その頃
維心は、ほったらかしにしてしまった会合に出るために、龍の宮へと帰ってまた、会合の間に詰めていた。
そうして、なんだか分からないが不機嫌で帰って来た王にびくびくしながら臣下達が議題を進めて行き、夕刻には、会合は終わった。
維心は、ホッと息をついて、ふと思った。
…このまま奥へ帰ったら、維月が出迎えて今日の事を話さねばならない。
維心は、あれからどうなったのか全く分からなかった。
勝手にしろとは言ったものの、維月にどこまで話して良いのか分からずでいると、後々面倒な事になると思った維心は、奥へと向かう前に暗くなり始めた庭へと向かい、そっと碧黎に声を掛けた。
「…碧黎?聴こえておるか。どこに居る。」
すると、碧黎の声が答えた。
《維心か。》と、少し黙ってから、言った。《維月は今地の陰。仕方がない、ちょっと月の宮まで来られるか。》
維心は、維月がどうしているのかと探った。維月は、まだ奥の自分の部屋で必死に縫物をしているようだ。
なので、遅くなってもこちらに構っている暇はないだろうと、通りかかった侍従に言った。
「維月に、少し出掛けて参ると伝えよ。炎嘉の宮と、月の宮にも行くかもしれぬと。」
侍従は、深々と頭を下げた。
「はい。確かにお伝え致します。」
維心は頷いて、サッと庭から飛び立って、一路月の宮へと向かった。
月の宮では、蒼が待ち受けていて、維心を出迎えてくれた。
「維心様!今、碧黎様の部屋に十六夜と居たんです。どうぞ、こちらへ。」
維心は頷いて、蒼について歩いた。今現在、維月が地の陰だからか、今は蒼の結界がしっかりと宮を覆っていて、何かを隠しているのがバレバレな状態だ。
それでも、維月には陰の月にならない限り、中を見通す事は出来なかった。
維心が碧黎の部屋へと入って行くと、十六夜がぐったりと椅子に背を預けて座っていた。
だが、目はしっかりとしていて、どうやら何かの覚悟を決めているらしい。
維心は、一度鼻から息をついて、碧黎の前へと歩いた。
「…して?対応は決まったのか。奥へ帰ろうと思うてふと、どこまで維月に言うても良いものかと思うて、主に話しかけたのだ。」
碧黎は、手を振った。
「座れ。」と、蒼も座るのを見てから、続けた。「今、蒼にも事情を説明して、十六夜の気持ちを聞いておったところよ。十六夜は、瀬利とそういう仲になってしもうたゆえ、責任を取ってあちらへ通うと言うておる。維月には、我も主も居るから大丈夫だろうし、兄妹なのも月で対なのも変わらぬから、身を繋いだり命を繋いだりせねば問題なかろうと。つまりは、完全な神世の兄妹と同じ扱いになるということであるな。」
維心は、驚いて十六夜を見た。覚悟はしていたが、そんな事を決断したのか。
「…主、それで良いのか。瀬利と夫婦になると?」
十六夜は、疲れ切っているようだったが、頷いた。
「責任は取らなきゃならねぇ。維心もやっただろうから分かってるだろうが、あれって体を繋ぐのと大差ない感覚だろう。なのに…オレは、我を忘れてな。最初はあっちから教えてくれるように誘導してくれてたんだが、最後の方はオレがひたすらに瀬利を攻めてたんでぇ。瀬利がさすがに驚いたみてぇで、分離してくれたから我に返ったんだが、オレは進んであんなことをしちまった。初めてだったにしても、我を忘れてやり過ぎだ。どっちにしろ…もう、こんな記憶のあるオレが維月とは命なんて繋げねぇし。何よりこんな事をしたのを知られるよりも、オレからあれを楽しんでやってたなんてことを知られる方が、オレには嫌なんだ。」
蒼が、心配そうに十六夜を見ている。
維心は、はあと肩で息をついて、言った。
「勝手に決めておるが、瀬利の気持ちはどうなるのよ。確か、あれは碧黎を想うておったはずぞ。振り向かないと分かっておっても、似ても似つかぬ主と夫婦になっても良いとあれは言うておったのか?」
