表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・迷ったら月に聞け13~大陸の神  作者:
様々な想いと形
169/183

気持ち

碧黎は、どうにも持っていきようのない感情に己を持て余し、気がつくと大氣の居る瀬利の結界の上まで飛んでいた。

なぜに維月は分からぬのだ…自分だけだと意を決して愛した存在ではなかったか。維月の価値観を理解して尊重し、こだわりのない体の関係も誰とも持たぬようにと必死に抗ったのではないのか。それなのに、維月は自分の価値観を理解しているはずなのに、あんなことを言う。確かに十六夜も維心も愛しているのだろう。それを知っていてそれでも良いと思っていた。己だけが維月と命を繋ぐのだからと…。

それなのに、我はあれらと同列なのか。

碧黎は、自分の中の知らない感情に、翻弄されてどうしたら良いのか分からなかった。

そこへ、慌てたような大氣が出て来て結界外へ浮いた。

「碧黎!どうしたのだいきなり。瀬利が結界外に碧黎が来たと言うから、慌てたわ。」

碧黎は、思い詰めたような顔で大氣を見た。

「大氣…。」

大氣は、その顔に驚いた。長く共に来て、こんな様子は見た事がない。

「とにかく、中へ。」大氣は、神がするように碧黎の背を撫でながら言った。「さあ、茶でも飲んで。我で良ければ話を聞くぞ。」

碧黎は、どうしたら良いのか分からなかったので、そのまま大氣に言われるままに、瀬利の結界内へと入って行ったのだった。


屋敷の入り口へと降り立つと、瀬利が心配そうに出て来て待っていた。そうして、碧黎の顔色を見て問うような視線を大氣へと向けると、大氣は小さく首を振って、碧黎を見た。

「さあ奥へ。二人きりで暇を持て余しておったところよ。瀬利、茶を淹れてくれぬか。」

瀬利は頷いて、奥へと先に入って行った。

大氣は碧黎を気遣いながら、奥へと廊下を歩き出した。

「最近は顔も見ずにおったから、どうしておるかと思うておったのだ。」と、努めて明るく言った。「あの霧の大発生の時も、こちらは平穏であったしな。それにしても、今は地上も清浄過ぎるほど清浄で、我らも出番がないなと話しておったのだ。時に遠く裏の大陸まで行ってみたりしながら、我らは我らで暇つぶしをしておったのだ。」

大氣は一生懸命話しているが、碧黎は聞いていないようだった。頭の中が、何かでいっぱいのようだったが、それが何なのか大氣には見当も付かなかった。

何しろ、今地上は未だかつてないほど平穏で清浄なのだ。

いつも瀬利と庭を眺めている居間の畳の座布団へと碧黎を座らせて、茶を淹れて出して来た瀬利と視線を合わせながら、二人はいつもの位置へと座った。

大氣は、このままではいつまで経っても同じだと思い、思い切って言った。

「…何があった?主がそのように気に病むなど。初めて見たぞ。我に話してみぬか。」

碧黎は、ビクと肩を震わせて、大氣を見た。大氣は、気遣わし気に碧黎を見ている。瀬利は、その横で袖で口を押えながら、心配そうにしていた。

碧黎は、大氣に話してもどうなるとも思えなかったが、しかし誰かに話すのなら、大氣が一番自分の気持ちを分かってくれるだろうと思えた。

価値観が、全く同じだからだ。

碧黎は、堰を切ったように話し始めた。

「…維月と十六夜が、月で共に居った時に…我は、命のつなぎ方を教えておらなんだのだ。十六夜が、それと知らずに維月と命を繋ぎおった。何が起こったのかと驚いてすぐに離れたらしいが、それでも…あれは、我と約しておった事を破りおったのよ。」

大氣は、息を飲んだ。瀬利は目を丸くしてそれを聞いている。

「それは…」大氣は、同情するような顔をした。「確かにつらいだろうが、しかし知らなかったのだろう。事故のようなものぞ。分かったのだから、これからは約した事を違えるような事はせぬと思うぞ。きっと、知らぬでそうなったなら相当驚いたと思うしな。そのように思い詰める事は無いではないか。」

碧黎は、ブンブンと首を振った。

「だが、約したのだぞ?!これからはせぬなど当然の事よ。それよりも、現に起こった事を…どうすることも出来ぬのに。」

大氣は、困ったように言った。

「では、約定は無しという事に?主も、維月と子を成せば良いではないか。あちらから破棄したのだし、誰も文句は言わぬ。」

碧黎は、下を向いて頷いた。

「我も…そのように。なので、それを通告して、月の宮へ里帰りして来た維月と今宵、そうしようと…。」

大氣は、眉を寄せた。

「…維月は否と?」

碧黎は、また首を振った。

「あれは、そもそもが我とそういう仲になるのも、否という心地ではない。それは、命を繋いだ時に知っておる。ただ、維心と十六夜の事があるゆえ、せぬ方が良いと思うておるし、我だって約定があったから、そんな事は欲することも無いし、別に良いかと思うて来たのだが…十六夜の事があって、憤りの持って行きようが無かったのだ。なので維心に通告しておったら、維月が…約定が破棄されたとなって、我とも体を合わせる事になるのなら、十六夜とも、維心とも日常的に命を繋ぐと…。それが、等しく付き合うことだと申して…。」

