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条件

それから、ひと月経った。

神世のひと月は、一週間ほどの感覚なので、そう時が経ったようには思えない。

そんな折、こちらの定期会合へ出掛ける準備をしていた維心のもとに、鵬が慌てて入って来た。義心も迎えに来ていて、足元で膝をついている。

「鵬?何ぞ、これから出ねばならぬのに。帰ってからにせよ。」

維心が眉を寄せて言うと、鵬は何度も首を振った。

「いえ、あの、匡儀様から!書状と幾つかの厨子が参りましてございます。」

維心は、眉を上げた。

言われてみたら、あちらの大陸には会合など関係ないので、いつ開かれるなど知らないだろう。タイミングは悪いが、受けない訳には行かない。

「…炎嘉に会合に遅れるゆえ、そっちは何とかしておけと伝えよ。」と、維心は義心に言い、手を差し出した。「書状を。」

義心は、頭を下げて出て行く。

鵬は、急いで維心にその書状を手渡した。

維心は、書状を手にして椅子へと座り、中を確認すると、鵬へ開いたまま返した。

「…詫び状よ。突然に挨拶もなく帰った非礼を詫びて来た。それだけぞ。」

鵬は、書状の中身を確認し、頷く。

「は。厨子には大層なお品が詰められておりました。特大の物が、十ありました。反物から酒から、維月様、弓維様宛に装飾品など、かなりの数になりまする。」

維心は、ため息をついた。

「とりあえず折れて来た案配ぞ。まあ、あれが愚かではないと分かっただけでも良い。」

鵬は、しかし難しい顔をした。

「しかし王…。こちらとしては当初の動きなど、見過ごせるものではないのでは。彰炎様などの援護が得られたら攻めて参るつもりでおったのでしょう。信用することは出来ませぬ。」

同族であるから。

鵬は、そうは言わなかったが、思いはそうだろう。

維心は答えた。

「だとしてもあれは攻めて来ぬ判断をしたのだ。頭が冷えて状況が見えたのだろう。直接被害を被ったわけでもないし、我としてはこれで手打ちで良いわ。仮に来たとしても、あれに我を討つ事など出来ぬ。案じるでない。」と、考えて、続けた。「…こうなると、次は縁談を進めようとして参るであろうな。近々また連絡が来よう。しかし、今の状態で弓維はあちらへやれぬ。だが、夕貴を維斗が娶るのは許しても良い。弓維をやるとしたら、その後ぞ。」

鵬は、顔を上げて言った。

「…あちらが皇女を差し出して完全に折れてからと言うことでございますな。」

維心は、頷く。

「友好関係あってこその、お互いに対等な条件での婚姻よ。あちらが誠に和解を求めておるのなら、まず皇女を差し出してこちらにそれを示し、落ち着いてからなら、また考えても良いということ。この書状の様子では、こちらがこれを受け入れることで、何事もなかったように縁談を持ち出して参ろう。条件なども提示して参るやもしれぬ。例えば、あちらは第一皇子に弓維なので、こちらは維明に夕貴を、などな。それは出来ぬ。維明の子はこちらの王座を継ぐのだ。この状況でそれは無理だということぞ。あくまで我は、あちらと事を構えるつもりはないが、完全に折れるつもりもないと知らしめねばの。」

鵬は、頭を下げた。

「は!では我ら、そのつもりでこれからの準備を整えておきまする。」

維心は、頷いて立ち上がった。

「参る。後は帰ってからぞ。」

そうして、維心はそこを出て行った。


維心は、考え事をしながら飛んだので、着いた時にはもう、会合の間から皆が出て来るところだった。

今日は、志心の宮での会合だったのだが、炎嘉が先頭で出て来て、維心が歩いて来るのを見て、ムッとした顔をした。

「維心!主はもう、我に丸投げしおってからに!」

維心は、炎嘉がこちらへ歩いて来るのを立ち止って待って、何でもないような顔で言った。

「いつも勝手に進める癖に。我など座っておるだけだと申すではないか。」

背後から、志心や焔、蒼、駿、翠明、、箔炎、高晶も歩いて来るのが見える。

「それはそうだが…」

炎嘉は、常に本当にそう言ってしまっているので、口ごもった。

志心が、割り込んだ。

「まあ大したことも無かったし、早う終わったから良いではないか。して?何かあったから遅れたのではないのか。」

志心が言うのに、維心は頷く。

「匡儀から書状が来ての。」驚く皆に、維心は促した。「宴の席へ参るのだろう?皆が出て参る。ここで留まれぬ。参るぞ。」

後ろからざわざわと聴こえて来ている。

志心が、先に足を進めた。

「いつもの大広間ぞ。参ろう。」

早く話が聞きたい。

皆は、いつもよりかなり早いスピードで足を動かし、大広間へと入った。


志心の宮なので、今日は志心が中央の席だ。

そして、志心が宴開始の挨拶をして、皆が酒を酌み交わして雑談を始めるのを待って、焔が我慢ならずに言った。

「して?維心、何を言うて参ったのだ。早う申せ。維月も連れて来ておらぬし、面倒でも持って来たか。」

皆が同じ気持ちだったが、焔があまりに性急なのでさすがに目を丸くする。

維心は、顔をしかめる。

「維月は本日宮で茶会をしておるからぞ。弓維の気を紛らわせると申して、駿の宮や高晶の宮から皇女を呼んだりしておるから来ておらぬだけ。」

駿は、それに頷く。

「言うておった。柚と楓だけでは心もとないゆえ、(りゅう)を宮に残して(すい)について行かせた。」

高晶も、頷いた。

「うちも詩織の子でなく明子の子の晶子(しょうこ)舞子(まいこ)が参っておる。高瑞(たかみずき)について行かせておる。千夜が成人せぬ間にさっさと公明に嫁いだので、明子が焦っておって。龍の宮へ参ったら何か縁もあるのではと申してな。」

