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対面の日

龍の宮では、今日は人が、維心達龍を奉る社の前で、舞を奉納する日だった。

人であった頃、神様より人が楽しんでいるだけなのではと維月は思っていたものだったが、神と共に生活して数百年、そうではないことが分かった。

神達は、その日を知っていて宮に他の宮から客を呼び、共に人を眺めて楽しむ。普段から気に掛けて土地の世話をしている神達にとって、それは人に敬われているという確かな証となることで、他の宮にもそれを示す良い機会なのだ。

例に漏れず龍の宮でも、いろいろな宮から客を招待して、人を見守る。

とはいえ、前に出てそれを見守るのはもっぱら臣下の役目で、王である維心は、来賓達と共により高い場所から眺めているだけだった。

その日、大陸から匡儀も呼び、その皇子皇女も同席するという名目で龍の宮へとやって来た。

その日、それを眺めるために設えられた桟敷へ向かう前に、維心と維月は謁見の間で匡儀の挨拶を受けた。

正面の高い段差の上の椅子に維心と維月が並んで座り、維心の隣には維明、維斗、維月の隣には弓維が立って匡儀と黎貴、夕貴の三人を迎えた。

「よう来たの、匡儀よ。」維心が、口を開いた。「思えばこれに呼ぶのは初めてのことよな。いつもは遠いゆえ七夕ぐらいしか呼べずにおったゆえ。」

匡儀は、微笑んで答えた。

「誠に珍しいことよ。あちらではその昔に数々の社が人により壊されて、このような事はなくてな。僅かに残った場でも、なかなかにこのように大々的な催しはない。なので我ら、あれらを世話しようにも下りる場所が無いゆえ見ておるしかない時があって、歯がゆい思いをするもの。なので珍しくて子達も連れて来てしもうたわ。」と、二人を見た。「我の皇子の黎貴、そして、皇女の夕貴よ。」

二人は、緊張気味に頭を下げる。

維心は、頷いた。

「あちらで何度か目通りしたの。」と、脇を見た。「こちらは、我の第一皇子の維明、そして第二皇子の維斗よ。王妃の隣に立つのが、第二皇女の弓維。見知っておいてくれたらと思う。」

黎貴も夕貴も、控えめに目を上げて壇上を見た。

維月は、二人をじっと見つめた。黎貴はまだ若い皇子で、それでも落ち着いた神だと聞いていた通り、所作はそわそわと見苦しい事など何もなかった。それどころか、もう威厳のようなものが見え隠れしていて、顔も匡儀に似てスッキリと美しく、男らしい様だった。体は鍛えているのが目に見えて分かるほどしっかりしており、ひ弱な感じは欠片もなかった。

これならと維月は思ってそっと弓維を見たが、恥ずかしいのか顔をほんのり赤くしたまま扇を高く上げていて、その表情までは窺えなかった。

夕貴の方はただ扇を高く上げて、一度目を上げた時以外はじっと目を伏せ、しっかり躾けられた宮の皇女と大差なかった。

垣間見える目元はやはり涼やかで、匡儀に似ているようだった。双子だと聞いている黎貴を見ても、凛とした雰囲気の美しさを持つ皇女なのだと想像出来た。

維明は自分には関係ないと思っているようで気にする様子もなかったが、維斗はといえば、維月からは遠くて表情は窺え知れなかった。

維心は、言った。

「では、桟敷へ参ろう。炎嘉も志心も、この辺りの宮の神は皆来ておるが、先に席へ案内させておるのだ。先ほど臣下が人がこの日のために作った白木の社へ降りたと先ほど連絡が来た。そろそろ始まるゆえ、参ろう。」

そうして、維心は立ち上がり、維月は維心に手を取られて歩き出した。

弓維は、維明に連れられて歩き出し、その後ろを維斗が従って進む。

それに匡儀と他二人も続き、皆の待つ桟敷へと向かった。


あくまでも顔合わせというのではなく、ただ催しに呼んだだけ、といった形だったので、特に挨拶の場では四人が話す機会はなかったのだが、桟敷へと移った後、席の配置が鵬によってうまくされてあった。