それには、十六夜は驚いた顔をした。
今の今まで、瀬利が嫌なのではなど、考えてもいなかったらしい。
「え。あいつは…責任など感じぬで良いとか言ってたが…。」
蒼が、パチンと手を叩いた。
「そうだよ、瀬利の気持ちを考えてないよな。あれだけ碧黎様を好きだったのに、そんなにあっさり十六夜と一回シタからって乗り換えるかなあ。十六夜が責任取るとか何とか真面目な顔して言うから、あっちと話しはついてると思ってたけど、違うのか?」
碧黎は、十六夜を見てから、蒼と維心を見た。
「言われてみたら、十六夜は瀬利に夫婦になろうなどと言うておらなんだし、あちらもそんな感じではなかったの。まるで、母が子にでも言うて聞かせるような言い方であった…今思うと。」
維心は、盛大にため息をついた。
「勝手に決めておるではないか。そも、主らの命の間では、神世の我らが体を繋いだら婚姻と決まっておるように、命を繋いだら婚姻とか決まっておるのか?」
碧黎は、首を振った。
「そのような決まりなどない。何しろ、数が少ないのにそんな決まりは必要ないのだ。己らの良いようにする。ちなみに、婚姻というのは主らの作った決まりであって、我らにはその概念がない。」
蒼は、十六夜を見た。
「だったら、十六夜は瀬利にもう一度会いに行ってさ、婚姻を申し込んで来ないと。勝手にこっちで決めても、あっちが嫌だったらそうはならないじゃないか。まして、瀬利は命を繋ぐ事に抵抗が無かったんだろう?大したことだとは思っていないかもしれないし。」
十六夜は、それにはすぐに首を振った。
「いいや。オレ達はお互いに終わった後、あれがそんな軽いもんじゃねぇのを知った。」
維心は、割り込んだ。
「だが、知ったのはやったからであって、もう一度したなら確実に重い事だと知っておってしたのであるが、此度は違おう。勝手に夫婦だなんだ言う前に、しっかりあちらの気持ちを聞いてからにせよ。それから、どちらにしろ主がやった事実は維月に知れる。どう感じたのかまでは知られぬだろうが、その事実だけは知れるだろう。瀬利と婚姻しようとしまいとの。しっかり考えてから決めよ。瀬利と誠、これからも共にと考えるのなら、婚姻を申し込むが良い。」と、立ち上がった。「長く宮を空けておったら維月に怪しまれる。今は碧黎と我の着物を縫うのに必死であるからこちらの事など気にしておらぬだろうが、日が落ちておるし我が帰らぬと探るであろう。ゆえに帰る。十六夜、どうするのだ。我の口から、此度あった事をザッと話しておくか。それとも、己で説明するか。」
十六夜は、苦し気な顔をした。一時の快楽と興味のために、いろいろ失おうとしている事実は十六夜の心を打ちのめしているのだろうが、その上から、まだ維月にその事実を知らせねばならないかと思うと、つらいのだろう。
だが、やったのは事実なのだ。
「…瀬利に話に行って来る。悪いが維心、お前から維月に話してくれねぇか。詳しい事は、いろいろ決まってからオレが改めて話に行く。そう言っててくれねぇか。」
維心は、頷いて踵を返した。
「分かった。ならばそのように。」と、歩きながら蒼を見た。「見送りは良いからの。主もいろいろ気苦労よな。」
そうして、維心は出て行った。
碧黎は、それを見送ってから立ち上がって言った。
「そら。共に行ってやるゆえ、瀬利の屋敷へ戻るぞ。確かに維心が言う通り、あれの気持ちを無視して勝手にこちらで決める事はならぬ。ようよう話して参るのだ。それから、維月に会って、瀬利と婚姻するならその事を話せば良い。」
本当に疲れ切っているようだったが、それでも自分がやった事なのは、さすがの十六夜でも分かっているようで、また碧黎と共に、さっき戻って来たばかりの瀬利の屋敷へと、また飛んで行ったのだった。