我にそんなことを許せと申すか。

碧黎は、改めてその時の事を思い出して、暗く沈んだ。そんなことを許すなど…なぜに我が出来ると思うのだ。我が、そんな軽い気持ちで命を繋いだと思うておるのか…。

瀬利は、碧黎を気遣って言った。

「そのように簡単な事ではないのに。今一度話し合った方が良いのではないか?お互いに感情的になっておっても良い事などないのだから…。」

大氣は、うんうんと頷いた。

「その通りよ。碧黎、一度や二度の失敗は、誰にでもある事だと主はもう知っておろうが。そら、維心の価値観では体を繋ぐのは大変な事であるのに、あれは何度も陰の月の維月の過ちを許して己を抑えておろう。主だって、それぐらいは堪えよとか申しておったではないか。主が今、感じておる焦燥感を、あれはその時感じておったのだと思うぞ。このまま約定を破棄すると申すなら…それを、許すしかなかろうの。」

碧黎は、首を振った。

「我には無理ぞ。あれが十六夜と命を繋いだ事実があるだけでも気が狂いそうであるのに、それをこれから先も許して参れと言われても、絶対に…そして何より、維月が我の心地を理解しておるはずなのに、あのような事を申すのが信じられぬのだ。ゆえ、好きにせよと申して…我も好きにすると言うて飛び出して来てしもうた。」

大氣は、瀬利と顔を見合わせた。碧黎は恐らく、怒りに任せて意地になって突き放すようなことを言ってしまい、そんな時に維月に突き放すようなことを言われて、傷ついたのだろう。

だが、恐らくは維月は十六夜と維心を心から愛していて、碧黎を愛していない訳ではないだろうが、二人につらく当たる碧黎に、ついそんなことを言ってしまったのだろう。

「…ならば、しばらくこちらに居るか?」瀬利が、控えめに言った。「我は構わぬぞ。大氣も居るし、好きなだけゆっくりして参るが良い。我も…前のように子が欲しいとか無理は言わぬから。」

大氣は、何度も頷いた。

「そうよ。我らここで落ち着いて毎日を過ごしておるのだ。瀬利だって前とは違う。我らとゆっくりしておったら、気持ちも落ち着いて参るだろうし。」

碧黎は、瀬利と大氣を見た。ここで、二人と過ごしておったら、少しはこの気持ちも収まって来るのだろうか。

だがしかし、今この瞬間にも、維月は維心と命を繋いでいるのかもしれない。

碧黎は、堪らなくなって、言った。

「…我が誰かと子でも成せば、あれだって我の心地が分かるのだろう。別に、今は子などいくらでも作って良いわ。」

瀬利が、びっくりしたような顔をする。

大氣は、慌てて言った。

「碧黎、自暴自棄になっておるのではないのか。そのような事をしたら、余計に拗れてしもうて、もう維月と口も利かぬ仲になってしまうのでは…今少し、考えた方が良い。落ち着かぬか。」

碧黎は、フンと横を向いた。

「うるさい。元々、我らそんな事にこだわりなど無かったではないか。」

瀬利は、困惑したように言った。

「それは…一度は子が居ればと、我とて思うたものではあったが…。」

あの時の事は、忘れた事は無い。碧黎は、あれほどに抵抗して、陽蘭もあれで黄泉へと行く事になった。今は転生して、あれなりに楽しくやっているようだ。

瀬利としては、これ以上碧黎に疎まれたくないので、何も考えないように、大氣と平穏に暮らしていただけなのだ。

瀬利が迷うような顔をしているので、大氣が首を振った。

「碧黎。そんなことを言うて、瀬利の気持ちを振り回すでない!あれから、我らどれほどにいろいろと話してそんなことは考えないようになったと思うておる。どうせ、一時の意地か何かなのだろう。主は維月と未来永劫離れておるなど出来ぬわ。それとも、出来るのか?あれに疎まれ、顔を見てもそっぽを向かれるような関係に、本当になって良いと思うのか。よう考えよ。」と、瀬利をせっついた。「そら、主も。余計な事を考えるでない。碧黎は頑固なヤツであるから、維月と決めたのに心がぶれる事など無いと言うておったではないか。一時の気の迷いでそんなことになって、それによって維月が離れたら、また主は悪くもないのに疎まれる事になるぞ。こやつの事は、我に任せよ。主は離れておれ。」

大氣は、そう言って瀬利を部屋から押し出して碧黎からなるべく離そうとした。瀬利は、恐らくずっと話し合って来ただろう大氣の言う事に、思い切ったように頷いて、そうして碧黎を振り返りながらも、そこを出て行ったのだった。


