交流2
何やら揉めている真っ只中に来た帝羽は、一瞬戸惑った顔をしたが、文箱を手に言った。
「あの、王…。維月様に、いつものお返事をお持ち致しましたが。」
維心は、何度も頷いた。
「良い。維月にそれを。」
帝羽は、その異様な空気にまだ躊躇いながらもそれを差し出した。維月は受け取りながら、帝羽に言った。
「何か調べて来ましたの?」
帝羽は、おどおどと維心や義心を見たが、頷いた。
「は…。あの、お時間を頂いて申し訳ありませぬ。その、我には過去を知る事は出来ませなんだが、今の宮のご様子は調べて参りました。やっと本日は王にご報告をと。」
維心は、今聞いた事以外に何かあるか、と頷いた。
「良い。過去は義心が既に知っておってだいたい聞いた。百ぐらいの皇子はおらなんだか。」
帝羽は、驚いた顔をした。
「は。高瑞様の皇子らしく、母の事は分かりませなんだが、高湊様と仰るのは知っておりまする。なせが隠しておいでのようでした。」
維心は、帝羽を促した。
「ならば他には?どうであったか。」
帝羽は、背後で黙っているただならぬ維月の様子に怯えながらも、答えた。
「は…。その、詩織様という三番目の妃が、あちらでは問題になっておるようでございます。高晶様には、大変なご執心で、何でも言いなりであられるのだとか。ご本人はどうしても男子を産みたいと、高晶様を毎夜己から訪ね、また高晶様もお呼びになるようです。臣下達は穏やかで美しくお育ちの上、大変に勤勉で賢い高瑞様を次の王にと考えておるので、詩織様が男子をお産みになれば、もしかしてそれがどんな皇子でも跡目にと言い出すのではと、皆戦々恐々としておる状況で。詩織様には、侍女の頃からあまり良い噂はない方のようで、臣下はその子が跡目に座るのは…と思っておるようです。」
だからすり寄って来る女は信用ならぬのに。
維心は思ったが、千夜をこちらで育てて良かったと思った。千夜は本当に良い女神で、気立ても良かった。だが環境が悪かったらどうなったか分からないからだ。
「…なかなかの野心家であるとは、聞いておったのだ。今はそのようか。」
義心が言うのに、帝羽は頷く。
「誠に裏表のあるご性質のようであった。我は龍軍の軍神なので、大変に扱いは丁寧であられたが、それでも維月様と明子様が懇意なのには、良く思うておらぬような空気を感じたものよ。」
維月は、報告を聞きながら、文箱を開いて中を確認していた。
そして、維心を見た。
「…高晶様から、手がその様なのに私とやり取りなど立場を考えよと言われたと。」と、維心に、その文を押し付けた。「ご覧になってくださいませ!もうやり取りは畏れ多いと断るように仰られたと申しておりますわ!」
維心は、仕方なくそれを見た。
すると、幾分良くなって来ている文字で、確かにそう書いてあった。
「…恐らくは、詩織様が高晶様に何か申したのでは。」
義心が言うのに、維心は渋々頷いた。
「であろうの。とはいえ、妃の交友関係は王が許してこそなのだ。維月もそう。我から何某か言えぬの。」
維月は、それでも言った。
「維心様が私に許されておるのに、高晶様は許されぬのですわよ?私は明子様の友に相応しくないと言われておるのに、維心様は平気でいらっしゃいますの?」
言われてみたらそうだ。
他人の宮の奥の事に関わりたくない維心なので、ついそんな考えは浮かばなかったが、維月の言う事はもっともだった。
「だが…ならば我にどうせよと申すのだ。主が高晶を不能にしておるから、男子誕生も阻止されておるし、この上何を?」
維月は、ギリギリと歯ぎしりした。何しろ、神世の男の身勝手さには我慢がならない。維心が神世最強の力を持っているのにこんな感じなので、余計他の男が許せなかった。
「…私、嫌な女になりますわ!」維心も義心も、帝羽も仰天した顔をする。維月は続けた。「あちらへ参りまする!」
「「「ええ?!」」」
全員が叫んだ。龍王妃が宮を出て友に会いに行く?!しかも、嫌な女になると?!