桟敷は壇上になっていて、前から順に上位席になるのだが、最前列には炎嘉、焔、志心、駿、高司、公明、箔炎、翠明、蒼が既に座っていて、そうそうたる様子だった。

その一段後ろの席に、それぞれの妃が座っていて、妃が居ない者の後ろは空いている状態だった。

真ん中に空いている場所へと維心が匡儀と並んで座り、維月はその後ろの段へと腰かけた。

維心のすぐ横は炎嘉なので維月のすぐ隣りには誰も居ない。

しかし、反対側の隣りの匡儀の隣り、翠明には綾が居るので、維月の隣りは綾になる。維月は座る時立ち上がる綾に、微笑んで会釈した。

「綾様。お久しぶりでございますこと。」と、その後ろの今は公明の妃である千夜を見た。「千夜様、まあ、弓維は後ろでありますのよ。後程お話出来ればよろしいわね。」

綾は、更に老いてはいたがまだそれは品良く美しい。おっとりとそれは嬉しそうに微笑んで、言った。

「誠にお久しぶりでございますわ、維月様。最近病ついておってなかなかに出て参れぬでおったのですが、遣わせてくださいました龍の治癒の神のお蔭でこのように。」

並びの関係上、駿の妃の椿も反対側の離れた位置に居て、同じように立ち上がっていたので、維月は振り返って会釈した。

「椿様。本日は連れて参られておるのは楓殿と柚殿ですのね。ご立派にお育ちですこと。」

妃の後ろの段には、皇女や皇子が座っている。

二人も立ち上がってこちらを見ていたのだ。

「そのようにおっしゃって頂きましてありがとうございます。これらもそろそろ嫁ぎ先をと王も案じておるのですけれど、なかなかに決まらぬで難しいことですわ。」

二人の皇女は、バツが悪そうな顔をする。

とはいえ、こればっかりは縁の問題もあるので、維月は苦笑した。

「どちらの宮も、そのように。」

と、自分が座らなくても誰も座れない、と重い着物を捌いて、座った。

思った通り、皆維月が座ったのを見てから、皆椅子へと腰かける。

維月はそれを見てから、弓維や維斗がどうしているのか、そっと後ろへと視線をやった。

すぐ後ろの段には、維明が居る。その後ろに維斗、そして弓維と段を上がるように地位が厳格に分かるように並んでいた。

それは匡儀の後ろもそうで、維明の横には黎貴が、その後ろの段には夕貴が居て、横並びに見ると、維斗と夕貴がうまい具合に並んでいて、上手く行けば話ぐらいはするのではないか、と維月は思った。

何しろここには、本来なら居るはずの侍女が、狭いので入っていない。

なので、皇女も気兼ねなく話が出来る状況なのだが、箱入りの弓維は心細いかもしれない、と、維月は過保護なら少し心配だった。

そうこうしている間に、人が祝詞を奏上しているのが聴こえて来た。

維月は前を見て、扇を上げてそれを眺めた。

「此度の人の神主は声が良いな。」炎嘉が、それを見ながら言った。「前の者は歳を取って声がこちらまで届かなんだのに。やっと任を後の者に譲る覚悟が出来たらしい。」

維心は、クックと笑った。

「そういったところは、神も人も同じよ。前の者は社へ行くにも手助けが必要であったのに、今年は無理だろうと思うておったからな。代替わりした者は優秀なようよ。矍鑠(かくしゃく)としておって見ていて危なげなくて良いわ。」

ここでは、この催しのために、毎年わざわざ白木で新しい社を造り、中に供え物を大量に並べて、そこで祝詞を奏上する。

舞い人達が舞う舞台も、この日だけ作って立てられており、いつもの滝の目の前はその舞台と社でいっぱいで、演者と神主達で身動きできないような状況だった。

それだけでも大概人が多いのだが、今日は観客も多い。それらはいつも参拝する時なら入れる滝の前までも今日は来れず、遠くこちらへ降りて来る石の階段の上や、脇の叢などに、所狭しとびっしり詰まっていた。

確かにこれだけの神が見に来ている催しなので、気の量も半端なく清浄で穢れない空気がこの辺り一帯に広がっているので、ここへ集まった人々は良い影響を受けるだろう。身についた穢れも、神達の気に触れて少しは祓えるのだろうから、少々困難でも立ち合う価値はあった。

だが、毎回大変だなと、維月はそれを見ていて思っていた。元々が人であった記憶もある維月には、大勢の人の中で紛れるのがどれほどに大変なのか分かっていたのだ。

そうして、長々とした祝詞の奏上が終わり、神主が社から退くと、舞台上では演者たちが笛や太鼓、笙を使って演奏を始め、そうして舞いが始まったのだった。

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