一方、維月は月の宮の維心の対の窓から、空を眺めてじっと考え込んでいた。維心はその背に何か見えているのかと案じていると、維月が息をついてこちらを見た。

「…地になりますと、今の瀬利の結界内は見えますの。前までのように隠そうという感じがないので、お父様もこうやって大氣達の動きを見ていらしたのだと思いますし、あちらもそれを見越してこうしておるのだと思います。なので、私にも見えるのですわ。あちらは私が見ているのに気付いておるかは分かりませぬが。」

維心は、答えた。

「もう日暮れであるし、もう良いではないか。こちらへ参れ。」

維月は、言われて維心の隣りへと座った。維心はその肩を抱いて、言った。

「十六夜も見ておるのかあれから姿を見ぬし、我らは明日に備えてもう休む支度をしよう。碧黎のことは、十六夜に任せておけば良いのよ。」

維月は、息をついた。

「十六夜が瀬利の結界の外をうろうろしているのは見えておりますが、十六夜には中まで見えませぬ。なので、中で何を話しておるのかも分かっておらぬでしょうね。お父様は…瀬利と、子を成しても良いようなことを申しておりました。」

維心はやはり、と眉を寄せた。そうなるのではないかと思ったのだ。何しろ、碧黎は怒りに任せてあんなことを言ってここを出て行った。元々こだわりのない行為なのだから、別に誰かと子ぐらい作るわとなってもおかしくはない。

だが、恐らく冷静になった時後悔するのだ。

「…軽はずみなことはせぬ方が良いのに。」

維月は、下を向いた。

「大氣が止めておりました。瀬利も、分かっているのかお側を離れて違う部屋へ参りましたの。でも、お父様がその気になられれば簡単に出来ますでしょう。なので…どうなるのか、私には分かりませぬ。」

維心は、維月の様子を見た。維月はどう感じているのだろう。

「主はそれで良いのか?」

維月は、少し考えてから、頷いた。

「お父様がそのように決められたのなら、私には何も言う権利などありませぬ。元より私は維心様を夫として愛しておりますし、妃でありますから。お父様が瀬利と決められたなら、それで良いと思いますの。ただ、これまでのようには出来ませぬ。瀬利が妃なのですから、私は娘として接して行きたいと思うております。十六夜は夫ですがあのような感じなので、お互い今は兄妹なのでありますわ。」

維心は、維月の考え方にブレがないのを、それで知った。あくまでも維月の価値観では体の関係が最重要で、その相手が維心なので夫であるのだろう。碧黎は命を繋いでいるので、それが最重要だと感じるのだろうが、維月は違うのだ。なので、碧黎が他の誰かと体の関係を持ったなら、そちらを尊重して疑われるような接し方はしない、ということなのだろう。

愛し合っているとはいえ、形も価値観も違うので、すれ違っているのだ。

「…主の中の陰の月はそうは言うまいがの。恐らくは碧黎が一番近しい存在になるのだろうし、体の関係になった相手など意に介さぬのだろうからの。」

維月は、またため息をついて維心を見上げた。

「…はい。言うておりませなんだが、ですので陰の月の私は、維心様と命を繋ぎたいと何度も訴えておりました。ですがそれを、お父様に維心様をどうされるか分からない、と諌めて抑えていたのですわ。維心様とは価値観が違うのだ、と。両方の私は維心様を愛しておることで一致しておりまする。なので、陰の月の時の私は、維心様とそうなりたいと切望しておるのです。こうなってみて、一番喜んでおるのは恐らく、陰の月の私なのですわ。」

維心は、驚いた。そうだったのか。

「我はどっちでも良いのだ。価値観が違うゆえ、命を繋ぐ意味もまだ知らぬ。知ってしもうたら何度もとなるかもしれぬと、逆に恐れるがな。」

維月は、苦笑した。

「感覚は体を繋ぐのと似ておりますけれど、心を繋ぐのとも似ておりますわね。それを同時にするような感覚ですわ。」

維心は、維月をじっと見つめた。

「碧黎の気持ちを考えると、しかし主は出来ぬのではないか?」

維月は、また窓の外を見上げた。

もう、夕日が西の空に沈んで行く。

「…はい。お父様の事も、別の形ではありますが、愛しておるのは確かなのですもの。お父様はまた違った形で私を愛してくださいます。皆、己の中の愛の形を持っていて、それぞれが少しずつ違います。神世での婚姻の形で愛しておるのは維心様。維心様も同じ形で愛してくださるし、私は大切にしたいと思うておりまする。お父様のことは、なのでその形では愛せませぬ。お父様もまたそうであられるでしょう。元々婚姻というものに、重きをおかれない価値観であられるのですから。そんな軽い価値観の行為である体を繋ぐ事を、維心様を傷付けてまでする価値はないと思うておりまする。でも…確かに、お父様の価値観で、最重要であった命を繋ぐ行為を、十六夜とそのつもりはなくともやってしまった事には、私も後悔しておりまする。」

ままならぬものよ。

維心は、思って維月を抱き締めた。たった一回の事で、そうと思わずやったことなのに。

維心は、碧黎も本当に維月を愛しているのなら、自分のように受け入れて二度とそんなことがないようにと願う心地になるしかないのではないか、と、暗くなった空を見上げて思っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