お互いに
次の日の朝、維心は維月と共に、ヴァルラムの到着を待って、自分の対の居間で座っていた。
とはいえ、あちらは維心がここに来ている事実を知らない。
なので、ヴァルラムが来て、蒼とヴェネジクトを見舞った後で、蒼がさりげなく、維月が里帰りをしていて、それと一緒に維心も来ている事実を知らせて、挨拶をと言って連れて来るという算段だった。
維月は、朝から何かを考えて隣りで黙っている。
維心は、維月が何を悩んでいるのか知っていた。
昨夜、維月が出て行ったのは分からなかったが、二人が話しているのは、維心の耳に届いたのだ。
それで、そっと起き出して二人の様子を伺っていた。
碧黎は、葛藤の末維心と同じ結論を出したようだった。どんなに抗っても、維月がたった一人しか居らず、最初から片割れである十六夜が居る以上、こちらは妥協しなければ維月と共には居られない。
そもそもが、十六夜が寛容であるからこそ、維心も碧黎も維月にべったりしていられるという事実があるのだ。
相手にそれを強いているのに、自分だけが寛容になれないで、維月と共に居るなど土台無理な話なのだ。
きっと、碧黎はそれを悟ったのだろう。
黙って二人で並んで座っていると、十六夜が窓の外にパッと現れて、窓を開いた。
「おい。話があるから来た。」
維心は、一応目の前にパッと出るのは避けて、気を遣っているのが分かるので、急に来た十六夜に何も文句を言うことも出来ず、言った。
「ヴァルラムが来るまでなら良い。何ぞ?」
十六夜は、目の前の椅子にどっかりと座った。
「昨日の夜のこと、維心に話とかなきゃならねぇだろうが、維月。」
維月は、ハッと顔を上げて、渋々頷いた。
「そうね。話し合うなら今ですもんね。」
維心は、息をついて言った。
「別に言わずでも良い。聞いておった。」
十六夜と維月は、驚いた顔をした。
「え、地の維月が隠れて出て行ったのにか?」
維心は、顔をしかめて頷いた。
「出て行ったのは気取れなんだが、外での話し声は聴こえて参った。寝ておっても我は耳が良いのでな。維月の声なら尚の事。」
十六夜は、納得して頷く。維月は、肩の力を抜いて言った。
「それでしたら朝からずっとどうお話したら良いかと悩んでおったので、良かったですわ。それで、どうしたら良いのかと思うておるのです。十六夜は、きっとこんな感じなので今さら良いのだと思いますけれど、維心様はどうお考えかと。」
維心は、嫌々ながらも言った。
「あれが折れたのは聞いたし、あれの心地は痛いほど分かる。なので、我とて無理は申せぬ。十六夜は元より、己のせいでこんなことになっておるのだから文句など言えぬだろう。」
十六夜は、言い返したかったが、言葉が見つからなかった。確かにあの時、人恋しい気持ちになって、いつもならそんなことは欲しないのになんだか維月が欲しくなった。地上へ行けない自分が、それをしようと思ったら月の中でしか無理だったし、試しにやってみたら命が繋がってしまったのだ。
維月は、十六夜を見た。
「十六夜、どうなの?」
十六夜は、膨れっ面で答えた。
「…維心の言う通りでぇ。あんなもの、別に良くもないのにさあ。したくてした訳でもないし、知ってたら絶対しなかった。心を繋ぐのとあんまり変わらねぇもんよ。全員が一回ずつ、ってことで、親父もそれで折れたんなら、オレも折れるよ。」
維月は、苦笑した。確かにそうなのだが、あれにもテクニックというのがあって、繋いでお終い、ではないのだ。繋いだだけなら、そういった感想でもおかしくはなかった。
だが、十六夜が興味を持っても困るので、それは言わなかった。
「…じゃあ、約定は元のままだけど、それぞれ一回だけ我慢する、という事でよろしいでしょうか。」
