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縁談

維斗は、弓維と共に居間へと呼ばれ、その話を聞いた。

内容を聞いて、維明が呼ばれなかったのは、父がこの話は自分にと思っているということだと悟り、眉を寄せる。次の王である兄ではなく自分にということは、その皇女はそれほどでもないということだろうか。

そう思っていると、維月がそれを見透かしたように言った。

「ご苦労をなさった方で気立ては良いかたらしいの。ただお父様は、維明は大変に気難しいので、あなたのように妹の面倒も見る優しい気質の神の方が、良いだろうと思われて。あなたは千夜殿がこちらへ行儀見習いに来ておる時も、気遣ってくれておったでしょう。なので、良いのではないかと思われたのよ。」

高司の宮から来て弓維と仲良くしていた千夜も、こちらに居る時に会合に来た公明と出会い、見初められてそちらへ嫁いでいた。

姿も心映えも愛らしい姫だったので、うまく行けば維斗か維明の妃にと考えていた維月には残念だったが、維斗にしてみれば妹という感覚だったらしく、その機会もなかった。

なので今回こそ、そろそろ身を固めてくれたら、という思いだったのだ。

維斗は、答えた。

「何事も父上がおっしゃるように。こちらへ参られるとのこと、それで母上も良いとお思いならば、我に異存はございませぬ。」

模範的な皇子の答えだ。どちらにしろ父王が決めた事に、例え維明であっても逆らう事など出来ないのだ。

しかし、維心は言った。

「我はまだ決めてはおらぬ。維月の考えもだが、事婚姻となると双方の意思が重要だと我は思うておる。主が否なら断るゆえ、申すが良い。ただ、一度会うことはせよとのことぞ。」と、弓維を見た。「主もの。無理に嫁ぐ事はないのだ。」

弓維は頭を下げたが、黙っていた。

何しろ、まだ男などとは兄弟以外に接したことがないのだ。実感もないのだろう。

維月は、そんな弓維を気遣った。

「あなたはまだ成人もしておらぬし、まだお父様のお側にと思うておるならそれでも良いのよ。ただ、同じ種族の次の王であられるから。どこへ嫁ぐより、穏やかに居られるのは確かだと私は思うわ。」

弓維は、頷いた。

「はい、お母様。千夜殿も成人前に嫁がれておるし、我も覚悟は出来ておりまする。」

維月は、微笑んで言った。

「何か、このような殿方なら、とかあるの?このご縁が無かったとしても、お父様はご配慮くださると思うわ。」

弓維は、扇で赤くなった顔を隠して、おずおずと言った。

「あの…」と、維心を見た。「お父様のようなかたがよろしいです。」

維心は、驚いた顔をした。まさか前世の娘の紫月のようにつきまとうのではなかろうの。

維月は、察して苦笑した。

「まあ。お父様は唯一無二の神であられるから…。このような方はそうそう居られませぬ。でも、どのようなところがあなたの良いと思う性質であるのかしら。」

弓維は、答えた。

「はい。お父様は完璧で全てが素晴らしい神であられまするが、特にと申しますと、何事も思うままの龍王であられるお父様が、お母様だけを大切にしておられるところ。我は、そのように穏やかにお母様のように幸福に暮らしたいと思うておりまする。」

分かるけど、王となると難しいかも。

維月は思った。維心は本当に真っ直ぐで、維月と決めたら維月だけ、他は虫けら以下だと思っている節がある。地位がある神で、それはなかなかに居るものではなかった。

「まあ…。」

維月がどうしたものかと困っていると、維心は理由を聞いてホッとしたのか、答えた。

「ならば王より軍神に降嫁する方が良いやもしれぬな。我はこのようだが、世間ではなかなかにそうは行かぬもの。心ならずももう一人、ということも、臣下が勧めてあるのが普通。まあ、そこは個の性質もあるし我にも分からぬ。とにかくは、匡儀の皇子に目通りし、そこから考えれば良い。否なら我が、軍神への降嫁を考えるゆえ気楽にしておるが良い。」

弓維は、素直に頷いた。

「はい、お父様。」

そうして維斗と二人、出て行った。

それを見送って、維月は維心を見上げた。

「困りましたこと。軍神であっても複数妻を娶る事もございます。義心は…前世の記憶があると知っておりまするし…。」

維心は、息をついた。

「誠にの。いくら我でも軍神に他を娶るなとは命じることはせぬ。しても良いが、それで弓維が幸福かと言われたら分からぬからな。とはいえ、黎貴がどうかと言われたらそれも分からぬ。しかし軍神の方が、あれの望むようには大切にはしようがの。我の娘であるからな。」

維月は、維心に身を擦り寄せて言った。

「誠に私は幸運でございます。父も維心様によう嫁いだものと申しておりましたが、私もそのように。維心様以外であったなら、今頃は里で独り身になっておった事でしょう。」

維心は、声を立てて笑った。

「誠に主は難しいゆえな。ゆえに里へ帰るなど簡単に申すでないぞ。我以外に居らぬのだろう?」

維月は、笑った。

「まあ維心様ったら。」と、維心に抱き付いた。「はい。維心様しか心より愛するかたなど居りませぬ。他の神など、陰の月であっても愛してはおらぬのに。どちらの私も、維心様だけをお慕い致しておりまする。」

維心は、嬉しげに維月を抱きしめ返したが、ふと、思い出して言った。

「…陰の月と言えば、この百年揉めておったの。十六夜はまだ、碧黎に首を縦に振らぬか。」

維月は、顔を曇らせる。

あの、アマゾネスの一件で、碧黎は維月を陰の月から陰の地にしたいと言っていた。だが、無理にとは思っていないようで、十六夜が納得してからと保留になっている。

十六夜はと言えば、その話題は避けたいような空気をいつも感じるので、恐らく分かってはいるのだが納得出来ないのだろう。

「はい…。父は気長に待つしかないと申しておりますし、私もそのように。二人が決めたことならば、私自身は地でも月でもよろしいのです。ただ、陰の月は未だ完璧に制御出来ておるわけではなく、不安があるのは事実。維心様しえよろしいのなら、地に落ち着いた方が私としては安心するのやもと。」

維心は、ため息をついた。

「我はもとよりどちらでも主であるなら良いし、我としても他の男を警戒せぬで良いからどちらかと申せば地に落ち着いてくれた方が良いとは思う。とはいえ、もとは十六夜と二人で月である命。十六夜の心地も分かるゆえ、我からは何も申さぬつもりよ。」

維月は、ゆっくりと頷いた。十六夜以外は皆、臣下達でさえ面倒のある月よりも、地の陰の方が良いと思っているのだ。

しかし、十六夜の気持ちを考えて維心が何も言わぬので、誰も何も言わないだけだった。

「…難しいことですわ。」維月は言った。「また何かあってからでは遅いとは思うのですが、お父様はその時には有無を言わさずとっとと月から下ろすと申しておりまして…。十六夜の気持ちが、それまでに整えば良いのですが。」

維心は、顔をしかめた。この百年のらりくらりとかわしていたのに、今さらそのような事は望めないだろうに。

となると、やはり何かが起こってからということになりそうだ。

「…頭の痛いことよ…。」

その何かを避けたいのだというのに。

維心は、十六夜の気持ちは分かるが維月の事も考えて欲しかった。前までの十六夜なら、自分より維月だという判断の仕方だったのに、どうも今回の件だけはそうは思えないらしい。

どうしても譲れないものもあるということか。

維心は十六夜を理解しようとそう思ったが、それでも危ない橋はもう、渡りたくはないと思っていた。

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