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嫌な女

維月は、いつもながら重い衣装を着せられて、これでもかと簪やら頚連やら額飾りやらを付けられて普段なら外出など絶対に嫌で、今頃文句の一つも言っていたところだったが、今日はそんなことは無かった。

自分は、高貴で豪華に見えた方が、力を誇示出来て良いのだ。

だから、維月は今回、持っている着物中でも、一番に良い品を着て出て来ていた。

すっぽりと姿を隠すベールの中に隠されようとも、隠しきれない着物の裾や、光に透ける装飾の美しさが表に出るのは知っている。

こんな物を誇示するのは維月は嫌いだったが、今日は自分の地位を誇示出来るなら、何でもやろうと思っていた。

それでも、龍王妃としての品を忘れてはならない。

維月は、それを自分に言い聞かせ、そうして、厳戒態勢で待ち受ける、高晶の宮へと降り立ったのだった。

何も知らない弓維は、それは嬉し気だ。

滅多に宮の外などに出た事のない弓維なので、外出が嬉しくて仕方がないらしい。

輿がゆっくりと降ろされ、侍女達が入り口の布を両脇へと避けた時、維月は完璧な龍王妃の顔を造り、スッと手を差し出した。

その手は、義心が取って維月を輿から下した。

そこに居る、高晶と高瑞以外の者達が、全員頭を下げているのが見える。

維月は脇に控える帝羽に頷き掛け、帝羽は進み出て今度は弓維の手を取って、輿から下した。

高晶が、黙って緊張気味に立っている。

その隣りには、明子と、他に見ない顔が二人。恐らく、派手な方が詩織だろうと、歳から見て維月は思った。

維月は維心の正妃なので、高晶より地位が高い。

なので、しずしずと足を進めると、扇で顔のほとんどを隠したまま、高晶に先に声を掛けた。

「高晶様。この度は大変に感謝しておりますの。」と、弓維を振り返った。「弓維は、晶子殿と舞子殿と、大変に親しくさせて頂いておるようで。此度こちらへ来訪させて頂いて、大変に嬉しく思うておりますわ。」

高晶は、軽く会釈した。

「我が皇女がお気に召したのならこれよりの事はありませぬ。此度は内輪の催しで、気の利いたことも出来ぬかと思うのですが、楽しんでいただけたらと思うておりまする。」と、脇の詩織らしき女神を見た。「こちらが…」

…妃は正妃が居ないなら最初に入った者から順に紹介するものなのに。

維月はイラッとして、聞いていないふりをして、スッと視線を明子に移した。

「…まあ。明子様、お会いしとうございましたわ。突然にお文が途絶えてしもうて、何事かと我が王に問い合わせて頂こうと思うておりましたぐらい。ですけれど、此度こちらへ参れると聞いて、ならばその時にお伺いしたら良いかと思いましたの。我が王は大変に厳しいかたですのに、明子様なら良いと言うてくださって…お友達と思うておりますの。」

