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宴の席にて

維月は、さぞかし嫌な女だと思われているだろうな、と思った。

何しろ、地位があるから王族のかたとしか話さない、とか言っているのだ。いつもの維月なら、反吐が出そうな言い分だった。

だが、詩織の身分より何より、その振る舞いなどを知ってしまっている今となっては、それを知っている事実を言えない以上、身分がどうのという口実を持って来るしかなかった。

なので、あんなことを言って、横柄に振る舞ったのだ。

だが、案外に皆が理解して納得しているようなのに、驚いた。

維心から聞いては居たが、神世の常識ではやはり、妃の実家の地位なども関係して妃の序列が決まるらしい。

実家への対面もあるので、王は実家の地位が高いほど、妃を大切する。そうしないと、面倒が起こって宮と宮との関係が悪化してしまうからだ。

しかし、明子も寧々も、高晶に嫁ぐことで、実家の面倒を高晶に見てもらっている状況なので、妃達は何も言えないのだ。

それを良い事に、高晶は自分の好きなようにしていると思われた。

席へと案内されて行くと、高晶が座り、その隣りに詩織、そして維月という並びになる予定らしかった。

維月は、そこではたと足を止めた。詩織の隣りに、行くわけにはいかない。王の高晶様の隣りにも座ることが出来ないのに、どうして私がそこへ座れるなんて思ったのかしら。

維月は思って、侍女に促されてもそこを動かなかった。何も言わず、ただ扇を上げてじっと立っていると、義心が進み出て、喜久に言った。

「王妃様のお席がこことはどういうことか。高晶様とはお隣になれないのは当然の事、我が王がお許しになった者としか同席出来ぬと、先ほど王妃様にも仰られたと思うが。」

そもそもが間違っている。

維月は、思った。高晶の、斜め後ろ辺りが維月の位置だ。他の男と並んで座ることを、維心が許すはずなどないのだ。

そして、それは間に妃が挟まっても同じだった。維心が居たらこの限りでないが、維心不在であり得ないのだ。

そして、詩織の隣りになど座れるはずはないのだ。あくまでも、序列は維月が最上位。詩織は維月の後ろでなければならないのだ。

いつも、王達が前、妃が後ろに並んで座っている時も、維月の方が若干前だ。あくまでも便宜上そうなっているのだが、とにかくはそうやって、公の場では神世ではしっかりと序列をつけるのだ。

臣下は知らないのだろうか。というか、こういう采配は妃がするのだけれど。

維月は、嫌な予感がした。その昔、箔翔が生きていた頃、同じように新しい妃にのぼせて何も知らない妃の言う通りにし、神世に大恥をかいた時があった。もしかして、それだろうか。

維月がそんなことを考えてだんまりを決め込んでじっと立ち尽くしていると、明子が慌てて寄って来て、喜久に言った。

「まあ、何という失礼を。」と、明子は維月に頭を下げた。「申し訳ありませぬ。このような事、我も知りませず。すぐに設え直しますので、お待ちくださいませ。」

明子は、急いで席の移動を臣下達に指示している。維月は、それをそっと眺めた。手際が良い…そうそう、そこなのよ、私の席は。

維月は、思いながらそれを見ていた。

「お待たせいたしました。」明子は、必死に動いていた。女神はおっとりしているのに、これが恐らく最高に速い動きなのだろう。「どうぞ、こちらへ。」

維月は、頷いてその席へ収まる。侍女達が後ろへ並び、弓維が斜め後ろに座る。

その弓維の隣りには、晶子と舞子が座った。

高晶は、明子が作った席に、何も言わずにスッと座った。その後ろには、明子で、維月よりほんの五センチほど後ろの隣りだ。その隣りに寧々、そして一番向こうにもっと下がって詩織だった。

高晶のひとつ空けた隣りには、ちょっと下がって高瑞が座る。なので、高瑞は維月の斜め前だった。

最初から、明子殿に頼んで席を作っておいたら良いのに。

維月は思ったが、言わなかった。恐らくは詩織が、よくわかりもしないで自分の希望で席を作り、そうしてさっきのようなことになっていたのだろう。

「では、龍王妃殿を思いもかけずお招きし、この光栄な日に夕刻に月が昇って参るまで、酒を酌み交わそうぞ。」

高晶が言い、臣下が頭を下げる。

そうして、宴の席は始まった。

やっとか。

維月は、これからも面倒が無ければいいんだけど、と思いながら、隣りの明子を見て微笑んだ。


最初、いろいろな失態を演じてしまったので、明子も申し訳なさげにしていたが、維月がそれを気にしていない風を装って話しかけているうちに、明るく話すようになっていた。

弓維も、後ろで晶子と舞子と一緒に話に花が咲いているようだ。

寧々とは初対面だったが、維月が気を遣って話しかけているうちに、こちらも慣れて来て、楽しく会話することが出来た。

高晶は終始黙って座って酒を飲んでいるだけだったが、高瑞は時に晶子達を気遣い、飲み物はあるか、とか、疲れてはいないか、とか、それはきめ細やかに世話をしてくれていた。

