。ありがとうございます。」

維月は、最後に皆に会釈をして、そうして、義心に手伝われて、大層な衣装を押し込むようにして、輿へと滑り込んだ。

弓維が、その後を追って帝羽に手伝われ、侍女達と共に大きな輿へと乗り込んで行く。

「ご出発!」

義心が声を上げた。

そうして、維月は高晶の宮を飛び立ち、龍の宮へと帰路についたのだった。

何かいじめみたいだったけど、常はあの子が二人をいじめてるんだから良いわよね。

維月は、帰りの輿の中で、そう思っていた。


宮へと帰り着くと、維心が出迎えに来てくれていた。

維月は、慌てて輿から飛び出して、着物が重いのも忘れて維心に駆け寄った。

「まあ維心様!お迎えに出てくださるなんて…居間でお待ちくださっておっても良かったですのに。」

維心は、維月を抱き留めて、抱き上げた。

「重いであろう?居間まで運んでやろうと思うて。あちらでは己で必死に踏ん張っておったのだと思うと、居ても立っても居られずでな。せめて居間までの道ぐらいは楽をさせてやろうほどに。」

弓維が、後から降りて来て、頬を赤くしている。

維月は、慌てて言った。

「ま、まあ、弓維が居るのに。維心様、支えてくださったら私は歩きますから。」

維心は、維月を下ろさなかった。

「弓維は分かっておるし大丈夫よ。主より着物は軽いし。」と、弓維を見た。「主も楽しんだか。本日はもう、休めば良いぞ。挨拶は良いから。」

弓維は、慌てて頭を下げた。

「はい、お父様。では、御前失礼致します。」

維心は、頷いて維月を抱き上げたまま歩き出した。維月は、弓維が侍女達に囲まれて自分の部屋への最短距離を奥へと向かって行くのを見た。

一方維心は、居間への最短距離を、維月を抱いて機嫌よく歩いていた。

楽でいいけど、維心様は子供の前でもお構いなしだものなあ。

維月は思って、困った夫の頬にそっと唇を寄せた。維心は、それを感じて嬉しそうに微笑むと、維月に頬を摺り寄せた。

「よう帰ったの。まる一日など長すぎるわ。やはり出掛ける時は、これからは共に参ろう。少々仰々しくなっても良いではないか。我らは共なのだから。」

維月は、苦笑して維心を見た。

「まあ維心様ったら。ですけれど、本日はとても嫌な女でありましたわ。詩織様は、やはり高晶様に優遇されておるようで、他の妃を差し置いて私に紹介しようとされたので、私は無視しましたの。あの、維心様が仰っておられた、得体のしれない女とは話すなと言われたと申せという文言を、義心に言わせて。本当に、身分を鼻にかけておるようで、私は嫌でしたけれど。」

維心は、それには首を振った。

「何を言うておる。己の立場を弁えよと申したではないか。主の立場は我の立場ぞ。それに、性根の悪い女と交流することは我が許さぬ。主は間違ったことは言っておらぬのに、何が嫌な女なのだ。」

やっぱり神世ではそう解釈されるんだ。

維月は思った。

「はい…ですけれど、私はあまりそのような事には慣れませぬ。身分と言うて維心様が私を妃にしてくださっておるからこそのもの。私自身は大したものではありませぬもの。そもそもが、貴婦人には程遠いのですわ。表向き、装う事が出来るだけで。」

維心はブンブンと首を振った。

「何を言う。主は地の娘で陰の月。我の妃でなかったとしても高い身分よ。その様に申すでないぞ。」と、維月を居間の椅子へと降ろした。「さあ、どうであったか。我に話して聞かせよ。」

維月は、頷いて今日あったことを包み隠さず維心に話して聞かせた。

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