明子は、驚いたように顔を上げたが、涙ぐんだように見えた。そして、頭を下げた。

「我などにそのように申してくださって、大変に嬉しゅうございます。御無沙汰してしまいまして、申し訳ありませぬ。」

維月は、頷いた。

「本日はご同席出来ましたら嬉しいですわ。」

高晶が、脇から言った。

「龍王妃殿、他の妃もご紹介いたしましょう。こちらは、お世話になっておりました千夜の母の詩織でございます。」

維月は、スッとそちらを向いた。だが、頭を下げる詩織を見下ろしただけで、何も言わなかった。

「義心。」

維月が言うと、すぐ脇に膝をついていた、義心が顔を上げた。

「は。」

維月は、続けた。

「王は我に、ここへ来る前に何と申しておられましたか。」

義心は、緊張気味に高晶を見ずに、答えた。

「己の地位をよう弁えて、我が認識しておらぬ、出自がハッキリせぬ者とは口を利いてはならぬ、と。」

維月はゆったりと優雅に頷いて、高晶を見た。

「申し訳ありませぬ、高晶様。王のお言いつけは絶対でございますので…。」

つまりは、詩織が出自がハッキリしないから、口など利かないと言っているのだ。

ちなみに明子は、海辺の小さな宮の皇女だったのは知っている。そして寧々も、同じように小さな宮の皇女だった。

なので、維月はスッと視線を隣りへと向けると、寧々を見た。

「王からお聞きしておりますわ。寧々様、北西の宮の王であられる道長様の妹君であられるとか。道長様とは七夕にご挨拶させて頂きましたのよ。」

寧々は、兄を知っている、と顔を上げて明るい顔をした。

「ああ龍王妃様、兄とお会いになったことがおありなのですね。」

維月は、扇の上に出ている目だけで微笑んだ。

「王と共にご挨拶をお受け致しましたの。まあ兄君によう似ていらっしゃること。すぐに分かりましたわ。」

寧々は、恥ずかしそうにした。

「いつも回りはそのように。己ではよく、分からないのですけれど…。」

そろそろ、立っているのが疲れて来た。何しろ衣装が重すぎる。義心が、それを気取って言った。

「王妃様は、長くお立ちになることがありませぬゆえ。そろそろお席に。」

脇に立っていた、臣下筆頭の喜久(きく)が、慌てて言った。

「気付きませず、申し訳ありませぬ!それではすぐにお席にご案内を。」

喜久がそう言って高晶を見ると、高晶は顔を赤くしていた。それは、怒っているというよりも、龍王妃という地位の女が、龍王よりも厄介で、しかも龍王に完全に守られていて誰と接するにも全てを維心に指示されているという事実に、今頃気付いた自分が恥ずかしかったのだ。

龍王が、出自がはっきりしないと言う女は、龍王が知らない所で生まれて育っている女のことで、龍王妃がその地位を利用されておかしなことにならないように、己が知っているうえ、尚且つ許した品の良い女以外とは、接することを許さないということ。

維心は、明子と寧々の父や兄弟は知っているが、詩織は顔は知っていても、出自を知らない。なので、龍王妃にそのように言いつけているのだろう。

高晶は、仕方なく言った。

「…では、席へ。」

そうして、維月は弓維に頷き掛けて、義心と帝羽がぴったりと二人を守り、そうして二人の侍女がぞろぞろと後ろをついて来るのを背に、喜久に先導されて宴の間へと進んで行った。


重臣筆頭の、喜久は先頭を歩きながら、思っていた。

…なるほど、やはり神世で最上位の女だけあるな。

喜久は、チラと後ろを来る維月を気遣うふりをしながら見て、思った。着ている着物は見た事もない(きぬ)で、染めも刺繍も縫い取りも完璧な代物だ。

垣間見える装飾品の多さ、そしてその細工の細かさには、確かに龍の宮の最高の職人が力を入れて作ったものだろうと思われた。

そのうえ、隙のない身のこなし。まるで軍神のようにきっちりと足を運び、それなのに優雅で美しい動き。そして何より、あの珍しい気。

その上、王がわざわざ紹介しているにも関わらず、詩織に対して一切口を開こうともしなかった。

通常、宮の奥深くに龍王に守られており、滅多に目にすることが無い女と言われているのが龍王妃だ。確かに、簡単には口を利いてはくれないだろう。いや、龍王が許す事しか、出来ないと言った方がいいのかもしれない。

今回、この宮に龍王妃が来ると聞いて、この宮始まって以来の事に、皆が右往左往した。

龍王がよく許したなと思ったが、どうやら明子と仲が良いようだ。

高晶が龍王妃との文のやり取りを禁じたのは喜久も知っていた。そのせいで、急に途絶えた文に龍王妃が案じて、龍王に乞うて、今回特別に出て来たと考えたら合点が行った。

…しかし、そのせいで王は己の妃を皆の面前で貶められるようなことになってしもうたのだがな。

喜久は、内心胸がすく思いだった。何しろ、詩織は王の前ではしおらしいのに、臣下や侍女達の前では横柄で、しかも贅沢ばかりをしたがって、皆が困っていたのだ。

たかが侍女であった女なのにと、皆に陰口を叩かれていたが、それを知られたら王が激昂して投獄されてしまうので、滅多なことは言えなかった。

そんなストレスの多い宮の中、今回のことで、少しは王が分かってくださったなら、と喜久は思っていた。

高晶が、龍王妃の後から歩いて来るが、その後ろには、本来の順で明子、寧々、詩織と歩いている。

これまでなら、高晶と並んで歩いているのは、詩織だった。正妃しか並んで歩くことは出来ないのに、それを高晶が許していたからだ。

だが、龍王妃にああ言われてしまっては、他の妃を理不尽に扱っていると思われてしまう。

高晶も、やはり外聞が気になるようで、そこは命じてそのように並べているようだった。

だが、最後尾の詩織の顔は、扇の隙間から見えるだけでも、まるで鬼のように見えた。

…おかしなことをしでかさねば良いが…。

喜久は、そう思いながら、宴の間へと入った。

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