詩織は、ただ後ろで黙って座っている。

臣下達が詩織を歓迎していないのは、誰一人詩織を気遣って話し相手になろうともしない事で分かった。

話していると、明子は、あれから文を出すことを禁じられてしまったので、仕方なくこれまでに維月から指南してもらったものを何度も何度も書き直して、一生懸命手習いしていたのだという。

寧々とは仲が良いようで、その寧々も明子の文字が美しく整って来ているのに驚いたのだと話してくれた。明子は、それを聞いてとても嬉しそうにしていた。

高瑞が、ちょうど後ろを気にしているところだったので、維月はそちらに話しかけた。

「高瑞様。明子様は書が良くなっておると聞いておりますが、高瑞様はご覧になりましたか。」

高瑞は、話しかけられて驚いたようだったが、頷いた。

「はい、龍王妃様。母は朝から夜遅くまで、毎日励んでおりまして。我も驚くほどに文字が美しくなって来ておりまする。どうやらコツを掴んで来ておるようですな。」

維月は、嬉しくて微笑んだ。

「良かったこと。」と、明子を見た。「実は今度、王が歌会を開いてみようかと仰っておって。近隣の宮の王達をお呼びして、もちろん妃の皆様も共に。まだ考えておるところですので、恐らくは新年になるかと思うのですけれど、是非に参って欲しいですわ。綾様もお呼びしようと思うておって…あの、翠明様の妃のかたで。それは美しい文字をお書きになりますのよ。我もお会いするのが楽しみで。」

高瑞が、身を乗り出した。

「ということは、皆様の御手を眺めることが出来ると。」

維月は、微笑んで頷いた。

「はい。炎嘉様や焔様の御手もご覧になることが出来ますわ。誠に華やかで美しい文字をお書きになりますの。志心様も…皆様の御手を見るだけでも、楽しいと思いますわ。」

しかし、明子は顔を曇らせた。

「まあ…ですけれど、我はまだまだ…。」

維月は、そんな明子の手を握った。

「まだまだ時間はございますわ。我でよろしければ、御指南して差し上げますから。また、宮にもお越しくださいませ。王も、それほど話したいのなら、いつなり呼べば良いと申してくださっておりますの。」

明子は、維月に励まされて、涙ぐんだ。

「はい…ありがとうございます、維月様。」

そうやって、維月と自分が顧みていない妃達が仲良く話している様に、高晶は落ち着かなかった。

喜久が来て話し相手になってくれているが、自分は話し相手がいない。

本当なら、明子と維月が話しているのだから、そこへ入れば良いのだが、維月との交流を禁じたのが自分なので、それが漏れはしないかと、とてもその間に入って会話に加わる気になれなかった。だが、それが不自然なのも知っている。

この宴の準備の段階では、自分と詩織、維月が並んで座って、明子や寧々には後ろで控えさせるつもりだったのだ。

だが、考えたらそんな席に設えは、他の宮でも見たことが無かった。そもそもが龍王の正妃と己の妃を隣りに座らせるなど、あってはならないほど非礼だった。龍王が、それを許すはずもないのに、本当に今この時まで、詩織の言うことが間違っているとは思いもしなかったのだ。

高晶は、そっと後ろを見た。明子と寧々が維月と楽し気に観覧している向こうで、詩織はただ、侍女にも遠巻きにされて、たった一人後ろに座らせられている。

本来、あの位置が神世での詩織の位置。

それを、やっと知ったような気がした。この宮では、自分が全て。王の考えで回っているので、王が一番に好む女が、一番に上位なのだと思っていたが、外から見たら、そうではないのだと思い知らされる。

無理にでも正妃に据えてしまえばその地位は生まれがどうの関係なく安泰だが、それは臣下が許さなかった。

臣下が反対するには、理由があるのではないか。

高晶は、ふとそう、思った。

「お母様。」弓維が、維月に話しかける。維月はそちらを見た。「あの、晶子様と舞子様が、お庭を見せてくださると。参ってもよろしいでしょうか。」

維月は、そうか庭が見たいと言っていた、と思い出し、頷いた。

「よろしいわよ。ですが、娘ばかりで案じられますこと…。」

すると、高瑞が、言った。

「我が参りましょう。」と、立ち上がった。「初対面ではありませぬし、気安いでしょうし、共に参ります。」

維月は、高瑞の過去を知っているので、女にあんなめに合わされてトラウマになっているだろうに、それでも優しく出来るなんて偉いわ、と心の中で思った。なので、妙な信頼感があって、頷いた。

「では、お願いしてもよろしいでしょうか。」と、弓維を見た。「気を付けて参るのですよ。何かありましたら、月に。母が聞いて見ておりますから。」

弓維は、微笑んで頭を下げた。

「はい、お母様。」

そうして、晶子と舞子、そして高瑞と共に、弓維はそこを出て行った。

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