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苦悩

結局その日、匡儀は宇洲にも誓心にも会って話をしたが、二人は彰炎と同じように、それは龍族の中のこと、と、興味すら示そうとはしなかった。

特に誓心は、絶対に志心だけには手を掛けぬと匡儀を強く睨みつけていたので、もしも匡儀があちらへ攻め入って、白虎が維心と共に戦いに出て来た場合、それに手を掛けた匡儀のことを、背後から襲って来るのではと思わせられた。

確かにこれは、龍族の中のことなのだ。

だが、島の結束はこちらのそれとは違って、それは強い。こちらより早く平定されていたのもあるが、あの狭い島の中で、己の領地を守るだけでなく、盟友の領地も共に守る。そうして、お互いに助け合ってあの島は成り立っている。

その頂点で、皆を一番助けているのは、あの青龍の王である維心なのだ。

島の王達は、変な意地などなく維心の力を認め、その力を利用することで己の種族の安泰を図り、その見返りとして、何かの折には維心に力を貸す。

なので、今回も匡儀があちらへ行けば、回りの王達も黙ってはいないだろう。それは島に侵攻されると危惧しているのもあるからだ。

匡儀にとって、維心の宮に攻め込むのは、なので現実的ではなかった。

夕刻も近くなって宮へと戻り、心配そうに迎えた伏師や、明羽達軍神の顔もイライラとした。いきなりに出て行って、政務をほったらかしにしたにも関わらず、これらは何も責めようとしない。それはつまり、あちらであった事を知っているということで、匡儀がなぜ機嫌が悪いのかも理解して、気遣っているのだ。

そう思うと、臣下が自分のためと思っているのは理解できるのに、腹が立って仕方が無かった。なので、必死について来る臣下達を置いて、逃げるように居間へと向かった。

「王!」明羽の声が、更に奥へと駆け込もうとする匡儀の耳に聞こえる。「お待ちください!どうか、我らの話をお聞きいただきたいのです!」

匡儀は、そのまま奥へと飛び込もうと思っていたのだが、なぜか足を止めてしまった。明羽の声が、あまりにも悲痛な色を含んでいたのだ。

匡儀が足を止めたのを見て、ホッとしたのか明羽が膝をついて、言った。

「王、我と堅貴、伏師以外、あちらでの出来事はまだ知りませぬ。王がそのように落ち着かれない動きをなさっておると、臣下が怪訝に思い、他の宮でも噂になって、面倒が起こる可能性がございます。どうか、お心をお鎮めになってくださいませ。」

まだこやつらしか知らぬか。

匡儀は、キッと睨むように明羽を振り返った。すると、そこには明羽だけではなく、伏師も堅貴も居て、同じように膝をついて、じっと匡儀を見上げていた。

匡儀は、その三人のこちらを心底気遣っているような目を見て、何も言えなくなってしまった。これらは、維心にあのように無様に負けた自分を、このように気遣っている。そして、自分の気持ちを考えて、他の臣下には漏らさぬようにしている…。

なんと、自分勝手だったことか。

匡儀は、思った。王として、自分はこれらを守り、平穏に暮らせるようにしなければならないのに。だからこそ、太平の世を造ろうと、ひたすらに戦に明け暮れ、この大陸を平定したのではなかったか。友がどんどんと去って行ったにも関わらず…。

そう思うと、自分の意地だけで一族を危険に晒すところだった、と匡儀は己の不甲斐なさにまた、苦しくなった。臣下はこれほどに自分を案じているというのに。

「…すまぬ。」匡儀は、込み上げて来るものと戦いながら、言った。「我はどうかしておったのだ。維月が次々と王達を下すのを見て、我も敵わないかもしれない、と焦った。更に維心はあれを育て、その上を行くのだと悟った時、あれが同族の王であることを思い出した。我は、己が不甲斐ないのを棚に上げ、維心が力をひけらかすためにあのようなことをしたのだと勝手に憤ったのだ。そして、維心と立ち合い…無様に負けた。我には勝てなかった。あれには敵わぬ。白龍の王である我が、青龍の王に勝てぬのだ。主らの地位も、我が決めてしもうたのだ。」

明羽は、何度も首を振った。

「我とて義心に全く敵わぬものを。それでも義心は我に呆れることなく、あちらに行く度に訓練場で我の悪い所を教えてくれて、指南してくれており申した。王、同族とは言うて、別のものなのでありまする。あちらは、我らを友として以外思うておらぬようでした。こちらへ来てもすぐに帰りたがるし、こちらを支配しようという感じは欠片も感じませんでした。王は、維心様がこちらを己の支配下に置こうとなさっていると、感じておられたのですか。」

匡儀は、首を振った。

「感じてなどおらぬ。しかし、時に維心が鋭い目になる時があるのは知っておった。こちらへ攻めて来るつもりはないかもしれないが、我らがもしかしてと思うておるのだろうなとは、常思っていた。我だって、維心とは対等に付き合いたいと思うておったのだ。だが、主らも知っておる通り、あれは強大ぞ。強大過ぎるのだ。あんなものに太刀打ちできぬと、どこかでいつも恐れておった。もしこちらへ来る気になったらと、案じておらねばならなかった。龍族の歴史は、殺戮の歴史ぞ。あちらもまたそうなのだと、我は知っておる。だから我は…婚姻で繋がっておけばよいのでは、と考えたのだ。だが、あの時…我は、維心を恐れるあまり、早う引導を渡したかったのだろうの。己の恐怖心に。つい、維心に向かって行ってしもうた。余裕がない我が、万に一つも勝てるはずもないものを。愚かであった…このままでは、維心がもし我の態度に危機感を覚えてこちらへ先に攻めて参ったら、ここは消滅する。龍族のやり方は、我が一番知っておる。」

明羽も堅貴も伏師も、顔を見合わせた。この匡儀も、ここを平定する時そうやって他の種族を滅ぼして来た。彰炎や誓心が、やり過ぎだと止めていたにも関わらず…。

「ならば王、婚姻による和解を。」伏師が、言った。「幸い、黎貴様はあちらの皇女に婚姻のお約束を取り付けておられます。夕貴様も、維斗様との婚姻に承諾のお返事をなさったのだとか。何も無ければあのまま王が思われた通りに進んでおったことなのです。維心様は溺愛する正妃が生んだ皇女なので、それは大切になさっておるのだとか。こちらへ娶れば、簡単には攻めてなど来れませぬゆえ。こちらからも夕貴様を差し出す事で、折れた形になりましょう。あちらも無碍にはなさらないはず。どうか、ご心中穏やかではあられないでしょうが、一度だけ譲歩なさって頂けませんでしょうか。」

頭を下げるのか。

匡儀は、葛藤した。

臣下のために頭を下げられないような王は、王ではない。いつも下々の宮の王達を見て、思っていたのではなかったか。遥か高みで、己は頭を下げる必要などなかったゆえに…。

「…考える。」匡儀が言うと、明羽が何か言い掛けたが、匡儀は続けた。「此度は我の不始末。主らのためにも我はあれに何度でも頭を下げる覚悟は出来た。だが、これからの事がある。細かく提示する条件を練ろう。あちらとは対等では、もうないのかもしれない。だが、出来る限り対等に見えるよう、考えるのだ。」

明羽は黙り、他の二人と視線を交わすと、頷いた。

「は!」

そうして、もう辺りは暗くなっていたが、それから四人は密かに、婚姻とそれに伴い提示する条件を考えた。

提示したからと、維心が飲むとは限らない。

だが、それは同じ王として、匡儀の譲れない意地だった。


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