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続・迷ったら月に聞け13~大陸の神  作者:
様々な想いと形
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侮っていた

維月は、そこから七日でしっかりとヴァルラムの正装の洋服を縫った。

着物とは全く違うので戸惑ったが、月の宮にも今や数人の仕立ての神たちが居るので、それらと四苦八苦しながら、何とか綺麗に縫い上げることが出来たのだ。

念のため送る前に維心にそれをヴァルラムに贈る事を知らせてから、維月は月の宮からドラゴン城へとその洋服を、お礼の文と共に届けた。

あちらからは朝送って昼には返事の文が来て、それはこちらの文字で、綺麗にヴァルラム本人の懐かしい書体で書かれてあった。

ヴァルラムは、維月が自分が記憶を持つかつてのヴァルラムだと知っていることを、知っている。

そして、それを維心が知らないのもまた知っているので、返礼の文は二通り、維月宛てのこちらの文字の物と、あちらの文字での公式な物と来た。

維月は、自分宛てに来たいわば私的な文を、月の宮の自分の文箱に収めて、公式の文を維心へと持ち帰る事にした。

いずれ維心も、ヴァルラムがかつての王だと知るだろう。そうしたら、その時にその文を見せれば良いのだと思ったのだ。

ここを発つ前に挨拶をしておきたかったのだが、結局、碧黎は姿を見せないまま、維月は嘉韻に送られて、龍の宮へと帰る事になったのだった。


龍の宮へと帰ると、維心が出迎えてくれていた。

本当は、十六夜も碧黎も居ないのなら維心が迎えに行くと言っていたのだが、政務があるので勝手に帰ると維月が言い張ったのだ。

維月は、輿から降りて頭を下げた。

「維心様、わざわざのお出ましありがとうございます。」

維心は、すぐに維月の手を取って首を振った。

「主が戻って参るのに我が出迎えに来ぬなどないからの。」と、月の宮の嘉韻と他軍神達を見た。「ご苦労であったの。蒼に手間を掛けたと申して置いてくれ。」

嘉韻は、頭を下げ直した。

「は!」

そうして、他の軍神達に頷き掛けて、空の輿と共に、月の宮へと飛び立って行った。

それを見送ってから、維心は維月を奥へといざないながら言った。

「無事に事は成されたか。次の日に十六夜が事務的に知らせて参ったが、あれも何やら大氣の所でしておるようで、機嫌が悪かったわ。他に何を聞いても何も言わぬし気分が悪い。」

維月は、申し訳なさそうに言った。

「申し訳ありませぬわ。十六夜も、碧黎様とも会っておりませず…私も、あまりにあっさりしておるので戸惑っておったところですの。あちらに滞在中、蒼とばかり話しておりました。ヴァルラム様への返礼品の事で、あちらの仕立ての神たちと話す必要がありまして、蒼も同席しておりましたの。ずっと服を縫っておって、出来たのがつい、昨日の夕刻のことで。今朝それを維心様にお知らせしてから、ドラゴン城へと送って戻りましたの。」と、懐から書を出した。「これは、ヴァルラム様からの返礼の文ですわ。」

維心は、それを受け取って、歩きながらサッと見た。そして、閉じた。

「…そうか。地の気がすると喜んでおるようよ。良かったではないか。此度は地のままで縫うたのだの。」

維月は、頷いた。

「はい。月の衣はお持ちであろうし、ならばと。あのように貴重なお品を戴きましたし、それぐらいはと思いましてございます。」

維心もそれには同意した。

「それはそうであろうの。借りを作るのはよう無いしな。」

そういう意味ではないんだけど。

維月は思ったが、特に何も言わなかった。


二人で奥へとたどり着くと、夕刻なので侍女達が着替えを持って待ち構えていた。

維心は、どうやら政務の着物のまま、維月が帰って来るので到着口まで出て来てくれていたらしい。

維月は、急いで維心を見た。

「まあ。ご政務の後すぐに出てくださっていたのですわね。では、部屋着に着替えられますか?」

維心は、首を振った。

「いや、これから湯殿に参ろうと思うておったし、もう休む支度をしようぞ。主は戻ったばかりであるからどう考えておるのか分からぬが、我は主が帰って来る日に合わせて気を整えておったから。今夜なら何が起こっても対応できるだろうと思うて。」

