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続・迷ったら月に聞け13~大陸の神  作者:
様々な想いと形
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その後

碧黎と十六夜は、あの後話をしたらしく、維月はその様子が見えるのか、しばらく案じて月を見上げて微動だにしなかった。

維心も声を掛けることも出来なくて、後から聞いてみたところによると、十六夜は最初、維月と同じようにそんなつもりはなかった、と言っていたらしい。

だが、碧黎はどうやら激怒していて話を聞く様子もなく、十六夜も切れてしまい、最初からどうやったら命が繋がるのかを教えてくれていたのなら、こんなことにはならなかった、と言い返したようだ。

十六夜が言うのは正論で、悪気は無かったので頭から言われると、だったらどうやったらそうなるのか教えとけ!となるのは分かるのだ。

碧黎はさすがに十六夜の言葉にぐ、と詰まって、それから踵を返してどこかへ行ってしまい、それから地の中へも戻っていないし、全く顔を見てはいなかった。

それでも、時は進む。

なので神世は表向き、とても平穏に過ごしていた。


北の大陸は、ヴァルラムが王となった後、領地内で精神的に消耗した者達を集めて住ませる療養施設を作り、霧に憑かれいた者達の後遺症を癒すために尽力した。

その療養施設は、大陸の他の城の患者も受け入れて、周辺の城からは大勢の患者がそこへ療養に来ていた。

全てをドラゴンが面倒を見る事になっているのだが、ヴァルラムはその見返りを一切求める事は無く、そもそもは前の王であったヴェネジクトが招いたことであったからと、愁傷な様子だった。

なので皆、大勢が犠牲になったのだが文句を言うわけにも行かず、あの霧の事件はもう過去のものとなって来ていた。

コンドルとドラゴンの関係は、臣下レベルでも解放され、ヴェネジクトの代で離れてしまっていた両方の種族が今は仲良く双方の訓練場へと行き来して、親交を深めていた。

下士官の扱いが大変に悪かったドラゴン城だったが、下士官出身のヴァルラムが命じて宿舎も新しく石づくりの物を建て直させ、また教育にも力を入れて幼い頃からしっかりと、下々の神の子に至るまで全てが城に併設された学舎へと学びに来る事を義務付けた。

しかも、驚いた事にその学舎には、他の城の子供であっても通う事が可能で、ドラゴンの領地には多くの神が気軽に出入りするような空気が出来て来ていたのだった。

それほどまでに素晴らしい手腕を持つ王であるヴァルラムは、北の大陸でこのたった数年の間に、既に賢帝だと噂され、神望が厚かった。

それに付き従うザハールも、どこか誇らしげで安心して過ごしているようで、一度は里へと預けていた妻と子も再び領地内へと呼び戻し、今では思ってもいなかったほど、平穏に暮らしていた。

幼い頃から下士官時代と共に来たゲラシム、ゴルジェイ、アナトリー、キリルの四人は、その実力を示す機会をもらい、今ではザハールの下で、ダニールやレスター達と共に高い序列の軍神としてヴァルラムを支えてくれていた。

アナトリーの妹のサーシャは、親を亡くした事もあり、今では新しいアナトリーの宿舎の一室で、しっかりと守られて学舎へと通い、幸福に育っているようだった。

霧によって多くの神を失った北の大陸だったが、それでも皆は今、平穏に暮らしていたのだった。


そんな毎日の中、ヴァルラムは一応の落ち着きを見せた城と領地を軍神達に任せ、月の宮に預けっぱなしになっている、ヴェネジクトを見舞う事にした。

先触れを出したら蒼は、快くヴァルラムが来る事を了承してくれた。

ヴァルラムは、蒼を信頼していた。

前世は気の弱い、力ばかりが大きい皆に庇われるばかりの神、という印象でしかなかった蒼だったが、今生よくよく接してみると、蒼は大変に優しく穏やかな心地よい神なのだと知った。

いつもヴェネジクトの様子を文で教えてくれるし、無理な事も一切言わなかった。

面倒を押し付けているので疎ましく思っているだろうに、蒼はそんな素振りは全く見せてはいないのだ。

その上、あちらの神たちからの書状を読んでいて思ったが、自分があのかつての王であったヴァルラムの生まれ変わりだと、知る者が誰も居ないようだった。

つまりは、蒼はヴァルラムの過去を知っているにも関わらず、誰にもそれを明かさなかったという事なのだ。

そんな配慮が出来る蒼に、ヴァルラムはとても好感を持ち、なぜに前世もっと知り合っておかなかったのだろうと思ったのだった。


ヴァルラムが月の宮へとヴェネジクトを見舞う知らせは、維心にも届いていた。

維心は、思った以上にやり手のヴァルラムと、一度話しておきたいとずっと思っていた。

月の宮は、維月の里なのでいくらでも単身で行くことが出来る場所だった。龍王が、あちこち気軽に出かけるとなると威厳も何も無くなってしまうのだが、月の宮ならそんな口実があるので、いくらでも突然に行くことが出来た。