炎嘉が、焦れて首を振った。

「茶会などどうでも良いわ。それより匡儀ぞ。何を言うて参った。」

維心は、息をついた。

「主らはもう。ああ、出がけに書状と厨子が大量に来てな。ただの詫び状であったわ。挨拶もなく勝手に帰ってすまぬなという感じぞ。あっさりしたものよ。」

焔が、眉根を寄せた。

「あっさりとて…だが厨子は大量に参ったのだろう?普通詫び状と厨子一つぐらいではないのか。多くて三つ。いくつ来たのだ。」

維心は、頷いた。

「十と鵬が申しておった。」

そこに居た全員が、目を丸くした。

「十?!それは多いの!」

焔が、思わず言う。たかが挨拶をしなかった非礼ぐらいで多過ぎるからだ。

維心は、呆れたように言った。

「別にあんなもの要らぬ。我は物に困っておらぬから。」

蒼は、それでも多いと思った。維心の宮の財力では、少々の物では謝った事にならないと考えて、大量に送ったとしても、普通ちょっと挨拶をしなかったぐらいでそんなに物を大量に送ったりしないのだ。何しろ、それが基本になって、これからそれ以上の事があれば、それ以上の物を送らねばならないからで、自らその基準を上げたりしないものなのだ。

それでもそれだけの品を贈って来たということは、あちらはそれだけのことをしたと思っている、と暗に知らせて来ているようにも思えた。

「その…オレも最近では、神世の常識も分かって来たと思うんですけど。」 蒼が、おずおずと言った。「多すぎますよね。匡儀は、それだけすまないと思っていると維心様に暗に知らせているということでしょうか。」

維心は、息をついて杯を下ろした。

「であろうな。だが、肝心の書状の内容はあっさりしたもの。誠に挨拶無しですまない、と急用が出来て帰ったぐらいの文面であったわ。なので鵬も、これで無かった事には出来ぬのではと申しておったが、我はこれで手打ちで良いと思うておる。明らかにあちらから折れて参ったのだから、ここはこれ以上拗らせとうないしの。この志心の領地の中にも、我が軍神が一万も厄介になったままであるし、これで帰せるかと安堵しておる。」

志心は、それでも怪訝な顔をしながら維心を見た。

「別に主の軍神は品行方正で問題も起こさぬしこちらの手助けはしてくれるし助かっておるから、それは良いのだが…誠に良いのか。知らぬなら良かったが、あちらが攻めようとあちこち打診しておった事実は知っておるのだぞ?」

維心は、酒を口に含んでから飲み込み、答えた。

「本心から信頼などしておらぬ。だが、戦にはしとうない。我はあちらを消し去るだけの力があるし、それをあやつも知っておる。だからこそ、折れて参ったのだろう。ここは間違っても攻め込もうと思わぬように、徐々に抑えて参るしかないと思うておる。なので婚姻も、あちらの皇女を維斗の妃にするのは良いが、同時に弓維をやることは出来ぬと思うておる。」

それには、焔が険しい顔をした。

「…主が言うは、わかる。つまりは皇女を差し出させて、完全に立場をハッキリさせてからでなければ和解は出来ぬと知らしめようというのだろう。」

維心が頷くと、炎嘉が言った。

「とはいえ、そう上手くは行かぬだろう。もしかしたら、弓維を黎貴にもらうゆえ、夕貴は維明にと申して来るやもしれぬではないか。その書状といい、厨子の数でうやむやにして、対等の立場に戻りたいと思うておるのではないのか。対して主は、あくまでもこちらが許してやったのだという立場を取ろうとしておるのだな。」

維心は、盃を置いて、息をついた。

「分かっておる。だが、甘く見られるわけには行かぬ。力は我の方が上なのだ。あれが我に張り合おうとしたこと自体、本来許される事では無いのだからの。それを許してやろうというのだ。それだけでも、感謝してもらいたいぐらいよ。」

それを聞いて、炎嘉も焔も、蒼も顔を見合わせる。維心が言うことは分かるし、匡儀は悪かったのだ。王ならばあの場で、他の王達のように遊びに徹して負けたら負けたで笑い飛ばすぐらいでなければ、一族の立場を決めてしまう危険な立場であるのに、感情に振り回されていてはならないのだ。

志心が、深いため息をついた。

「誠に厄介なことよ…。」

誠にそうだ。

皆がそう思ったが、維心の手前、それは口に出さなかった。

何しろこれは、龍族の中での内輪もめで、回りがこれ以上、口出するようなことでは無かったのだ。

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