維月は、目を丸くした。それは…今夜、命を繋ぐおつもりで。

「まあ。でも…そうですわね。約した事はサッサと終わらせた方が双方わだかまりが無くて良いのかもしれませぬし。では、私は月に戻りまして、陰の月になりますわ。十六夜は、維心様と命を繋ぐ波動を感じても別にどうも思わないかと思いますから。」

維月は、そう言うが早いか、スッと人型が崩れて光になり、そうして、また型を作った。

その一瞬で、維月の気は穏やかで大きいばかりのものから、誘うようなどこかピリリとした甘さを感じる気へと変化した。

これが、陰の月の時の維月の気だった。

維心は何やら自分の気が震えるのを感じたが、それが命を繋ぐことに対しての事なのか、陰の月に対してのものなのか、分からずに平静を装って維月と共に湯殿へと向かったのだった。


その夜は、維心にとって忘れ難いものになった。

維月は着物も脱がぬままに、維心の手をそっと握ったかと思うと、維心の体が、いや命が熱く熱を持つのを感じ取り、そのままスッと意識が無くなるように、驚くような濃い時間を過ごしたのだ。

維月が言っていた通りに、まるで体を繋ぐような感覚もあり、心を繋いでいるような感覚もあり、何かに流されるように維月が何より近くに居て、全てが一つなのだと感じる強い幸福を命の底から感じた。

維心は何度も、もう離れたくない、と思ったが、しかし激しい痛みとも快感ともとれる感覚に飲まれそうになり、恐れも感じた。そして同じ感覚を、維月も共有しているのを知っていた。

そんな時間を共に過ごした中、維心はふと、意識を失って何も分からなくなった。

「…様、維心様。」

維心は、ハッと目を開いた。

慌てて隣りを見ると、維月が心配そうに顔を覗き込んでいた。

「維月?」

維月は、ホッとしたような顔をした。

「良かったこと。無事に分離できましたの。私も自分からやるなんて初めての事でしたし、維心様には何もお分かりにならないしで、案じておりました。」

維心は、終わったのか、と自分を見た。

ここに横になった時と同じように、きっちりと乱れもせずに襦袢を身に着けていて、脱いだ様子も無かった。

維月も、同じような様で、確かに全く身は繋いでいなかったのだとそれで知った。

だが、同じような感覚もあった。

維心は、驚いていた。命を繋ぐなどと、侮っていたのだ。

それが、この感覚はまるで次元が違っていた。全くの一つになるので、お互いに決して離れないのだという確信があり、いつでも維月を傍に置いていたい維心にとって、これほど幸福な事はなかった。

しかも、維月の気配が自分に残る。いつでも共にあった時の事を、その気配に感じていられるのだ。

「…侮っておった。」維心は、素直にそれを口にした。「これほどだとは思わなんだ。碧黎がこれにこだわる理由もよく分かる。身など繋がぬでもこれだけで、身の欲求までも満たされたような気がするものよ。十六夜は…、やはり、本当に身を繋ぐとはどういうことなのか、知らぬのだろうの。」

維月は、苦笑した。

「決して十六夜には申さないでくださいませ。そうでなければ、また不平等だと言い出して、そうしたらまた…という事になりまする。一度きりと、碧黎様とも維心様とも約したのです。お互いに度重なれば、ズルズルと元には戻れなくなってしまいます。」

維心は、息をついた。確かに、自分はこの感覚を切望してしまいそうだ。だが、これをするとその分また、碧黎が維月と体を…という事になってしまう。

お互いに、面倒な事にならぬようにと約したことなのだ。

なので、維心は頷いた。

「…これをこれきりとは、酷な事ぞ。知らぬでおったなら、その方がと思うてしまう。だが、これは皆で約したこと。どのみち我からは主に手を出すことは出来ぬのだから、これで良い。」

維月は頷いて、維心に抱き着いた。

維心は、そんな維月を抱きしめて、十六夜には決して自分がどう感じたのかは言わずにおこう、と決めた。

そしてそのまま、うつらうつらと二人で眠ったのだった。

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