維月も、ちょうど里帰りをさせなければならなくなって来ていたところ。

十六夜は降りて来られないので何も言っては来ないのだが、最近では碧黎がうるさいと、蒼から言って来ていたのだ。

どうやら碧黎は、あれから月の宮に人型で籠っているようだった。

例の出来事があったので、碧黎がそんなことを言っているという場所へ、本当なら維月を戻したくはなかった。

だが、碧黎なら維心と維月の寝室にでも押し掛けて来そうなので、仕方なく今回、ヴァルラムの来訪に合わせて維月も帰し、同時に維心も月の宮へと向かう事にしたのだった。


維心は、維月を連れてヴァルラムの訪問の前日に月の宮へ降り立ち、蒼に案内されてヴェネジクトを見舞った。

ヴェネジクトは体も見た目は元に戻り、それでもいくらか老けたような印象ではあったが、穏やかな様子で、既に治癒の対から客間に移されて、そこで生活していた。

維心が維月と共にそこへ入って行くと、ヴェネジクトは高瑞と共に庭を眺めながら話しているところだった。

急に維心が入って来たので二人は驚いた顔をして、慌てて立ち上がって頭を下げた。

維心は、言った。

「もうかなり具合もよいようよ。」

高瑞が、言った。

「ご来訪されるとは知らずに居りまして申し訳ありませぬ。我は己の対へ戻ります。」

今は王でも何でもない高瑞なので、地位が違い過ぎて同席するのは憚られると思ったようだった。

維心は、首を振った。

「此度は維月が里帰りをするので共に来ただけ。そのように気を遣う必要はない。それよりも高瑞、蒼をよう助けてやっておるようで、蒼がいつも感謝しておるぞ。生い立ちのせいとはいえ、瘴気などに飲まれて惜しいことよ。とはいえ高湊はようやっておる。安堵するがよい。」

高瑞は、頭を下げ直した。

「は…。その節は大変なご迷惑をお掛け致しました。只今は蒼殿のお陰で心穏やかに毎日を過ごしておりまする。」

維心は、頷く。

そして、ヴェネジクトを見た。

「主も。あのような様になっても結界を維持して皆を守ったのは誇れることぞ。霧に憑かれた事は誉められた事ではないが、よう踏ん張ったと皆が感心しておった。今はヴァルラムがあの地をしっかり回して平穏ぞ。主はもう、枷を外して心穏やかにしておるが良い。」

ヴェネジクトは、そんな風に語られているのか、と恐縮して頭を下げた。

「そのような。我の甘さがあのような事態を招いてしまい、大勢の神や人に迷惑をかけてしまいました。誠に申し訳なく思います。」

…もう、ほとんど回復したようぞ。

維心は、その答えにそう、思った。霧に憑かれた時の事を動揺せずに話題に出来るということは、克服しているということだ。

つくづく月の宮は、精神の療養にはかなり良い場であるらしい。

「…安堵した。後は後の身の振りであるが、それは我には関係のない事であるし。だが、もう王としての責務からは解放されたのだから、したいようにすれば良いと思う。」と、蒼を見た。「主はどう思う?」

蒼は、頷いた。

「オレはここで高瑞と一緒にオレを支えてくれればと思っているのですが、ヴェネジクトは北の神ですし。北の大陸に帰りたいのなら、それでも良いと思うております。なんやかんや言ってもここは、神世とは一線を引いておるので、神世にガンガン関わりたかったら物足りないでしょうし…。」

ヴェネジクトは、首を振った。

「もう、あまり政務などに関わりたくないと思うておったし、ここに住まわせてもらえればと我も思うが、蒼には大変に世話になっておるから。これ以上迷惑を掛けてはと、案じられるのだ。」

蒼は、微笑んで言った。

「それならここに居たらいいと思う。別に居るだけなら何も面倒などないんだし。話し相手が増えて、オレも退屈しなくて済む。何しろ宮を閉じているから、親しい神としか交流していないからね。」

ヴェネジクトは、少し涙ぐんだ。

「主は気の行き届く神であるから…それに甘えてしまうわ。」

どうやら、蒼があれこれ気を遣うので、ここに居る間に友の心地になっているらしい。

維心は、微笑んだ。

「蒼の退屈しのぎが増えて良いことよ。」と、黙って聞いている維月を見た。「では、部屋へ戻ろうぞ。これらの無事な姿を見たかっただけなのだ。」

維月は、頷いた。

「はい、維心様。」

そうして、蒼をそこに置いて維心と維月はそこを出た。

背後は穏やかで和やかな雰囲気であったが、それを背に自分の対へと向かう維心は、次に向き合う事になる碧黎の事を考えて、顔を険しくしていたのだった。

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