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霧に憑かれた者達

義心は、会合の間と思しき場所へと飛び込んだ。

「ザハール!」

そこは、城の中でも黒い霧が多く、部屋の外に比べると、足元に流れる霧の量が全く違った。

どういう事だと霧を足で振り払いながら進むと、何かを蹴飛ばした。

「ぐううう…。」

義心が、驚いてみると、それはドラゴンの見た事のある軍神だった。

「…レスター?!」義心が言って膝を付くと、その傍にはまだ誰かが転がっていた。「ハリス!」

皆憑かれたのか。

義心は、この霧の発生源を知った。この、霧に憑かれた神たちが、苦しみ吐き出している霧なのだ。

義心は、まさかと回りを歩き回って床を見た。すると、上座の辺りにひと際大柄な影が見えた。

「…ザハール!」義心は、倒れて苦悩の色を眉間に見せているザハールを揺すった。「ザハール!霧に憑かれてしもうたのか!」

ザハールは、苦悶の表情をしながら、額に汗を浮かせて薄っすらと目を開いた。そして、義心をみとめると、目を潤ませた。

「義心…我らはもう、駄目だ。皆…憑かれてしもうた。憑かれた者が一人混じっておって、それから霧が溢れて、一気に皆…」と、何かを堪えるように一旦黙った。そして、何かを抑えて、続けた。「逃げよ。もう、ここは無理ぞ。」

義心は、首を振った。

「主には結界を…」言いかけて、ハッとした。そうだ、月の衣。「離れよ!」

義心がザハールの腕を掴んでそう告げると、ザハールの目、鼻、口、耳からブワッと黒い霧が吹き出して床へと流れ落ちた。義心が思わずそれを払うと、ザハールはハアハアと息を付き、義心を見た。

「すまぬ。だが、一時逃れただけ。また憑かれる。主はその衣の効力がある間に、逃げるのだ。」

義心は、首を振った。

「今、ドラゴンの下士官のヴァリーが、ヴェネジクトを連れ出しに行っている。誰も居らぬ場所へ連れて参って、陰の月に霧を引っ張り出させるためぞ。ここの結界は崩れる。主が張って霧を阻止せねば、一気に外の霧が流入して参るぞ!しっかりせぬか!」

