茶会
その頃、維月は午前中の茶会を終えて、庭をしばらく散策した後、また午後の茶会の席に出ていた。
茶会自体は嫌いではないし、話すのは苦ではないのだが、何しろ衣装が重い。なるべく軽い物を選んだのだが、それでも頭の簪の多さはここに居る誰よりも多いので、首が凝って仕方がないのだ。
それでも、今日は全ての髪を上げるスタイルはやめて、大半は後ろへ下すスタイルにしたので、髪の重さが上からのしかかっていない分、まだマシだった。
首からは龍王の石で作った頚連、そして額にも同じデザインの額飾りと、見た目には豪華だが、重い装いのまま茶会に出るのは、本当に疲れた。
なので、いつもはちゃきちゃきと動く維月だが、おっとりと座っているだけであることが多くて、品があると言われるのだから神世は分からない。
神世の女神達は、衣装に縛られてゆっくり動くので、そのせいでゆっくりしているのが品が良いなどという価値観になったのではないか、と維月は思っていた。
目の前では、午前中は緊張気味にしていた初対面の皇子達も、だいぶ慣れて来て緊張もほぐれ、今では同席している維斗とも快活に話している。
駿の第二皇子である騅は、駿よりもどちらかというと椿に似た様子で、気の強そうな口元に涼し気な目と、凛々しく美しい皇子だった。
そして、高晶の第一皇子である高瑞も、高晶譲りの優し気な容姿で、それでいてまた精悍な顔つきで、歳も成人して少しの280歳、イキイキと元気な年頃で、皇女達も見惚れていた。
皇女は、小さな頃から弓維と交流のある駿の皇女である柚と楓、そして、千夜の異母姉になる、高晶の皇女の晶子と舞子が来ていた。
四人とも、しっかりと躾けられていて上位の宮の皇女らしく、礼儀正しく素直で、維月は好感を持った。
維月は、遠慮して少し後ろで、同じ保護者である高晶の妃の一人である、明子と話していた。
「こうして龍王妃様とお話する機会をもてまして、我は大変に光栄でありますわ。」明子が、二人で並んで子達が話す様を眺めながら微笑み、ふと言った。「千夜殿は我の子ではありませぬが、それでもこちらで礼儀を幼い頃からお教え頂き、早うに良いご縁に恵まれました。我の皇女達も、もしかしてと期待しておりますの。」
維月は、微笑みながら思った。確かに娘の嫁ぎ先には悩むもの。ましてもう、二百を超えて三百も近くなって来ると、自然焦って来るのだろう。
それでも、生涯嫁がずに宮で過ごす皇女も、多いのは事実。
維月は、答えた。
「まあ。ですけれど我が王に於かれましても、弓維には王の結界内から出さぬでも良いと申されているほどで。姉の瑠維は軍神に降嫁させ、やはり領地内に置かれましたの。ですから、特に無理に嫁ぐ必要はないのではと、我は思うておりますの。」と、高瑞を見た。「しかしながら高瑞殿には、大変にご立派な様であられること。皇子があのようであられたら、高晶様にもお心強いことでしょうね。」
明子は、高瑞も自分が産んだ子だったので、それには嬉し気に頬を赤くした。
「そのように申して頂いて、大変に嬉しいですわ。最近では、王のお留守に宮を任されることも多くなって参り、一人前になりましてございます。」と、しかしここで顔を曇らせた。「ですが…あの子もまた、縁遠いようで。良いご縁があればと思うてはおるのですが、そういった事にはこれまで本当に興味もなく来てしもうて。案じられますわ。」
あれだけ優し気で凛々しいのに。真面目なんだろうなあ。
維月は、心の中でそう思った。神世には珍しいソフトな語り口で美しい皇子なのだ。女が寄って来て仕方ないだろうに、むしろそのせいで面倒に思っているのかもしれない。
そんなことを思いながら、維月は子達の語らいを、離れて微笑ましく見守っていた。
維斗は、こう見えてもう300歳をとうに超えていたので、この中ではこういう場に一番慣れている方だった。
なので、母に話を聞いた時も、弓維のフォローをしてやろうと、あっさりと自分が出ると申し出た。
出て良かったと思ったのは、駿の皇子の騅と、高晶の皇子の高瑞とゆっくり話せたことだった。
この二人は、間違いなくこれからの世を共に歩いて行く者達で、知り合っておいて損はない。できたら維明がそれを担った方が良いのだが、生憎維明はこういったことに明るくないので、維斗は自分がやれば良いと思っていた。
騅は快活で、それでも控えめで姿は椿に似ていたが、中身は駿に似ているようだった。
とても清々しい性質のようで、話していて嫌味も無く素直で冗談も言える皇子で、第二皇子らしい茶目っ気もあった。
母達は後ろで別に話しているようだったので、こちらは維斗が退屈せぬようにと気を遣っていたのだが、話題の足しにと、歌を詠んでみようと提案してみた。