維月は、十六夜と維心の両方に対して言ったので、口調がどっちつかずになってしまったが、言った。
二人は、頷いた。
「それで良い。」維心は言って、維月の手を取った。「面倒は早う済ませてしまう事ぞ。我だっていつまでもごたごたするのは好かぬ。何より碧黎は必ず約した事は守るゆえ、ただ一度と申すならそうなのだろう。今後、それを違えることがあったなら、またそれぞれその回数だけ振り分けるという事で。それでどうか。」
「良い。」いきなりに、碧黎が出て来て、言った。「我は絶対に違えぬし、そのように。」
維月も維心も、さすがに十六夜もびっくりしてのけ反った。
「いきなり出るなよ!こんなデリケートな事を話してる所に!」
碧黎は、腰に手を当てて言った。
「我だって当事者であるしの。これで、我らは皆平等ぞ。良いの?」
十六夜は、うーっと唸りながらも、頷いた。
「分かったよ。それでいい。いいよな、維月?」
維月は、維心を見上げた。
「皆様がそれで良いのなら、私はそれで。」
維心は、維月の頭を撫でながら苦笑した。
「我も良い。もう誠に誠に面倒だけはやめてほしいとだけ申しておく。やっと折り合って穏やかにやっておるのだから。此度のような事は、絶対に無しであるぞ、十六夜。」
碧黎も、それには頷いた。
「主は、とかく後先を考えずに面倒な事を起こしよる。気を付けよ。」
十六夜は、バツが悪そうな顔をした。
「なんだよ、オレばっかり。確かにオレが無理言ってあんなことになったんだけどさあ…。」と、碧黎に向き直った。「でも親父!あんなのの何が良いんでぇ。オレには分からねぇ。びっくりしただけだった。あれだったらオレは神とか人のが共感できる。」
碧黎はそれを聞いて目を丸くしたが、目を細めたかと思うと、フフンと鼻で笑った。
「…主は知らぬのだ。体を合わせるにしても、最初はどうであった?」
維月は、ぎょっとした顔をしたが、十六夜は怪訝な顔をする。
「ええ?そうだなあ、分からねぇし、とりあえず人がやってたのを見よう見真似でやった感じでよく分からねぇし、あんなもんかなあって。」
碧黎は、それ見た事か、という顔をした。
「それ見よ。そう言う事ぞ。」と、維月を見た。「では、主が良い時に我の部屋へ参れ。我はいつでも月の宮に居るし、居らぬでも戻るゆえ。」
維月は、余計な事を仰って、と思っていたが、頷いた。
「はい、碧黎様。」
父ではないと言われて、呼び方を変えたのだな。
維心は思っていたが、黙っていた。
しかし、十六夜は出て行こうとする碧黎を慌てて追いかけた。
「待て、親父どういうことだ!オレに技術がどうのと言うんじゃねぇだろうな!」
碧黎は、無視してそのままそこを出て行く。
十六夜は、その背を追って出て行ったのだった。
維心は、呆れてそれを見送りながら言った。
「知ってどうするつもりであろうな、あれは。もう二度とせぬという事ではないのか。あれでまた興味を持ったらなんとするのよ…我ら三人連動しておるのに、また一回頼むとか言われたら、我はやってられぬぞ。」
維月は、困ったように頷いた。
「はい。だから言いませんでしたのに、碧黎様ったら。十六夜が、せっかく命を繋ぐ事に無関心になってくれておったのに。」
維心は、息をついた。
「とはいえ、あんなことにも技術が必要だとは。我は何も分からぬし、主任せになるの。」
維月は、それを聞いてポッと顔を赤くした。
「まあ…あの、それはご心配なく…。陰の月が長けておりますので。」
陰の月が、と聞いて、維心はまたアレか、と身を震わせた。
だが、たまには攻められるのも良いのかもしれない、と少し期待したのだった。