そう言った時、結界がギシギシとおかしな音を立て始めた。結界が崩壊する…ヴァリーは、ヴェネジクトを連れ出そうとしておるのか。

「時がない!ザハール、起き上がるのだ、そうして結界を!」

ザハールは、起き上がろうと足掻いた。だが、今の今まで霧に浸食されていた体は消耗し、気が少なくてとても広域に強力な結界を張れるだけの余力がなさそうだった。

「ザハール…!」義心は、窓から空を見上げた。もう、結界が消える。「間に合わぬ…!」

その時、城の上空から何かが割れる音がして、何かが霧を引きずった状態で、空高く上がって行くのが見えた。


その少し前、義心と分かれたヴァリーは、段々に霧が濃くなって来る城の中を、王の居間を目指して飛んでいた。

不思議な事に、真っ黒い空間の中、自分が進もうとする方向の霧だけが、光の筋のようなものが通って綺麗に霧が消えて行く。

月の衣に命じているわけでもないのに、霧が避けるというよりは、消えて行くのだ。

どうやら、どこかから流れて来た光がそれを消しているようで、その力は、月の浄化の光のようだった。

月が、見てくれておるのか。

ヴァリーは、そう思うと心強かった。本当は、霧の中でどうなるのか不安だったが、心を強く持たねばならぬと何も考えずにただ飛んでいたのだ。

だが、こうして目に見えて月に守られていると思うと、霧などに負ける気がしない。

そうしているうちに、奥の王の居間の扉の前へと到着した。

そこは開きっぱなしで、中まで普通なら丸見えなのだが、真っ黒い霧が詰まっていて全く部屋の中は見えなかった。

その中に、ヴェネジクトは居るのだろう。気配はする、だが、微かなもので、ヴェネジクト本来の気配のほとんどは霧に消されてしまっていた。

…この、中か。

ヴァリーは、さすがに躊躇った。真っ黒い煙のような、明らかに害をもたらす神にはどうしようもないその只中へ、この身ひとつで入って行こうというのだ。

だが、自分には月の衣がある。

ヴァリーは、自分の襟に触れた。

「…我に近付くな。」

そう言ってから、足を踏み出す。

すると、霧はヴァリーを避けて歩く方向に合わせて道を開ける。ヴァリーは、グッと眉を寄せて意識を集中すると、ヴェネジクトを探して居間の中を歩いて行った。


何も見通せないので、歩いて側まで行くしか、そこにある物を認識することが出来ず、何度かテーブルや椅子にぶつかりながらも、ヴァリーは奥へと進んで行った。

すると、扉の真正面の突き当りらしき辺りまで来て、大きな椅子に座る、足のようなものが見えた。

…もしかして、王?

ヴァリーは、その足にずいと寄った。

「う。」

ヴァリーは、その姿を見て思わず呻いた。

ヴェネジクトは、そこに居た。

大きな椅子に座ったまま、姿勢は天井を仰ぐように少し上を向き、柔らかそうな背もたれにもたれ掛かったまま、微動だにしない。

その開いたままの口からも、目からも、耳からも鼻からも、外から来ているらしい霧が入り込んで行って、口の中は真っ黒で、目も一瞬、眼球がないのでは無いかと思うほど、真っ黒だった。

あまりに異様な姿に思わず吐き気をもよおしたヴァリーは、それを口を押えて止め、そうして、意を決してその腕を掴んだ。

その途端、ヴェネジクトの顔がぐるりとこちらを向いた。

「!」

ヴァリーは怯んだが、それでも腕は離さなかった。

「…ここを離れるわけにはいかぬ…」ヴェネジクトは、しわがれた声を絞り出すように言った。「結界がなくなる…。」

ヴァリーは、その腕を引っ張ってヴェネジクトを持ち上げながら、答えた。

「ザハール殿が張る!王はここに居てはならぬのだ!」

ヴァリーは、腕に感じる禍々しい気配に怖気が走ったが、それでも思い切ってヴェネジクトを担ぎ、そうして何も考えないように、何も考えないようにと唱えながら、一気に居間の窓を突き破って外へと飛び出した。

結界が軋んで、崩壊の音が聞こえ始める。

まだザハールの結界は感じなかったが、義心を信じてヴァリーはそのまま、維心に言われた太平洋の無人島へと闇雲に飛んで行った。

その足元から、自分が背負っているヴェネジクトを追って、霧がついて来るのをぞわぞわと感じていた。


「わ…我には無理ぞ…!」ザハールが、結界の崩壊の音を聴きながら、言った。「体が動かぬ…まだ気が補充出来ておらずで、結界を張るだけの気が残っておらぬ…!」

義心は、上を見上げた。通常王が張る領地の結界…だが、やるしかない。

「我が」義心は、空を睨んで気を放った。「我が張る!」

義心は、いつも自分の宿舎や屋敷に張るのと同じ原理で、ドラゴンの領地全体に気を放って結界を張った。

いつも、王の絶対の結界の中にいる義心にとって、他の領地に結界を張るなど、長く生きた前世の記憶にも無かった。

だが、もうここには自分より他にそんなことが出来る神が残っていないのだ。

義心の放った力は、綺麗に打ち上がって崩壊して行く結界の内側に丸く形作られ、そうして新たな結界が、どっしりとドラゴンの領地を包んで守った。

…案外に、張れた…?

義心は、結界の様子を見つめた。自分の結界の外を霧が漂っているのが見える。結界の中の様子も手に取るように見え、王はいつもこうやって領地全体を見ることが出来るのだと改めて驚いていた。

そしてその結界から、ヴァリーが去って行くのが見える。

義心は、とにかくはこちらを収めてあれを追わねば、と、ザハールに言った。

「我の結界がここを守っておるゆえ。この城にはまだ月の衣がある。レスターとハリスにも振り分けられるだろうから、少しここで待っておれ。」

ザハールは、頷いて言った。

「ダニールもそこらに転がっておるはず。あれの分も頼む。とにかくは我らだけでも霧から逃れておかねば…場を保つ事が出来ぬから。」

義心は頷いて、ヴァリーが言っていた兵舎の第126号舎へと急いだのだった。

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