しかし、敷居が高いといけないので、最初は知っている歌などを、皆で書き散らしてみようという事にした。
それぞれに思い思いの気に入りの歌を書き、それを皆で眺めるという趣向だったのだが、文字にはやはり、その性質が現れる。
それにしても、やはり綾の子である椿が育てただけあって、駿の皇子皇女達の手は、相当に美しいものだった。
「まあ…。」晶子が、袖で口を押えて言った。「皆様なんと素晴らしい御手を。我は恥ずかしい限りですわ。」
そういう晶子も、それなりに美しい手なのだ。
それでも、駿の宮の子達の手が美し過ぎて、霞んでしまうだけだった。
「維斗殿のそれは、性質が現れておるようですな。」騅が、感心したように言った。「なかなかに大きな気持ちを考えさせる、それでいて美しい文字で。維心様の御手がかなりのものだと聞いておるので、やはり師が良いとこうなるものか。」
維斗は、苦笑した。
「父の手になど、程遠いのだ。あれはなかなかに真似の出来るものでもなくての。もっと精進せねばと思うておるのだ。それより主の手も、華やかで美しくて驚いた。」と、高瑞を見た。「主の手も。男らしいが優し気で、大きさも感じさせるものよ。」
そういう性質に見えていたが、誠にそうのようだ。
維斗は、そう思ったが、高瑞はじっと、一点を見つめていた。
何を見ているのだろう、と維斗が思って見ると、そこには弓維が書いた、母の維月の文字に似た、しかし幾分愛らしい感じの文字があった。
弓維がそれに気付いて、顔を赤くした。
「まあ…お恥ずかしいですわ。」弓維は、扇を上げて、下を向いた。「まだ未熟で。母の文字に近付けたらと毎日精進しておるのですけれど、追いつくことが出来ませず。そのようにじっと見つめられては、困ってしまいまする。」
それを聞いて高瑞は、ハッと顔を上げた。
「弓維殿の御手か。」と、またその文字へと視線を落とした。「何と素直で優しく、高貴に美しい愛らしい文字であることか。誠に…姿ばかりか、まさか文字までこのようだとは…思いもせなんだ。」
弓維は、益々顔を赤くした。父や兄達以外に、見せた事も無い文字であるので、他の神が自分の文字をどう思うかなど、初めて聞いたのだ。
「弓維様のお母様の龍王妃様の御手も、それは素晴らしいのですわ。」柚が、微笑んで脇から言った。「母と祖母が、常そのように申しておって。祖母でも今も、お文を取り交わしながら、手習いを続けておるのだと申しておりましたわ。誠にお美しい御手ですの。」
高瑞は、興味を持ったようだった。
「ほう。是非に見てみたいと思うが、龍王妃様の御手など畏れ多くてそのような機会はなかなかにあるまいな。」
維斗は、チラと母を見た。母は、まだ隣りの明子と楽し気に話している。こちらで何を話しているのか、全く聞いていないようだ。
「高瑞殿は、書に興味がおありか。」
維斗が言うと、高瑞はすぐに頷いた。
「遥か昔に、父に連れられて行った宮にあった文字を見てからずっとの。それは美しい女文字で…額に入れて飾ってあったのだが、それがどこの宮であったか、何しろ幼すぎて覚えておらぬのだ。しかし、ただ美しい文字であったので、強烈に印象に残っておって。その文字を探して、我は様々な宮から書を取り寄せては毎日精進しておるのだ。その文字に、なぜか弓維殿の文字は、似ておるように思う。」
舞子が、横から言った。
「お兄様は、大変に書の達人だと宮では言われておりますの。何しろ、父より素晴らしい文字をお書きになるので…母も、我らの書の指南は兄にさせておったぐらい。我らでは、お兄様には敵わぬのに。」
維斗は、微笑んだ。
「舞子殿も晶子殿も、良い文字を書かれると思う。素直そうで、伸び伸びとしておるからの。」
言われて、二人は頬を赤く染めて、下を向いた。維斗は美しいが親し気に話すので、実は女神には、維明より人気があるのだ。
それに気付かず、維斗は高瑞に言った。
「母に頼んでみようか。案外に母上は気軽に書を書いて見せてくれるもの。」
高瑞は頷いたが、晶子が少し、気遣わし気な顔をした。
「あの、ですが…。母は、あまり外では書を記したりしませぬので…。」
得意でないのか。
つまりは、ここで維月に頼みに行ったら、そのまま母も書かされるのではないかと案じているのだろう。
維斗は、苦笑した。
「ならば後程。母が書きつけたものが我の部屋にあるので、侍女に取って来させよう。幼い頃からよう、我らの書の指南に付き合ってくれたもの。母の御手は、あちこちにあるから。」
高瑞は、期待に満ちた目で、頷いた。
そうして、また弓維の文字に視線を落とす。
維斗は、その様子を少し、興味を持って見ていた。