「な、何をするつもりよ!維月、主は龍王妃なのだぞ!神世最高位の女なのだ!滅多な事は出来ぬのだぞ?!」
「分かっておりますわ!」本当に分かっているのか分からない。「でも、参ります!誰も何もしてくださらないのですから、私が何とか致します!」
奥へと向かう維月を、維心は慌てて追い掛けた。
「待たぬか維月!ならば我が何とかするゆえ!維月!」
二人は、奥の間に消えて行く。
義心と帝羽は、どうなるのだろうと、顔を見合わせたのだった。
それから、維心は必死に維月を説得したが、維月はどうあってもあちらへ行くという意思を曲げてはくれなかった。
維心が何とかすると言っても、具体的にどうするつもりなのか維月に聞かれ、すぐに何も答えられなかったのがまずかったらしい。
なので、あちらへいきなり龍王妃が行くのはいくら何でもまずいので、催しがある時に、こちらから行くということにしたらどうか、と説得した。
維月は、すぐにでも訪ねたいようだったが、渋々といった風で維心の案を飲んだ。
高晶の宮では、近く納涼の宴が開かれる。
これまであまり周囲の宮からは呼ばれることも無くて、維心もそれに行ったことは無かったのだが、今回は弓維がそちらの宮の庭が美しいと聞いて、どうしても行きたいと行っている、と知らせをやり、表向きは弓維が晶子と舞子に会いたいから、という理由で、維月は保護者として行く事になったのだ。
茶会の時も、晶子と舞子に明子と高瑞がついて来たので、それはおかしくは無かった。
とはいえ、龍王妃という地位は大きく、あちらではかなりの準備を整えて、それは大変らしい。
維心は、何も無ければ良いが、と心配だったが、龍王の自分が一緒に行くわけにも行かず、不安ながら送り出す事にしたのだった。
もちろん、護衛には義心と帝羽をつけて、何かあったら問題なくフォローするようにとくれぐれも命じてあった。
二人は、かなりの重責なので硬い表情をしていたが、それでも黙って、維月と弓維に付き従って龍の宮を飛び立って行った。
飛び立つ維月と弓維を見送ってから、維心が息をついて奥宮へと向かおうとすると、鵬が寄って来て、言った。
「王。只今匡儀様から書状が。」
維心は、眉を上げた。そして、気持ちを切り替えて言った。
「何を言うて来た。」
鵬は、頷いて懐から書状を出して、維心へと差し出した。
「はい。こちらでございます。」
あれからひと月も何も言うてこなんだのに。
維心は、そう思いながらその書状を開いた。こちらから婚姻の話を断って、向こうがどう反応するかと待っていたのだが、一向に返事が来なかったのだ。
あちらからしたら、質を差し出したのだから、こちらはこれ幸いと受けると思っていたはずなのだ。それを、維心は蹴った。しかし、にべもなく突き放したのではなく、あくまでも両宮の平穏のため、質のような婚姻はやめようという寛大な断り方だった。
あちらが返事に困るのは、目に見えていた。
だからこそ、考えていて今になったと考えることが出来る。いったい、何を言って来たのかと維心が書状を開くと、そこには、思っても居なかった事が書いてあった。
「…ほう。あちらの月見の宴に、招待すると申して来たわ。」
鵬は、驚いて首を振った。
「そのような。今の状況で、酒など酌み交わす心地にならぬものなのではありませぬか。」
維心は、書状を鵬へと返した。
「だからこちらがああ言ったからではないのか。開いてしもうた距離を縮めて話し合いをしたいという事だろう。とはいえ、普通は臣下レベルで話し合ってから、王同士が会う段取りをするもの。確かに性急過ぎるの。だが…月見の宴は、ふた月後。それまでに、臣下同士ですり合わせようという事ではないか。主らで考えよ。もしまとまったなら、我は参っても良い。」
鵬は、何度も首を振った。
「ふた月しかございませぬのに!完全に王が襲われる事など無いのだという確信が無ければ、我ら王をあちらへお見送りすることなど出来ませぬ!」
維心は、苦笑しながら言った。
「案じるでないわ。何があっても我は討たれるようなことは無いゆえ。我も居るが、十六夜も居る。何かあったらあれに頼むから。とにかくは、主らですり合わせよ。任せる。」
「王…!」
鵬は、まだ反対したいようだったが、維心は踵を返した。
あちらへ行って、自分を討つ勇気など、匡儀には無い。こちらにはまだ、自分の子である維明も維斗も居り、将維は死んだが、前世の子である明維、晃維、亮維がまだ残っている。
匡儀ぐらいしか頼るような大きな気の神が居ないあちらと比べたら、維心一人を討ってもどうにもならないのを匡儀は知っているはずなのだ。
なるようになる、と、維心は思っていた。




